第1話 私と専属契約を結んで貰えない?
明るく楽しい狐娘ウルペクラをどうか宜しくお願いします。
女神ノルンの加護を受け繁栄を続けるアルフォートと呼ばれる世界が存在する。
その多種多様な生物が生きるアルフォートにおいて、その頂点に立ったのは人間族だった。
彼らは僅かな数の巨人族や小人族、好戦的な獣人族、更には他の亜人種の追従を許さぬ程の勢力を持つ。
エルフやドワーフなど元は妖精界の住人達も存在するが森の奥深くや地下迷宮に住む事で多種族との接触を避けるようにして暮らしていた。
そしてアルフォートで最大の広さを誇るのがグランバニア大陸だ。
グランバニア大陸の各地に勃興した国々はやがて大陸の覇権を賭けて争い始め、北方の小国だったグラン王国が初の大陸統一と言う偉業を成し遂げた。
広大な大陸を制覇したグラン王国は神聖グランディーヌ帝国と名乗り、強大な軍事力を背景に中央集権国家として体制を整えている。
そして小さな反乱が度々あったとは言えど大陸の支配は概ね順調で、それなりに安寧な一時代を築く事が出来たと言えるだろう。
だが平和な治世は長くは続かず己の野心から皇位簒奪を図る者が現れたり、賄賂や汚職が蔓延する腐敗した政治体制が長く続いた事ため民の暮らしは次第に困窮を極め不満は高まって行った。
やがて帝国に属する国々は反帝国連合軍を結成し、遂には強大な帝国を滅ぼす事に成功する。
しかし自らがグランバニア大陸の覇者となるべく野心を抱く各国の統治者達が互いに反目し合うのも自然な流れだった。
そして帝国が滅亡してから数年が過ぎようとしていた。
グランバニア大陸の南東に位置する自由都市マリアナから、この物語は始まる。
「ウルペクラです!宜しくお願いします!」
挨拶は大きな声で元気良くって子供の頃に言われていたし、特に最初が肝心って良い言うものね。
って……あれ?何か冒険者ギルドの建物の外にまで聞こえていた喧騒が嘘みたいに静まり返っちゃったんですけど……
入口の扉を力強く開けて挨拶した私に皆の視線が一斉に集まる。
そして私を指差して大笑いする人達もチラホラ。
もしかして私ってば、いきなり失敗しちゃった?
そんな私の背後でバタンと扉の閉まる音がする。
「ウルペクラさん、冒険者登録でしたらこちらです」
顔を真っ赤にしてその場で黙り込む私に手を振りながら優しく声を掛けてくれたのは小柄で可愛らしい受付嬢さん。
私は足早にその子の居る受け付けカウンターへと向かう。
「今の挨拶はとっても元気があって私は良いと思います。この冒険者ギルドマリアナ支部を訪れたのは初めてのようですね。私は受付嬢を務めるリリムです。では以後宜しくお願いします」
リリムちゃんかぁ、凄く可愛らしい子ね。
ふわふわの長い金髪や知的そうな青い瞳も素敵だわ。
「ええ、冒険者になりたくて……侯都ベルーナと自由都市マリアナなら孤人の私でも頑張れば認めて貰えるって聞いたの」
ちなみに私のような狐人は獣人の中でも半獣人と呼ばれる部類になるの。
獣そのものの姿では無く、人間に獣の特徴が加わった感じになるのが半獣人。
私なら明るい茶色の髪色と一緒の大きな狐耳とフサフサの尻尾がトレードマークね。
大きめの黒い瞳も自分的にはチャームポイントだと思っている。
そして私が希望を胸に抱きながら訪れたのがグランバニア大陸全土を支配していた神聖グランディーヌ帝国の皇女ヘンリエッタ・ヴァン・グランディーヌ様が帝国の滅亡後、新たに建国したグランディーヌ侯国。
驚くべきは人間至上主義のグランバニア大陸諸国の中でも唯一!実力さえあれば獣人でも国政に参加させると宣言した事。
今は帝国が倒れ大陸全土が群雄割拠の戦国時代。
私は狐人だからグランディーヌ侯国に希望を抱いている。
特に自由都市マリアナは帝国支配の時代から平民による自治が認められた唯一の都市で自由と希望の象徴なの。
「うふふっ、侯都ベルーナでは無くマリアナを選んでくれて嬉しく思います。それでは冒険者登録を始めますね」
侯都ベルーナは旧帝国時代には城塞都市と呼ばれていた強固な軍事拠点だからどうしてもお堅いイメージがあるのよね。
そんな理由もあって私は拠点とするなら自由な気風の漂うマリアナを選んでいた。
「はい、宜しくお願いします」
遂に私が冒険者になるのね!
ドキドキしながら書類に必要事項を記入してリリムちゃんへと手渡す。
「では確認させて貰います」
そして手渡された書類に目を通しながら彼女がコクリと肯く。
「書類には不備が無いようなので規約を説明した後にギルドカードをお渡しします。青銅三級からのスタートになりますから、まずは青銅二級を目指して下さい」
冒険者には青銅・白銀・黄金の階級があり、更に各階級でも三級から一級の等級に分けられる。
だから私は最下級の青銅三級からのスタートね。
ギルドカードは身分証明書と言うだけでなく報酬なんかも振り込まれるから財布がわりにもなる。
付与魔法が施されていて本人しか使えない便利な代物らしい。
やっぱり現金を持ち歩くのは危険が伴う。
冒険をするには少しでも荷物を減らしたいと思うし悪くはない仕組みね。
でも冒険者ギルド加盟店で無ければカード決済は出来ない仕組みだから、流石に最低限の現金くらいは持ち歩く必要がある。
「冒険者同士の私闘や犯罪行為は厳禁です。場合によっては冒険者資格の剥奪やランクダウンのペナルティなどもあります。依頼は階級及び等級によって受けられるもの、受けられないものがある事を理解して下さい。そしてウルペクラさんは青銅三級の新人冒険者と言う事で相棒制度の対象者になります」
それって聞いた事があるわ。
新人冒険者の死傷率軽減のために考案された制度で、青銅三級の間は同じ初心者の誰かと組まなければ依頼は受けられないとか……
「私の相棒になる人って誰?」
知らない人といきなり組んで命を預けろとか言われても怖いんですけど。
一見良さそうにも思える相棒制度ってその辺りは考えてないのかしら?
「それが今はウルペクラさんと組める青銅三級の冒険者さんが居ないのです。他の新人が現れるまで暫く待って頂くか受付嬢の誰かと専属契約を結ぶと言うどちらかの選択になります」
私は今すぐにでも冒険者になりたいの。
待ってなんて居られないわ!
「その専属契約と言うのは?」
一刻も早く冒険者になりたい私にはそれしか選択肢は無いじゃない。
子供の頃……「あなたって本当に我慢の出来ない子ね」って良く母に言われていたのを思い出す。
「冒険者ギルドの受付嬢と専属契約を結んだ際には面倒な依頼人との交渉などを代わりに行って貰う代わりに報酬の一部を渡す形になります。専属受付嬢は担当冒険者の力量を見極めて達成可能と判断した依頼のみを受けさせるのです。そのため冒険者が依頼に失敗した際には専属受付嬢にもペナルティが課せられます」
共にペナルティを受けるなんて一緒に戦いはしないけど充分相棒って感じがするわ。
「リリムちゃん!それなら私と専属契約を結んで貰えないかしら?私ってば本当に精一杯頑張るから!」
私みたいな新人と専属契約なんて嫌かも知れないけど、こうして知り合えたのも何かの縁。
リリムちゃんさえ良ければ、是非お願いしたいって思わせるものを彼女は持っている。
いきなりのお願いだし困惑されちゃうかもだけど勢いよく深々と頭を下げて頼み込む私。
そんな最敬礼の角度のまま固まった私の肩が優しく包み込むように引き起こされる。
抱き合うくらいに近い距離……目の前には恥ずかしげに微笑むリリムちゃんが居た。
私と目が合った途端、心の底から嬉しそうな笑みへと変わる。
「そんなに頭を下げないで下さい。正直な気持ちを言えば私からお願いしたいくらいだったんですから。うふふ、喜んで引き受けさせて頂きます」
よ、良かったわ。
これで何とか冒険者として正式な依頼が受けられるわね。
ホッとした私の顔にも思わず笑みが浮かぶ。
「じゃあ、これで決まりね!どうか宜しくお願いします!」
私が差し出した右手をリリムちゃんが両手で優しく包み込む。
「はい、こちらこそ……色々と期待していますから」
色々と?リリムちゃんの返事に少し引っ掛かる気がするのは私の気のせいよね?
う〜ん、あまり深く考える事でもないかな。
そうなると次は住む場所ね……何処かに値段も手頃良い宿屋はないかしら?
楽しんで貰えたら嬉しいです。