第7話 そして冒険者ギルドに一番乗りです
これは夢よ、絶対に夢!
だって私の事を裸のリリスさんが抱き締めてるんだもの。
驚きながら腕でリリスさんを押して逃れる私。
その私の目にリリスさんの裸体が映る。
月明かりに照らされて本当に綺麗……まるで彫刻みたい。
惚れ惚れするくらい見事なプロポーション。
ぼ〜っとしてる私を見てリリスさんが妖艶な笑みを向けて来たんだけど……
えっ!誰かに見られてる?
ふと視線を感じてドアの方を振り返ってみれば少しだけ開いている隙間から怖い顔をしたリリムちゃんがこっちを見ていた。
私は何もしてないからね!
まぁ、寝ている間の事は何も分からないけど…… 多分大丈夫だと……思いたい。
少しだけ開いていたドアの向こうに立っているリリムちゃんの手に握られているのは包丁?
あうぅ……もう嫌ぁ〜っ!
「ごめんなさい!許して頂戴!」
ガバッと起き上がる私。
あれ?部屋には私一人……やっぱりあれは夢だったみたいね。
それにしてもあんな怖い夢を見るなんてどうかしてるわ。
昨日の精力満点の料理のせいかも知れないわね。
ベッドから降りて窓を開けると朝の気持ちいい風が部屋の中に入って来る。
「ふぅ、いい風ね。食堂に行けば二人には会えるかしら?きっと朝食の準備に忙しい筈だわ」
部屋を出て行く私が気付く事は無かった。
私の枕元に何か刃物のような物が突き立てられた跡があった事に……
「おはようございます、いい朝ですね!」
食堂は既に焼きたてのパンの香りがしていて私の空腹感を増幅させる。
テーブルを拭いていたリリムちゃんが私に気付いて花のような笑顔を浮かべてくれた。
「ウルペクラさん、おはようございます!」
私の元へとリリムちゃんが嬉しそうに駆け寄って来る。
彼女から伝わる私を大好きって感じが仔犬みたいで可愛らしい。
ちょっと行き過ぎてる感が否めないけど……
「あら、ウルペクラさん早いのね。もう少しゆっくり寝ていても構いませんのよ?」
リリスさんも厨房から顔を覗かせてくれたわ。
昨日の夢を思い出して思わず顔を伏せる。
「ふふふっ、どうしたのかしら?少し顔が赤いわ」
リリスさんとリリムちゃんは普通な感じだし、あれはやっぱり夢だったみたい。
「あはは……実は変な夢を見ちゃって飛び起きた感じなんです」
二人を目の前にしたら苦笑いしか出来ない私。
「……夢ですか?」
リリムちゃんが怪訝そうに首を傾げる。
うっ、内容は絶対に言えない。
「昨日の夕食がいけなかったかしら?栄養満点な料理ばかりだったものね」
それは精力満点の間違いだと思いま〜す。
でも確かにそうかも知れないわね……あ〜ん、恥ずかしい。
「そうかもです……次は少し控えめでお願いしますね」
元気になり過ぎるのも考えものだもん。
それにしてもリリスさん……朝から綺麗ね。
何となく昨日より肌が艶々してる気がするわ。
「そうしますわ。あまりウルペクラさんを困らせるとリリムに怒られてしまいますもの」
リリスさんがリリムちゃんを見て笑う。
リリムちゃんは頬を膨らませてリリスさんを睨んでいるのが可愛くて思わず笑みが溢れる。
「朝ご飯を食べたら冒険者ギルドに行かなきゃ! 漸く私の冒険が始まるんだもん……記念すべき初の依頼を選ぶのを宜しくね、リリムちゃん」
私には狐人が得意な狐火や変化の術だってあるんだもの。
これを活かせばきっと上手く行く筈よ。
「はい、お任せ下さい!朝食の支度も終わりましたので急ぎ食べてしまいましょう。そして冒険者ギルドに一番乗りです」
ふふっ、リリムちゃんもやる気充分ね。
「うんうん、そうしましょう!」
朝食のハムエッグとライ麦のパンを食べた私達はお茶をゆっくり飲む暇も惜しんで着替えをした。
「では行って来ますね!」
「待って下さいウルペクラさん!お母さん、私も行って来るわ」
リリスさんに見送られた私達は夢見る兎亭を後にする。
「うふふ、行ってらっしゃい。若いって良いわね〜」
リリスさんだってまだまだ若いでしょうに。
さぁ、どんな依頼が私を待っているのかしら?
「これはウルペクラさんが受ける依頼です!ミーナ先輩にだって譲れません!」
普段のおっとりした雰囲気が嘘みたいな感じ。
私の目の前で手にした依頼書を力強く引っ張り合うリリムちゃん。
「巨大な牙猪なんて新人の青銅三級が一人で倒せる訳が無いじゃない!これは私の受け持つパーティが引き受けるわ!」
それに対して一歩も譲らないミーナさんと言うリリムちゃんの先輩になるらしい受付嬢さん。
受付嬢の依頼書獲得争いってこんなに激しい戦いだったの?
そして睨み合って今にも掴みかからんばかりの臨戦態勢な二人。
「ミーナもリリムも少し落ち着きなさい。ミーナの言う通り、リリムは自分が担当する冒険者の力量を良く見極めたのかしら?確かに期待の新人ではあるのですけど……」
チラッと私を見て目が合うと優しく微笑んでくれた更にベテランっぽい受付嬢さん。
「ロニ先輩の言う通りです。いくら青い炎を操る魔法剣士だと言っても実戦経験は皆無よ?それを承知の上で貴女は大切な専属契約を結んだ担当冒険者に無理をさせるつもり?」
うっ、私には反論出来ないわ。
でも旅をしている間に襲って来たゴブリンを倒したり森狼の群れを追い返した事もある。
それなりの経験は積んで来たつもりよ。
「全て承知の上です。私が予想した限りウルペクラさんは白銀三級の実力の持ち主だと思って間違いありません。奥の手も見せて貰いましたから不足の事態があったとしても難無く切り抜けて無事に私の元へと帰って来てくれると信じています。 そして二人は再会を喜び合い、熱い涙を流しながら互いの身体を強く抱き締めて……」
感情を昂らせ皆の前で自分自身の身体を抱き締めながら身を捩らせるリリムちゃん。
「んっ、んん!もう良く分かりました。その牙猪の討伐依頼は青銅級の階級指定のみで等級指定はありませんから三級でも受けられるのでしたらミーナは譲ってあげなさい。その代わりに私が押さえてある貴女が狙っていた青銅一級の等級指定依頼の方を譲るわ」
何やら話が逸れて行きそうになったのをロニさんが咳払いで遮って止めてくれたわ。
流石はベテラン受付嬢さんね。
話も上手くまとめてくれそう。
「わぁ、ありがとうございます、ロニ先輩!本当に侯都ベルーナまでの護衛依頼を譲って貰えるんですか?嬉しいです」
ミーナさんの嬉しそうな顔から察すると譲って貰えるのは余程良い条件の依頼みたい。
何はともあれ私の初仕事が決まったわ!
牙猪と言えば鋭利な牙を武器に真っ直ぐ突っ込んで来るどちらかと言えば頭の悪い魔獣だけど巨大って聞こえたのは気掛かりね。
何にせよ、ここは魔法剣士(自称)としてはやるしかないでしょ!
楽しんで貰えたら嬉しいです。