魔神、対スライム
あくまでも王国軍の狙いは、首領だ。
そして俺たちにとっても。
下っ端の山賊のために王国は駐屯を敷いたわけではないだろう。
首領を捕まえなければ、交渉の材料にならない。
目的の首領――召喚師は、この奥にいる。
ぴちゃりと水が鳴った。
望遠石……という岩壁が、ほのかな光を水に落としていく。
この先で風が迷っている。
ごうごうと火が盛っている。
……たいまつだ。
岩壁の灯りよりも、力強く影を作っている。
影は炎を揺らし、炎は影を招く。
それは二つ。
ちらつく影、ひとつは……。
「つまらん」
……女の声だ。
玉座のような椅子に背を投げている。
脚を組み、その脚が色白に浮かんでいる。
紫色の瞳は、当然のようにこちらへ向けられた。
「……つまらんのだ。非常につまらんのだ」
女は肘をつく。
「お前たち、なんだ。山賊にでも加わりに来たか?」
女の声は洞窟に響く。
「捕まえたのはウサギだけだと聞いたが? それとも私を捕まえに来たのか?」
岩窟のオペラでも聞いているような仰々しさでもある。
こいつが大親分だろうか。
気になるのは、もうひとつの姿影だ。
うねうねと塊がうごめいている。
その傍らに、ウサギ……。
骨だけだ。
うごめく形が、溶けるように迫り、それを飲み込んだ。
ぐずぐずという音が聞こえる。
擬音の表現はしづらいが、いいものではない。
「あー、君が、サモン・スキュラか?」
ロープを手に女に尋ねる。
「先生、それは虚体の名前です。先生がそうおっしゃれば、そうなのですが」
「ああ、そうだった。教えてくれてありがとう」
「反省を踏まえてです」
ぐずぐずとした姿にも尋ねてみる。
「じゃあ、君がサモン・スキュラか?」
返事はない。
ただぐずぐずと音を出してうねっている。
「魔神、モンスターが返事をするわけないじゃん」
しっぽに叩かれて笑われた。
「そうなのか」
「そうよ、あんたバカじゃないの? しゃべるとでも思ったの?」
ベルーシカも俺を叩いて笑う。
両側から笑われた。
「いや、あれがモンスターなんだなって……そう思っただけだ……」
たいまつと望遠石を頼りに目を凝らしてみる。
なかなかに大きく、大人も飲み込むほどか。
わずかに表面は照っている。
それがうごめいて、ようやく一定の形状を保っているようだ。
「……スライム、ってやつか?」
「まあ! 先生はご存知で?」
「いや、ゲームで、よく出るから」
「なにか知らないけど、あんなのが、よく出てちゃたまらないわよ。さすが魔神界ね」
「ベルーシカさん。あれが、前に言った美容クリームの材料です」
「はあ? 冗談を言わないで。……冗談を、言わないで……」
パーシアンナの面持ちからして、冗談ではなさそうだ。
ベルーシカは腕を抱いてすくみ上がった。
「美容クリームはともかく……。俺の知っている認識では、ザコモンスターなんだが」
「先生がザコとおっしゃるのであれば、そうなんでしょう。そう認識することにします」
「待て、本当はどうなんだ」
女がけらけらと笑った。
そして静まる。
静寂にぎいぎいと聞こえる。
その元の檻……鉄製だろう格子の扉だ。
状況からして、スライムはここから逃げ出したのか?
「騒がしいが、おもしろい連中だ。山賊の代わりに食わせてやろう。どんな悲鳴で泣いてくれるのか、ああ、楽しみだ」
いや、逃げたのではなく、女が檻から出したのだ。
山賊にスライムを襲わせて遊んでいたのだ。
「知らなきゃよかった……」
「そう言いましたけど……ああ、ごめんなさい。教えてしまいましたね」
「美容クリームの話は後だ! 来るぞ!」
スライムが滑るように近づいてくる。
匂いか、視覚があるのか、音に対してか。
どうでもいい、現状はこちらに迫ってくる。
ぐずぐずとしてはいるが、速い。
薄暗さに距離感を見誤ってしまう。
「撃っちゃっていいよね!」
「早く撃て!」
ミシァが小銃を構える。
ばりばりと耳につんざく。
反響が反響を呼び、アセンブラーが弾をばらまく。
両手としっぽ、小銃が震えて笑う。
「魔神! 魔神! 気持ちいい!」
楽しそうに銃口が天井に向かっていく。
「待て、待て、一回止めろ!」
「なに? 聞こえない!」
岩壁がびしりと崩れてきた。
小石が降って頭に当たる。
たいまつがばちんと弾けた。
望遠石のかけらが炎に入って割れたようだ。
かちかちと洞窟に響く。
撃ち尽くした……か。
ぱらぱらと恐怖の音も静まった。
「ちゃんと狙って撃て! こっちまで生き埋めにする気か!」
にっかりとミシァに笑って返された。
舌をしまい忘れている。
スライムは……。
……来る!
銃弾は当たってはいる。
その跡がびちゃりと散っている。
獣だとかであれば血を流して倒れているだろう。
しかし半固体状なのだ。モンスターなのだ。
生き物と呼んでいいのかも疑わしい。
ミシァの腕を引っ張る。
しっぽをつかもうとしたが、まあ、ややこしくなる。
そんな場合でもないが……。
粘りつく身体が盛り上がった。
波を打って地面を叩く。俺のいた場所だ。
岩壁のかけらを巻き込んで、うねっていく。
パーシアンナの鞭先が飛んだ。
音を切ってペンを繰り出す。
表面をかすり、粘ったものが飛び散る。
そして鞭が捉えた。
軌道を描いてスライムに巻き付いていく。
これで動きを止められるか。
いや、巻き付いた順に飲まれていく。
スライムの身体に沈み、パーシアンナが引き寄せられていく。
「ペンを捨てろ!」
「あん! お高いのに!」
牙をむくように……今度は左右からだ。
粘った身体が分かれて挟み込んでくる。
「飲まれるなら、先生の胸に飲まれたいのに……」
「俺は丸飲みはしない」
「わたしの出番ね!」
ベルーシカが杖を掲げた。
「おい待て!」
音波が放たれる。
耳鳴りが洞窟内に反射して返ってくる。
いや増幅だ。
魔法を使った本人ですら、耳を押さえてもがいている。
「こんな密室で使うバカがいるか!」
最初に言っておくべきだった。
それと亀裂だ。
びしびしと岩壁がひび割れを生んでいく。
肝心のスライムはどうだ。
耳がないのだから、効果がないのか。
ごきりと鳴った。
天井からだ。
蛍光色の灯り、望遠石の塊だ。
スライムが潰された。
人ほどの大きさの落石が、スライムを直撃した。
「やったわ! ほら、やったじゃない! わたしすごい!」
……いや。
それすらも飲み込まれている。
望遠石の光が、ぬめった身体の中を沈んでいく。
どっぷりと溶け込んでいくように……。
そして触手……なのか、反撃がスライムの身体から放たれた。
女がけらけらと笑っている。
洞窟を響かせ、街中の喧騒のように頭をつんざいてくる。
銃弾といい音波といい、なぜこの女は無事なんだ。
それよりも、まずは目先のこいつだ。
――女が笑った顔のまま止まった。
そしてスライムも、触手を広げたまま固まったかのようだ。
音はしんと消え、洞窟の雰囲気だけは、この時間の中でもそう変わらない。
スライムは、強い。
決してザコモンスターだとは呼べない。
とりあえず時間を止めてみたが、ここからどうするか。
山賊も我先にと逃げ出すわけだ。
まるで肉食獣だ。
武器も魔法も効かないぶん、それよりもずっとタチがわるい。
さて、どうしたものか……。




