魔神、出撃
犬たちが青天に吼える。
落石が川を打ちひしぐ。
降りしきる土砂に流れが埋まった。
洞窟のあった山が崩潰していく。
それはもういい。山賊の隠れ家は、もぬけの殻も同然となったのだから。
あの首領の女がどうなったのか。
生き埋めになったか。
生きてはいるはずだ。
召喚されたサモン・スキュラが、目の前にいるのだから。
犬の一頭が崖をつかんだ。
前足を叩きつけ、さらなる土砂が崩れ込む。
もう一頭は木々を薙ぎ払う。さらに一頭の猛りが天を衝く。
いったい何頭いるのだろうか。
その背中からは……人の胴だ。
首領の女がそのまま巨大化したような、いや、もっと悍ましい。
怒りを表す彫像のように、石と化した怪物のように。
けたたましい犬を従わせ、その手で這い昇ってくる。
潰れた山から、もうひとつの山が生まれたように。
「……そりゃ王国軍も攻められないわけだ。あんなのが、あるのか……」
……この世界に。
息を切らして走る。
振り返って見上げた矢先、影に覆われた。
片腕が薙ぎ払われたのだ。
ヘビのようにしなやかに、その先にはツメだ。
猛禽類の嘴、それが人の指を成している。
巨木のたわみが破ける。
飛ばされた樹木が、太陽に重なる。
その影が降ってくる。
張り出した丘に駆け込んだ。
転がるように身を屈める。
破れた巨木が跳ねて飛んでくる。
岩に弾かれ、たわみ、ずしんと落ちた。
「ま、まさしく異端よ……! あんなの教会が許すはずない!」
ベルーシカは表情を歪ませた。
無数の犬、女の胴体、そして顔……。
見上げた先々へにらみを凝らしていく。
「ああ、虚体は異端中の異端なんだったか。聖女様の権限で取り締まってみたらどうだ?」
にらみが俺のほうに向いた。
頬をふくらまして言う。
「あんたがしなさいよ。魔神同士で戦ったら?」
「聖天使様の奇跡は起きないのか? お祈りでもして、お前も巨大化したらいいのにな」
身を伏せつつ言う。
「なに言ってるの? バカじゃないの?」
偉そうな態度だが足は震えている。
しっぽもぶるりと震えた。
「あれじゃあ、ローバーが何台あっても足りないよね……」
ミシァにしては珍しく声色が固い。
頭についた落ち葉を払ってやる。
「あの隊長よりも、ずっとおっかないな。そりゃ誰だって怖いよな」
「……そこで! 魔神の魔神じゃん!」
勢いよくしっぽが立った。
俺の顎を打つ。
「星体と虚体って、どっちが強いの! どっちが勝つの! 魔神、やっちゃえ! 興奮してきたよ! どうしてくれよう!」
しっぽが力を蓄えていたように、ぶんぶんと回りだした。
立ち上がって拳を構えている。
可愛らしく怯えていたのではなかった。
W.W.が最終手段になることは想定していた。
想定はしていたが……。
「虚体というのが、ここまで巨大だとは思っていなかったぞ」
遠吠えがけたたましく森に響く。
つんざく咆哮に頭を押さえてやり過ごす。
白い巨人は転がった巨木を見つめている。
ただ静かに、森に白い彩りを与えている。
胸部のハッチが開き、メナがきょとんと顔を覗かせた。
「……同じくらいの大きさか。もちろん立てば、だが。W.W.は牛じゃないからな」
パーシアンナがさらりと言う。
「大きさまで伝えておくべきだったでしょうか?」
蹄鉄型のタラップに乗って答える。
「いや。呪文のような単位を言われても、余計わからなかっただろうからな」
「村の駐屯軍からも、よく見えるでしょう」
「そういうことだ」
王国軍に力を見せつけないといけない。
サモン・スキュラは申し分のない相手のようだ。
「旦那さま! おかえりなさい!」
「ああ、いい子にしていたか?」
メナの腕が回ってくる。
しっかりと抱きかかえ、膝の上に乗せる。
遠吠えの響きが森を駆け巡った。
ハッチが静寂を生む。
ゲーミングチェアに、しっかりと腰を埋めた。
操縦席が光の分岐に包まれる。
モニターが外を映していく。
「メナ。こういうときにな、なんて叫ぶか知ってるか?」
「えっと……わかりません……」
「クリストファー・フォルネウス! W.W.、出撃する!」
白い巨人が森に立った。
「えっと、旦那さま、なんで自己紹介をするんですか?」
……自分が恥ずかしくなった。




