魔神、忍び込む
さすが洞窟、といったところだ。
足元にはちょろちょろと水が流れている。
くぐもった響きは、それが人の声なのか風の音なのかわからないままだ。
呼吸すらも拒むように奥は暗い。
ただ、灯りと呼べるものはあった。
岩壁のところどころが、ほのかに光を持っている。
蛍火のように曖昧なものが、ちらちらと集まっている。
それがわずかな水面の波に反射して、道を表していた。
「……蛍光性の鉱物か……?」
「……望遠石、って呼んでるよ」
ひそひそと吐く息で話す。
互いの姿を確認するためでもあるが……。
こいつらがあまりにも黙っていると、それはそれで不安になってくる。
「お前の自慢の望遠鏡と、関係があるのか?」
しっぽの影が答える。
「レンズになるんだってさ」
「……熱を与えると光る性質もあるようです」
白衣がぼんやりとささやいた。
パーシアンナの甘ったるい声は、洞窟と相性がよさそうだ。
「……熱しすぎると割れてしまうそうですが。ここは、おそらく地熱の影響かと……」
石壁に触れてみると、確かに温かい。
入り口からの風は涼しく、それが生温い空気と入り交じる。
「……ベルーシカ、よかったな。真っ暗じゃないぞ」
返事はない。
俺の服をつかんでいるが、不気味なほどに静かだ。
「おい、だいじょうぶか……?」
裾が引っ張られた。
「……わたしの声って大きいでしょ? だから、あんまりしゃべらないほうがいいと思うのよね……」
「お前……」
思わず足を止めた。
「自覚が……あったのか……」
大変な驚きだ。
しっぽが鼻にぶつかった。
鼻の穴にぐりぐりと押し込まれる。
「ミシァ、なんだ……!」
「しっ」
こもっていたうなりの音が、はっきりとしていく。
この洞窟で、俺たち以外の声。
山賊たちだ。
「親分……いつまで、あの女に従うんですかい」
「俺はもう親分じゃねえよ。……あいつはヤバい。逆らうな」
のどの焼けたような粗い声が聞こえる。
……こっちに歩いて来ているのか?
「……いいか、あいつは遊んでるんだよ。俺たちを従わせてな、山賊ごっこをやってるんだ。その気になりゃ俺たちは一瞬、さ。……俺はそのうち逃げる」
「逃げるんですかい、親分!」
「声が大きい! 聞こえたらどうすんだ! ……俺はもう親分じゃねえ、あいつが大親分だ。……あいつの前で間違えんなよ、食わされるぞ」
大親分、とは件の首領のことだろうか。
会話の様子からすると……やはりこの洞窟にいる。
「じゃあ親分は小親分じゃないですかい」
「小はやめろ。……なんだかみじめだ。だからせめて、中にしろと言ってるだろうが。俺はな、欲を張りすぎちゃいけねえって習った男だ」
足音は近づいてくる。
身を隠すものは……ない。
パーシアンナが胸元のペンを引き抜いた。
目で問いかけてくる。
どうするべきか。
こちらは奇襲なのだ。
音波攻撃や銃よりは、鞭のほうが得策だ。
それとも俺が時間を停滞するか。
なんにしても、気づかれる前に決断しなければならない。
望遠石の灯りが影を作る。
山賊の足元が浮かび上がってくる。
ぴちゃりと水を踏んだ。
つま先、脛、膝……。
「なんだおめえら!」
中親分の叫びだ。
気づかれた。
……いや、ちがう。
足の姿が止まった。
奥だ。暗闇の向こうだ。
巣穴にこびりついていたような声が、はっきりと。
十人、いや二十人か。
山道で襲われたときと、同じくらいの人数だ。
勢いよくこちらへ走ってくる。
谷底の川の流れのような音だ。
それが押し寄せて、人込みの騒ぎが迫ってくる。
思わず岩壁に身を預けた。
やはり温かく、騒動はそれよりも熱苦しい。
「おいおい! なんだってんだ!」
「中親分! あいつが!」
「また始めやがった!」
山賊たちは流れに転び、岩壁に頭を打つ。
それでも互いを押しのけて走る。
密やかな洞窟は一転して、土臭い山賊に飲まれた。
そして俺たちを走りすぎていく。
その中に中親分もいた。
「うおおっ! てめえらはっ!」
こちらに気づいた。
走りながらも俺とベルーシカを、ぎょろりとにらむ。
にらまれたベルーシカが杖を構えた。
「あなたが親玉ね! 覚悟なさい!」
「おめえに構ってるヒマはねえ!」
中親分が駆け抜けていく。
「はあ? なによ! ちょっと待ちなさい!」
ベルーシカの声が洞窟に残された。
反響が鳴り、再びしんと水が流れる。
「あいつ! 追いかけなきゃ!」
「待て待て、ちがうぞベルーシカ」
走りを受け止める。
「……先生、どう思われます?」
パーシアンナがするりと背を正した。
甘ったるい声が岩壁を鳴らす。
もう声を潜める必要もないだろうか。
「大親分、っていうのが、いるんだ。この奥に……」
暗闇が風を招く。
その奥を見つめた。




