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魔神、逃げる


 生半可な武器など通じないだろう。


 銃弾ですら貫通して突き抜けてしまう。

 縛ることもできない。

 それに匹敵する武器も、俺は持っていない。


 あるのはロープだけ。


「あー、これで縛れるはずはないよな……」

 首領の女も捕えなければならない。


 時間は止まっているのに、粘った身体が溶けてきそうに見えてしまう。

 どろどろと、いや、うねうねと。

 

 美容クリームだ。

 このスライムは、美容クリームの材料になるらしい。

 すると、だ。

 人間が倒せないはずはないのだ。


 空気がまとわりつく。

 温かいような、冷たいような、洞窟内はそんな空気だ。

 この時間の中では、その温度の層すら感じて取れる。


 壁に手を伸ばす。

 炎ですら、燃えさかる形のまま止まっている。

 熱い。温度もその場で止まっているのか。

 そのたいまつを手に取った。


 そして、スライムに突っ込む。

 かなり重く、はね返されそうになる。

 停滞した時間と、その粘性とがそうさせている。

 ずるりと炎がめりこんでいく。

 火の先端は槍のように、スライムに突き刺さっていく。

 この熱で簡単に溶けてくれるとは思えないが……。


「ついでに首領を縛るか……」

 ついでではなく、これが目的だった。

 最初からそうすればよかったのだが……。

 この女が、首領である確信がなかった。

 ほかにいて逃げられでもしたら、作戦は失敗なのだから。


 しかし、今はどうだ。


 女の足元に、犬がいる。

 何頭だろうか。いや、数よりも、その容姿だ。

 女の脚から、犬が生えている。


 さっきは、確かに女の脚だった。

 そこから犬が生えている。


「これが召喚……サモン・スキュラなのか?」


 体力がもつだろうか。

 空気が重い。

 ずっと泳いでいる状態に近いのだ。


 きつくロープを結んだ。

 犬の顔面が並んでいる。

 今にも息がかかってきそうなほどに、それらの形相は怖ろしい。


 ロープを引っ張って動かす。

 このまま連れて帰れば、作戦は成功だ。


 よろりと足がもつれた。

 深く息を吸う。

 何キロも走った後みたいだ。

 遠泳……の疲労感というべきか。


 まだ解除(リリース)するわけにはいかない。

 巻き込まれて(・・・・・・)しまう。


 岩の陰はないだろうか。

 止まったままの三人を、曲がり角に押しやる。


 ロープをたぐり寄せ、女と犬が宙を泳いでいく。

 もう限界だ――。




 女が笑いながら、どすりと地面を転がった。

 当然にも、なにが起きたかわかっていない。

 目を丸くして天井を見つめている。


 こちらもだ。

 ただし、経験の差がある。

「……あれ、また動いてる?」

「お! また魔神! 魔神力だ!」

「ああ、先生のお力で……」

 こくりとうなずく。

 動く空気を胸に流しこんだ。


 爆音が轟く。

 反響も追いつかないほどの、ひとつの轟音だ。

 突風が曲がり角まで襲ってくる。

 岩の破片が吹きすさぶ。

 身をすくめてやり過ごした。


「……すまん。ここまでとは思わなかった」


 望遠石だ。

 熱すると割れるらしい。

 その岩石を飲み込んでいたのだ。

 スライムはどうなったか……。


 おそるおそる覗いてみる。

 ……跡形もない。

 ただほのかに、残った望遠石が淡く光っているだけだ。


 女は……気を失っている。

 轟音にか、吹き飛んできた破片に当たったのか。

 パーシアンナが泣きながら言う。

「先生、縛るなら私をと……言ったのに……こんな女を……」

「そんな趣味はないと、真・暗黒経典に記してくれ。……ああ、ペンはすまなかったな。スライムから取り出す時間がなかった」

「先生に破壊されたと思えば、ゾクゾクします……」

 腰がくねりだした。

 なぜか涙は喜びに変わった。


 ベルーシカが奥へと歩いていく。

 さっきまでいた、洞窟の突き当りだ。

「お、勇気があるな。スライムが生きているかもしれないぞ」

「生きていてほしくはないけど……ちょっとは残っててほしい……」

「……なにを言ってるんだ?」

 こいつも頭でも打ったか?


「美容クリーム」

「うん?」

「材料ってことは、あれを塗ればパーシアンナみたいに、お肌すべすべになるのよね……」

「気味悪がってたじゃないか……」

 美への執念か。


「なるぞ。私もすべすべだ」

 するりと脚が伸びた。

 いや、犬だ。

 犬たちが生えている脚だ。

「……起きなくていいのに。あと、寝起きでよくあいつの話に乗れるもんだな。俺にはムリだよ。さすが山賊の首領だ」

 山賊はみな逃げた状態で、もうそう呼べるのかはわからないが。

 召喚師(サモナー)だ。


「あー、君は、わるいんだが、しばらくそのままだ。王国軍に追われていることは知ってるな。このまま連れていく」

 気絶してくれたままのほうが良かったんだが。

 犬たちの足も縛っているとはいえ、油断はできない。


「ああ、いちおう罪人だったな、忘れてた。じゃあ扱いは特に気にしなくてもいいか」

 気はとがめるが……もう一度、気を失ってもらったほうがいいだろうか。


「ミシァ、装填はできてるか?」

「もちろん!」

 がちゃりと小銃を向ける。

「抵抗するなら遠慮はしない。怪しい動きもだ。いっしょに来てもらう」

「……それもつまらんな。私が素直に従うと思ってるのか?」

「わるいが君のことはどうでもいい。来てもらうしかないんだ」

「魔神に逆らっちゃう? 撃つよ?」

「ほう、魔神か。つまらなくはないな……」


 こっちも命がけだ。

 最悪、だが、生け捕りでなくてもいいのだ。

 王国に力を見せつけることが目的なのだから。


 王国軍でも捕まえられない相手……。

 だからこそ、交渉の材料になる。


 ……おかしい。


 なぜそれを、俺たちが捕まえられた?

 時間を止めたとはいえ、ロープ一本だ。

 簡単に行き過ぎていないか……。


「……パーシアンナ、君はどう思う?」

「私も、先生に縛られたいと思っています……」

「ちがう。サモン・スキュラだ」


 笑いだした。

 けらけらと響く声だ。

「ミシァ……撃て!」

「おお! やったー!」


 考えている場合じゃない。

 ためらっている状況でもない。

 ぞくりと背筋が凍ったのだ。

 交渉などという、これからのことじゃない。

 今、やばいのだ。


 銃弾が耳をつんざく。

 すでに笑い声ではない。

 叫びだ。

 おぞましい怒りだ。


 魔法弾を犬の額がはね返していく。

 女が埋もれるほどの大きさだ。

 それが何頭も、牙を立てて吠える。


 どうする。

 また時間を止めるか。

 考える時間は稼げる。

 ……いや。

「逃げるぞ!」


 おそらく、為す術はない。

 止まった時間の中だとしてもだ。

 早く、この場を離れなければならない。


 犬が膨れ上がっていく。

 洞窟の天井にぶち当たり、それでも止まらない。


 狭苦しく暴れ、横幅すら壁を破ろうとする。

 激しく岩を()み、ツメが壁を(えぐ)り削る。


「おい! ベルーシカ!」

「待って! スライム! 持って帰るの!」

「そんなことやってる場合か!」

 ばらばらと岩が降ってくる。

 犬の顔面が洞窟を埋めていく。

 まだまだ膨れ上がる。

 天井が持ち上がり、そして崩れ落ちてくる。


「結局崩れてんじゃん! 最初から魔神の魔神で踏んでりゃよかったんだよ!」

「今さら遅い!」

 来た道を駆ける。

 崩壊が追ってくる。

 水を跳ねる足音を頼りに走る。


「あれが、サモン・スキュラ……」


 虚体(マギア)だ。


 外に出て、見上げた。


 洞窟から生えてきたように、巨大だ。


 W.W.(ホワイトウィッチ)を初めて見る者は、恐怖を感じている。

 その感覚がわかった。



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