片想い 5
翌朝、目が覚めると携帯を手にしたままだった。
蝉の声が煩く、開けっぱなしだった窓からがなり立てるような騒音が洪水のように流れこんできていた。
見ると、メールの着信が何件か入って来ていて、その中に紛れる様に一件、名前表示ではないものが混じっていた。
茜からだ。そうすぐにわかったが、開く気にもなれなくて他のメールに目を通してから、ようやく部屋を出た。
今日は、教習所の申し込みとバイトの面接…夕方にはツレ立ちとカラオケの予定だ。
「さて」
蒼汰は気合いを入れるように両頬を叩くと、朝食の準備をしている母親に声をかけたのだった。
「なぁ、ところでお前、念願の憧れの人には会えたんか?」
カラオケの賑やかな音楽とそれに合わせて歌なのか、ラップのつもりなのか、とにかく懸命に歌う友人の声が落ち着いた空気を寄せ付けない中、三国赤也は歌い終わったばかりの蒼汰に声をかけた。
同じ高校出身でも、電子系の専門学校を選んだ赤也は蒼汰に比べ少しあかぬけている。それは、赤也が選んだ新生活の場所が大阪という都会で、蒼汰のそれが地方の田舎だというのが原因というより、もともとがそうだったのだ。
彼らの通っていた高校は、普通の公立高校。
就職組から受験組までいる。ただし、蒼汰の様に国立大を目指すのはどちらかというと少数派で、たいていが受験組といっても短大か専門学校だ。
茶髪の生徒も、女子ならば化粧をする生徒も、特異な存在ではない。
そんな中、髪も染めない、夜遊びもしない、しかも国立大志望、そんな蒼汰の方がよほど変わっていた。
蒼汰の性格上、常にクラスの中心で騒ぐようなポジションだったからさほど気にもされなかったが、赤也にすればお調子者のようでいて自分を持つそんな蒼汰が、少し羨ましくもあった。
だから、彼女と別れてまで本当に宣言道りに志望校の合格を果たした友人の、その後が実は気になって仕方なかったのだ。
一方、訊かれた蒼汰は高校以来の友人がそんな風に自分を見ているとも露知らず、素直に頷いて答えた。
「まぁな。同じサークルで、映画作りも一緒にしてるで」
正確にはこれからするのだが。
ふと、高校の時より一層あかぬけて見える赤也を横目で見る。
口もうまく、見た目もまぁまぁいい赤也は高校の時から結構モテていた。
本人にもその自覚はあり、それを楽しむように彼女をとっかえひっかえしていたのも知っている。
夏休み以来連絡をよこさない青の事を思い出した。奴は今頃何をしているだろうか?ちゃんと藍と連絡取っているのだろうか?
「あ、そうそう。小林茜の事、知ってるか?」
赤也が思いついたような口ぶりで、眉を寄せて訊いてきた。
またあのちりっとした痛みを感じて、それを誤魔化かすように苦笑する。
「一度会った。偶然やけど、電車の中で」
「あぁ、それでか。茜、お前と連絡取りたがってるみたいやで? 今日な、久し振りに連絡あって、お前と会う予定はないか訊いて来てん」
「ふーん」
平静を装いながらまたグラスに口をつける。
赤也はその連絡を快くは思っていないらしく唇を曲げると
「知らんって言っといた。だってさ、今更ないやろ? お前と別れて、年上と付き合って、うまくいかへんかったからって、またお前に会いたいやなんて、虫がよすぎるわ。そう思うやろ?」
「まぁ……な」
蒼汰は答えを濁すように、なぜかやや憤慨している赤也に曖昧に相槌を打った。
確かに、そうなのだ。そう思わない事はない。でも、そこまで切り捨てられもしない。
「茜は無視した方がええで。お前のためや」
そう本気で心配する赤也に蒼汰は「せやな」と短く答え、その話題を切るように赤也の住む町の様子を尋ねた。
赤也の言うとおり、無視して正解なのだろう。何にもしてやれないのなら、中途半端にかかわって優しくする方が残酷だ。
頼むから、幸せになってくれよな。蒼汰はまたあのすがるような眼を思い出し、胸に広がる苦々しさを飲み下すようにグラスを空けた。