第4話 私に安住の地は無いの?
「ウルペクラさんの冒険者就任祝いにと母が今夜の料理は奮発してくれたそうです。上等なワインも用意してあるので是非飲んでみて下さい」
リリスさんの手料理が次々と目の前のテーブルに並んで行く。
運んでくれるのは愛娘のリリムちゃんだけど、帰宅してから実家の手伝いまでするなんて本当に偉いわね。
「とっても栄養満点な食材を使ってみましたわ。 きっと美味しいのでいっぱい食べて下さいね」
わぁ、凄く歓迎されてるみたいで本当に嬉しい。
ええっと……この料理は何かしら?
亀の甲羅をひっくり返したみたいなのに盛り付けてあるわね。
私が暮らしていた隠れ里では見た事も無いような感じの料理なんだけど、マリアナではポピュラーな料理なのかも。
「その柔亀の肉は食べると身体の芯から温まる感じがしますわ。その生き血は活力の源ですけど生臭いのでワインに混ぜて飲むのが定番です。山芋を擦り下ろしたものは絶倫草のサラダにかけて一緒に召し上がって下さい」
えっと……私に何をさせる気なんですか?
栄養満点じゃなくて精力満点な料理しか出されてないんですけど。
「あはは……私だけじゃ食べ切れないかも。もし良ければ二人もどうですか?」
こんな物をお腹一杯食べたらどうなるか分かったものじゃないわ。
絶対に興奮して夜なんか眠れそうもないし。
ここは一つ食べるのを手伝って貰いましょう。
「えっ?ウルペクラさんが私にも食べさせようとするなんて……これはもう後の事を期待しても良いんですよね?」
モジモジしながら上目遣いに私を見るリリムちゃん。
「うふふっ、ウルペクラさんって悪い子なのね。 私にも食べさせようなんて、この後の事を期待してるのかしら?でしたら私も本気になってしまいますわよ……」
リリスさん……その舌舐めずりは一体何?
うっ、この宿屋って言うか……この親子からは我が身の危険しか感じないんですけど!
討伐依頼を受けたら街の外に出て危険な目に遭うかもしれないって言うのに一番安全な筈の宿屋でもこれって……私に安住の地は無いの?
「ま、まぁ特に深い意味は無いの。みんなで一緒に食べたら楽しいと思うし」
あまり刺激しない方が賢明ね。
「ウルペクラさんの誘いを断るような私ではありません!」
「それでしたら宿の夕食の準備も既に済ませましたし、他のお客様が来る時間まではまだありますから今の内に一緒に頂くとしましょう」
二人が席に着いて少し早めの夕食は始まった。
誰かと食卓を囲んでの食事なんて久しぶりね。
ずっと一人だったもの。
何だか子供の頃が懐かしい。
三人でたわいもない話をしながらの食事は幸せな感じがする。
「そう言えばウルペクラさんって炎の魔法以外に得意な事ってありますか?依頼選考の基準に色々と知っておかなければならないんです」
会話の途中でリリムちゃんに聞かれたけど……
専属契約してるなら教えても良いかな。
「実は変身魔法が使えるの。実際に使ってみましょうか?」
本当は狐人が良く使う変化の術なんだけどね。
この変化の術が凄い所は幻術ではなく実際に身体を他者同様に変える事が出来るの。
これには集中力が必要で驚いたりすると解けたりするのが欠点だけど……
今はまだ他の宿泊客も食堂には居ないし大丈夫でしょ。
「わぁ、流石はウルペクラさんです。是非!」
私はスッと立ち上がると即興で考えた無意味な詠唱を口にする。
「我が身を巡れ……深淵なる魔力よ!(……変化)」
触媒として使う葛の葉を素早く頭に乗せ、ボンっと言う煙に包まれた私の身体は目の前にいるリリムちゃんの姿へと変わっていた。
「わぁ、凄いです!私にそっくり!」
「わぁ、凄いです!私にそっくり!」
驚くリリムちゃんを真似してみる。
「素敵……それは素敵よ、ウルペクラさん!それならどんなプレイも可能だわ」
相変わらずな発言のリリスさんは取り敢えず無視しておきましょう……
「……解!ざっとこんな感じよ」
感嘆の息を吐きながら私を見ている親子の目の前で元の姿へと戻る。
「はぁ……変身魔法なんて初めて見ました。あの声も私なんですよね?」
自分の声って別人みたいに聞こえるから不思議なんでしょうね。
「うん、リリムちゃんの声よ。ですよね?リリスさん」
母親が認めれば納得するでしょう。
「ええ、リリムそのものでした。本当に娘の言う通りウルペクラさんの実力は白銀級ですのね。私も数多くの冒険者達を見て来ましたけど、青い炎や変身魔法を操る新人なんて見た事も聞いた事もありませんわ」
ふふふ、リリスさんのお墨付きを貰えたわ!
私自身が白銀の冒険者の実力を知らないから分からないけど……少しは自分に自信を持ってもいいのかな?
楽しんで貰えたら嬉しいです。