第十九話
殴りかかろうとする俺と御影を男はお得意の能力を使って止めようとしない。
それでも躊躇することなく俺は男を勢いを乗せたまま殴る、が。
男はそれを難なく片手で掴み取る。
(――――ありえない)
圧倒的速度で向かってきた事に反応するだけならず、高速で迫ってくる拳を片手で受け止めるなんて
常人ならば不可能な領域だ。
俺が驚いている間に御影が距離を詰め、でたらめな速度で蹴りを放つ。
「―――却下だ」
その一言で御影の動きが止まる、御影が声も無く驚いている。
まだこの能力を知っているのは俺だけだった。
先ほどこの場に来た御影達は知っていないが、説明する暇も無い。
俺は次の能力は発動する前に捕まれていない方の手で殴りかかる。
だが、それすらも容易に男は止める。俺はすぐさま手を振り解こうと動こうとした時
「却下だ」
全身が一瞬硬直する、だがすぐさま他の行動を取ろうと俺は動こうとし
―――男から懇親の頭突きを額に受けた。
「っう!」
飛びそうになる意識を無理やり起こし、手を何とか振り解こうとしたところで
いつの間にか起き上がっていた御影が男の腕を蹴り上げ、何とか男の手から逃れる、が
男が俺に対してではなく御影に能力を発動し、御影の動きを止めた後、回し蹴りを御影の腹部に直撃させる。
後方に大きく飛ばされた御影を見た瞬間、男の拳が俺の頬に突き刺さる。
激しい痛みととともに男の声が脳に伝わる―――却下と。
吹き飛ぶはずの物理法則さえ無視して動きが止まる。
殴られ覚醒しきらない感覚のなか、男が腹部に渾身の拳を叩きつけてくる瞬間を呆然と眺める。
防ごうとする思考すら生まれないまま殴られる。
さらに追撃の一撃が迫ってくる――が、アリスの能力であろう不可視の盾に阻まれる。
今まで手を出さなかったのは高速すぎる戦闘についていけなかっただからだろうなと無駄な事を考える。
意識が朦朧として集中できない。くだらないことが頭を占める。
「…………………」
男がアリスの方を向くと同時に無言で歩き始める。
アリスが危険だと頭が叫んでいる、その意思に体がついていかない。
ゆっくりとアリスに近づいていく男を漠然と眺める。
(――戦わないと)
アリスでは敵わない、多分俺がやっても敵わない。なら見捨てて逃げればいい。
全速力で駆ければ逃げられる――アリスを見捨てればいい。
俺がやられるか――アリスがやられるか。
意識が朦朧としている。
そんな中でも単純な計算だった。
「まてや、おっさん」
震える足を叱咤して無理やり立ち上がる。
「大人しく倒れてればいいものを」
「男が女を守るのは当然だろう?」
くだらないプライド、でも最も大切な事。
こちらをゆっくりと向いてきた、男に全身が危険だと告げている。
膝が笑っている、拳が恐怖で震えている。
それでも確かに立っている。まだ守ることができる。
勝率は限りなく低い、なら、全員無事に逃げることに集中すればいい。
ここで倒すなんて馬鹿なことを考えてはいられない。
御影の方にアリスを連れて逃げろと眼で伝える。付き合いの長い御影はそれで理解してくれたようだった。
その証拠に俺が動き出した瞬間、アリスを抱えて暁の方に駆け抜けていく。
「必ずあんたも逃げ切りなさいよ!」
「当然だ!」
御影たちの方を向いた男に全速力で接近する、すでに御影の能力は切れている。
能力ありで敵わなかった相手に無能力で挑む恐怖が襲う。大声で叫ぶことで無視しながら突っ込む。
狙うは足、移動能力を減らせば逃げられる確立は格段にあがる。
棒立ちの男の足の蹴りを入れる、が
即座に能力で動きを止められ逆に男の蹴りが俺の脚に直撃する、俺は激痛を無視し
完全に無防備な男の腹部に渾身の一撃を叩き込む。
能力発動と攻撃時にできる隙を完全に突く一撃、さすがに聞いたのか男は多少よろける。
追撃をかけようと右足のハイキックをこめかみ目掛けて蹴りだす、それを男は左手一本で防ぐと
同時に右手で俺の胸倉を掴む、引き剥がそうとした瞬間に男の左拳が俺の顔面を捉える。
飛びそうな意識の中俺は即座に左足を男の顎目掛けて蹴り上げる。
直撃するが男は気にせずもう一度俺の顔面を殴る。ダウンしそうな俺にさらに左手で男は殴ってくる。
圧倒的なタフさ、男はそれを持っている。
さらに実力差も如実だ。すでに逃げることすらできない。
正確には立つ事すらできない。意識が飛びかけて能力を使う為に精神をさけない。
「大人しくしていればこんなことにはならなかったというのに」
哀れみを含んだ男の声。
(………ちくしょう)
意識があるだけで奇跡と言った状態の体、奥歯を噛み締めるしかできない状況。
アリスたちは逃げただろう、だが俺がまだ逃げ切れていない。
それは敗北、何もできない状態がそう言っている。
男がさらに拳をぶつけてくる。
完全に意識がなくなりそうななか、一人の少女の後姿と声が聞こえた気がした。
そこで俺の意識は完全に消えた。




