3話「没落王子と落第魔法使いの出会い」
「へ…?」
俺の後ろで女の子が間抜けな声をだした。
急に間に入ってきた俺を見て驚いたんだろう。
俺は、殴られた頬を押さえながら男に言った。
「アンタ、イライラしてるみたいだけど、女の子を殴るのはダメだろ」
「あぁ!? なんだてめぇ! なら、てめぇを殴らせろぉ!!」
男は相当イライラしているのか、拳を握り、思い切りパンチしてきた。
「あっ…! 危ない!」
後ろで女の子が言う。
対して俺は、ニヤリと笑みを浮かべた。
馬鹿正直に突っ込んでくる相手ほど、分かりやすいものはない。
男のパンチを右に避け、一気に姿勢を低くする。
そして、男の軸足を思い切り蹴ると、男はバランスを崩し、地面に倒れた。
「どうした? 殴るんだろ?」
男は、俺の事を睨む。
うわ怖…これ相当怒ってるよなぁ…
「…分かった…死にたいようだな…」
男が、背中に差していた大きな剣を抜いた。
は…?おいまさか…生身の人間に剣を振るう気か!?
「てめぇは俺を舐めてるみたいだなぁ!? 死ねよガキが!!」
男は、剣を思い切り横に振った。
姿勢を低くして躱したが、当たったら真っ二つだっただろう。
「おいあんた! 俺は生身だぞ!? 剣なんて使って恥ずかしくないのかよ!」
「黙れ! 俺を舐めたてめぇが悪いんだ!」
男はがむしゃらに剣を振ってくる。
避けられない速さでは無いが、埒があかない。
そんな事を考えていると…
「右に思いきり飛んで!!」
後ろから女の子の声が聞こえた。
なんだか分からないが、言われたままに右に飛んだ。
すると……
「炎砲!!!!」
巨大な炎が男を吹き飛ばした。
かなりの威力だ。
道は焦げ、男は数メートル先まで飛ばされて気を失ってしまった。
女の子の方を見ると、杖を構え、ふぅ…と息を吐いた。
「すげぇ威力…」
こんな威力の魔法が使えるなら、なぜ最初から使わなかったんだろうか。
「あ、さっきは助けてくれてありがとう! 私はセリア! あなたは?」
目の前の少女が俺に言う。 自己紹介か。
「俺はアルバ。 いや、俺は何もしてないよ。 アイツを倒したのはセリアだろ?」
「ははは…ちょっとやりすぎちゃったけどね…あ! そうだ! 何かお礼させてよ!」
「そんなのいいよ。 んじゃ俺、買い出しあるから」
お礼なんて受けるつもりはない。 俺はセリアの横を通り過ぎて歩き出す。
…だが、後ろからセリアがトコトコとついてきた。
「…なんだ?」
「せめて買い出しのお手伝いさせて!」
「いや、セリアがやる事はないぞ?」
「いいから! お願い!」
…セリアはどうしても俺にお礼をしたいらしい。
これは頑固そうだし、仕方ないか…
「分かったよ…んじゃ、手伝い頼む」
「うん! 任せて!」
笑顔になったセリアと共に、俺達は買い出しに向かった。
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「よっ! おじさん! 美味い魚と果物をくれ!」
「おぉアルバ! はいよ!」
商店街に着くと、いつも行きつけの店に行き、商品を頼む。
店長は、仕入れたばかりの新鮮な魚と果物をカゴに入れてくれた。
よし、買うものはこれだけだな。
「セリア、帰るぞ」
「…え? これだけ? 私は何をすればいいの?」
「だから言っただろ? セリアがやる事はないって」
カゴも1人で持てるし、本当に何もないのだ。
「あ、そうだ。 せっかくだし、うちの店で何か食べていくか?」
「え? お店?」
「あぁ。 居酒屋だけど、酒以外も置いてるし」
「行く! ちょうどお腹すいてたの…!」
セリアが同意し、俺達は居酒屋へと向かった。
「ただいま〜」
「おうアルバ、すまねぇな! お? いらっしゃいお嬢ちゃん」
「は、はじめまして!」
セリアはゴルダさんを見てびっくりしたのか、数歩後ろに下がった。
まぁ、ゴルダさんの見た目は怖いから仕方ない。
顔に傷あるし。
「アルバの友達か?」
「いや、そんなんじゃないよ。 ただ、腹減ってるみたいだから、食べさせようと思って」
「ほぉ! なら任せな! 美味い飯作ってやる!」
ゴルダさんが張り切って厨房に入っていった。
ゴルダさんはとても優しい。 お金がない人には無償で食べ物を出し、人の悩みはなんでも聞く。
だから、そんなゴルダさんをしたう人は多いんだ。
「ここに座っててくれ」
セリアを適当な席に座らせて、厨房に行くと、ゴルダさんに追い出された。
「馬鹿野郎アルバ! 女の子を1人にしてんじゃねぇ!」
そう言われ、俺は無理矢理セリアと一緒の席に座らされた。
「…なんか、賑やかなお店だね」
セリアが周りを見て言う。
この店には、いろんな人が来る。
ゴロツキ、商人、旅人…様々な人が一緒に食事をする場だ。
「なぁ、セリアはラミア魔法学園の生徒…だよな?」
「えっ!?」
「あの魔法の威力…さすがエリート校の生徒だな!」
「いや…あの…」
「そんな学園に通ってるって事は、やっぱりセリアはお嬢様だったりするのか?」
「えっ…と…」
セリアが徐々に下を向く。
…あれ? なんかやっちゃった?
「私…今日…ラミア学園の落第生になっちゃったの…」
セリアの口から、衝撃の事実が告げられた。
落第生。 あの威力の魔法が使えるのに落第…?
なぜだ…?
そんなにラミア魔法学園は厳しいのか?
「原因は威力のコントロールなんだ。 私、魔法の威力をコントロール出来ないの」
コントロールが出来ない…って事は、さっきゴロツキを吹っ飛ばした魔法は…
「それで、威力コントロールが出来ないから、落第になっちゃったんだ。 ははは…威力がコントロール出来ない魔法使いなんて、笑っちゃうよね…」
セリアは笑うが、どこか悲しそうだ。
余程悔しかったんだろう。
そんな時、ゴルダさんが料理を持ってやってきた。
2人前の魚料理、いつも通り美味そうだ。
俺とセリアは先程の会話を打ち切り、料理を食べた。
「美味しい…!」
セリアが呟く。 どうやら口にあったらしい。
そりゃそうだ。 今までゴルダさんの料理を残した人は居ないからな。
「そりゃ良かった! …んでアルバよ? あの件は決まったか?」
ゴルダさんが急に真剣な顔になり、俺に言ってくる。
「…ゴルダさん。 何回も言ってるだろ? 俺は旅になんか出ない」
俺は、ゴルダさんに旅に出ろと言われている。
ゴルダさんは、俺が元王子だと知っている。
剣術を習っていた事も…
だから、17になったら旅をしろと言っているのだ。
「だがなアルバ、お前はこんな所に居ていい人間じゃ…それに、いつも冒険の本を読んでるじゃねぇか。 お前本当は…」
「自分の居場所は自分で決める!! 俺がどんな人間かは関係ないだろ!」
思わずテーブルを叩いてしまう。
目の前のセリアの身体がビクッとなる。
「…悪いなセリア。 ゴルダさん、その話はまた後で」
そう言うと、ゴルダさんは厨房へと戻っていった。
「…アルバ、旅に出ろって言われてるの?」
気になったのか、セリアが聞いてくる。
「あぁ。 俺、昔剣術を習ってた時期があってな。 だから、旅に出てみろって…」
元王子の事は話さなかった。
「剣術…って事は、アルバは剣士なの?」
「あ、勘違いすんなよ? 俺は魔法使いの事は何とも思ってないし、なんなら、剣士と魔法使いが仲悪いのが理解出来ないくらいだ」
「そ、そうなんだ…良かった…」
どうやらセリアは、剣士と魔法使いの事を気にしていたらしい。
まぁ…ついさっきあんな事があったから無理もないか。
「セリアはこれからどうするんだ? 実家に帰るのか?」
セリアは魔法学園には居られない、ならこれからどうするのだろうか。
「んー…まだ悩んでるんだ。 でも、実家には帰りたくない。 立派な魔法使いになるまでは…」
セリアは、本気の目をしていた。
きっと立派な魔法使いになれるだろう。
「…あ、でも、今家ないんだろ? 今日どうすんだ?」
「…あっ……」
セリアの顔が青くなった。
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「本当…ご迷惑をおかけします…」
「いやいや! 気にすんなよお嬢ちゃん! 部屋は余ってんだ!」
セリアは、ウチに泊まる事になった。
ウチは旅人が泊まる宿でもあるため、部屋は余っているのだ。
「んじゃ、俺は明日の仕込みがあるから、また明日な!」
俺とセリアにそう言い、ゴルダさんは階段を降りていった。
「アルバ、ありがとね? ゴルダさんに言ってくれて」
「いや、気にすんな。 困った時はお互い様だろ」
「あ、明日から私もお店で働くよ!」
「接客は大変だぞ?」
2人で話していると、下の階から大きな音が聞こえた。
これは、何かが破壊された音だ。
俺は、セリアを押し除けて階段を降りた。
すると…先程セリアを襲っていた剣士の男が、気を失ったゴルダさんを抱えていた。
「ゴルダさん!! お前何してんだ!」
「お前達がここに入るのを見たんでなぁ! さっきの仕返しだ」
「最低! ゴルダさんは関係ないでしょ!? 貴方を吹っ飛ばしたのは私じゃない!」
周りを見ると、剣を持ったゴロツキ共がニヤニヤしていた。
囲まれてるな…人数的にも不利…戦うわけにはいかないか。
「俺様の名はジャック! 明日の朝、この街の近くにある迷宮の前に来い! 来なければ、この男はモンスターの餌だ」
迷宮…だと…?
入ったものはクリアするまででる事が出来ないという…あの迷宮か?
ラミアの近くにある迷宮は、まだクリアされてない。
つまり…挑戦した者は皆死んだという事だ。
「ふざけんな! ゴルダさんを返せ!」
俺は、頭に血が上ってしまい、真っ直ぐジャックに突っ込む。
だが、途中でゴロツキに足をかけられ、転ばされた。
そのまま頭を踏まれ、身動きが取れなくなる。
「このジャック様に逆らったのが悪いんだぜ? ガキ共がよぉ! ははははは!!」
ジャックは、笑いながら酒場を出ていった。
ゴルダさんを連れて…
誰もいなくなり、荒らされた酒場を見て、俺は地面を叩く。
「くそぉ!!」
「…アルバ…ごめんなさい…私のせいで…」
セリアが、今にも泣き出しそうな顔で言う。
セリアは何も悪くない。 セリアは被害者だ、悪いのは全てジャックなんだ。
「…セリアは気にしなくていい。 明日は、俺1人で行く」
「ダメだよ! 2人で行くの!」
「セリアに迷惑は…」
「迷惑じゃない! 困った時はお互い様だってアルバが言ったんだよ?」
…セリアは、多分頑固だ。 1度決めたら絶対に曲げない性格なんだろう。
「…はぁ…分かったよ。 2人で、ゴルダさんを助けよう」
「うん!」
この日、剣士と魔法使いの、この世界では異質なコンビが誕生した。