第3話 私の気のせいよね?
「さぁ、着きましたよ。ここが私の母が営む宿屋です。ほらっ、ウルペクラさん。母に紹介しますから早く行きましょう!」
今夜の宿をまだ決めていないと話したら「それなら私に任せて下さい!」ってリリムちゃんに手を引かれながら連れて来られたのが小さな宿屋だった。
本来なら冒険者ギルドの更衣室で着替えてから帰宅するらしいの。
でも着替えてる間に私が何処かへ居なくなるのが嫌だからと着替えもしないで冒険者ギルドの制服を着たままの帰宅。
「う、うん……何か妙に緊張して来ちゃった」
リリムちゃんが変な事を言わなきゃ良いけど……
帰る途中でも腕を組んだり手を繋いだり絶対に私から離れない彼女。
子供の頃から宿屋に泊まる冒険者達の話を聞いて育った彼女はずっと冒険者に憧れていたらしい。
でも大人になるにつれ自分には無理だと思うようになり、冒険者をサポートする受付嬢の道を選んだそうなの。
そして自分と専属契約を結んだ冒険者を黄金一級にするのが彼女の夢らしい。
考えてみたら私の夢ってなんだろう?
ずっと冒険者にはなりたかったけど……
まぁ、正直言って黄金一級なんて無理だと分かってる。
魔法剣士(自称)だもん。
「いらっしゃいませ。あら、リリム。ギルドの制服を着たままなんてどうしたのかしら?」
この人がリリムちゃんのお母さん?美人な上にとても優しそうで、まさに理想の母親って感じ。
きっとリリムちゃんも大人になったら凄い美人さんになるんでしょうね。
チラッとリリムちゃんを見る私。
「あのね、私が専属契約を結んで貰った冒険者の方を連れて来たの。魔法剣士のウルペクラさんよ。青銅三級の新人さんなのに実力は白銀級に匹敵すると私は予想してるわ。本っ当に凄い人なんだから!」
は、白銀級?絶対に有り得ないから!
まくしたてるように私の事を紹介するリリムちゃん。
宿屋の女将さんでもあるリリムちゃんのお母さんは微笑みながら愛娘の言葉に何度も頷いていた。
「ようこそ、夢見る兎亭へ。私は女将を務めているリリスです。うふふ、娘がぞっこんになるのも分かるわ。ウルペクラさんって本当に食べちゃいたいくらい可愛らしい……あら、私ったら嫌だわ。 新人さんと言う事は常宿を探しているのかしら?」
一瞬だけ先程とは違う妖艶な笑みを見た気がしたんだけど……私の気のせいよね?
でもリリスさんってリリムちゃんの母親で間違いないわ。
何か似たような気配を感じたから……
「はい、活動拠点になる常宿を探しています。 この街に着いたばかりだとリリムちゃんに話したら、この宿を薦められたんです。所持金も心許ないのでリーズナブルだといいなって期待してます」
冒険者ギルドで冒険者カードを発行して貰った際に手持ちの現金で高額な分はカードにチャージしておいた。
冒険者カードは身分証明書だけでなくキャッシュカードとしても使用が出来る。
付与魔法が施されているから本人しか使えないと言う安心安全な感じ。
冒険者ギルド加盟店を利用してカードを提示すれば割引きもあるから更にお得なの。
「ウルペクラさんはギルドカードに銀貨5枚をチャージしてたから残りの手持ちは小銀貨と銅貨が数枚の筈なの」
あぅ、チャージして貰っただけに私の懐事情にも詳しい。
屋台なんかではギルドカードは使えないから最低限の現金は手元に残してある。
ちなみに代表的な貨幣価値を言えば……大体パン1個が小銅貨5枚くらいね。
エール1杯が銅貨2枚、食事が銅貨5枚って感じかな。
更に言えば一般的な宿屋なら朝晩の食事が付いて1泊小銀貨3枚と言った所だと思う。
「ウチは冒険者ギルドの加盟店ですから銅貨5枚の割引きがあります。ウルペクラさんはリリムの専属契約者さんですから更に銅貨5枚を割引くので1泊小銀貨2枚でいかがかしら?勿論朝晩の食事付きですわ」
わっ、思った以上に安い!
これはもう決まりね。
取り敢えず今ある全財産分で何もしなくたって1ヶ月くらいは泊まれる計算になる。
でも細剣のローンがあるからそうもいかないのは承知してるわ。
「ここに泊まらせて下さい!そんなに安くして貰えるなんて凄く助かっちゃう」
やったわ!これで拠点の確保も見事に成功ね。
「嬉しいです!これで冒険者ギルドだけでなく家でもウルペクラさんに会えるんですもの。一緒に手を繋いで職場へ行ったり、あ〜んってお昼ご飯を食べさせて貰ったりとか……あわわ……」
「嬉しいですわ。これで夜は一緒に過ごせますもの。二人でお風呂に入って互いに身体を洗いあった後にベッドで激しく絡み合いながら寝たりなんて事も……」
二人が同時にチラッと私を熱のこもった視線を向けて来る。
なんか……変な独り言が聞こえるんですけど。
私は冒険者ギルド職員じゃないのにリリムちゃんと仲の良い同僚の恋人みたいになってない?
リリスさんに至ってはもう完全に肉体関係を結んだ恋人同士みたいな感じよ!
もしかしたら私……拠点の確保に失敗したのかもしれないわ。
楽しんで貰えたら嬉しいです。