第6話 本当に恐ろしい子ね。
私の弱点でもある尻尾から漸く手を放して貰えたのはリリムちゃんに全身をくまなく洗われた後だった。
彼女はその途中から何やら恍惚の笑みを浮かべていた気もする。
……恐ろしい子ね。
「ふぅ、散々な目に遭ったわ。後は寝るだけなのに不安でしかないわ」
取り敢えず扉に鍵は掛けておいたから大丈夫だとは思う。
そんな事を考えていると部屋のドアがノックされる。
「ウルペクラさん、まだ起きてますか?」
リリムちゃんが来た!
ここは寝たふりよ寝たふり……息を殺してベッドへと向かい音を立てないようにして横になる。
「寝ちゃったんですね……」
ふぅ、ミッションコンプリート!
なんて思ってたらドアの鍵穴に何やら突っ込んで開けようとする音がするんですけど……
ちょっと待ってよ、私にプライベートは無いの?
そして然程時間もかからない内にカチャリと言う音と共にあっさりと開く私の部屋の鍵。
キィ〜と言う音を立てて扉が開く。
多分リリムちゃんが扉の隙間からひょこっと顔を覗かせてるんでしょうね。
パタンと扉が閉まる音がした後、ギシギシと床が軋みリリムちゃんがゆっくりと近寄って来るのを感じながらも狸寝入りを続ける私。
……どっちかと言えば狐だけど。
「……本当に寝てますかぁ?」
リリムちゃんの甘い吐息が私の耳を擽る。
ううっ、近いわ……もしかしてバレてる?
ううん、迷っちゃだめよウルペクラ!
ここは渾身の寝たふりよ!
「ほぉら、尻尾を握っちゃいますよ〜」
きっと尻尾に手をかけようとしてるんでしょうけど……握られなければどうと言う事は無いわ。
ギリギリまで我慢よ!
本当に疲れて寝ているのなら私を起こさないようにって思うだろうリリムちゃんの仏心に賭けた私との真剣勝負ね。
「はぁ……残念です。本当に寝ちゃったんですね」
そして遠ざかる足音の後にバタンと言うドアが閉まる音を聞いて私はゆっくりと目を開く。
ふぅ、どうやらこの勝負……私が勝ったわ!
「これでゆっくり出来そうだわ」
達成感を感じながらムクリと起き上がった私はホッと安堵の息を吐く。
「ええ、二人でゆっくり出来ますね」
ギギギッと振り向けば満面の笑みを浮かべたリリムちゃんが立っていた。
くっ、ドアを閉めたのは巧妙な罠だったのね!
は、図られたわ……本当に恐ろしい子ね。
「そんなに構えなくても大丈夫です。何もしませんから安心して下さい。もう焦らなくてもウルペクラさんを好きに出来ちゃいますし……」
チラッと尻尾を見てるのがどうにも怖い。
「ただ寝る前に一目だけでも顔を見ておきたくて……顔を見たら話がしたくなって……でも今夜はここまでにしておきますね。ウルペクラさんも疲れていると思いますから……おやすみなさい」
軽く頭を下げた彼女が私の返事を待つかのように微笑む。
「おやすみなさい、リリムちゃん」
私がありふれた挨拶を返すと少しだけ寂しそうな顔をしてリリムちゃんは部屋を出て行った。
私はベッドに寝転びながら天井を眺めて今日あった事を思い出す。
自由都市マリアナに到着して、冒険者ギルドを訪れて……不思議な感じがするリリムちゃんやリリスさんに出会って……本当に色々あった一日だったわね。
さぁ、そろそろ寝ておかなきゃ……
明日は依頼を探さなきゃならないもの……
落ちて行く意識の中……
「……ウルペクラさん、まだ起きてらっしゃいます?」
ドアの向こうからリリスさんの声が聞こえて来た気がしていた。
楽しんで貰えたら嬉しいです。