魔神、眠る
向こうが街だと言われた。
追い払うように、だ。
その反対、馬車の進んでいったほうを見つめる。
すでに馬車は豆粒ほどの大きさになり、さらに離れていく。
街道というくらいだから、どちらに行っても街くらいあるのだろう。
なんにせよ、ここで立ち尽くしていても始まらない。
見渡す限りに広がる草のにおいを吸い込んだ。
わずかな轍が道を示している。
いまわかるのは、ここが俺の知らない場所だということだ。
それと……。
「……馬車について行くのが、無難だよな」
指示を信じないわけではないが、鵜呑みにもできない。
第一に、あのうるさい少女に素直に従うのは愉快ではない。
決してついて行きたいわけもないのだが。
くしゃりと髪をなでた。
「うん? 白髪が生えてきたか?」
なにかの間違いだろうか。
指先の銀髪が風に光る。
長く長くさらわれていく。
「なんなんだ、一体……」
このだだっ広い草原のように考えがまとまらない。
歩きながら頭を働かせる。
促されたほうとは逆、つまり馬車を追うように進む。
あの馬車の目的地があるはずだ。
少なくても人がいる所だろう。
馬車一台で少女を連れて、わざわざ危険な場所に行くはずがない。
それ以前に、なぜ馬車がって疑問もあるが。
先は長く、轍には草がもたれている。
街道といっても、あまり使われていないのだろうか。
これがゲームなら、草かげからモンスターでも現れるんだが……。
「……ゲーム?」
ざわりと草がそよぐ。
新作のゲームが頭をよぎる。
ここに来る前、不運にもトレーラーに轢かれた。
その直前までやっていたオンラインゲームだ。
ほかのゲームも思い浮かべてみるが、うまく思い出せない。
その中の世界だとでもいうのか。
いや……。
あれは宇宙を舞台にした未来世紀のストーリーだ。
世界観がまるでちがう。
恒星間移動戦艦や反重力推進装置はあっても、馬車などありはしない。
「仮にだ、ゲームだとしたら……」
手のひらを腰の裏に当てる。
まあ、つまり尻なのだが。
道具を取り出すモーションだ。
黒い渦、道具箱――インベントリーが現れた。
信じられないが、認めるしかない。
実際に、手首が飲み込まれているのだから。
出てきたのは……。
「レーションメイドだ……」
チーズ味である。
「腹が減ったから、都合よく出てきたのか? あの時、買おうとしてたな……」
箱を開け、袋を破る。
なつかしいような、新しいような感覚だ。
草原のど真ん中でレーションメイドをかじっている。
「水も欲しいんだが……」
ふたたびインベントリーへ手を埋める。
「出てきた……」
ペットボトルの天然水。
よく箱買いしてたものと同じものだ。
どちらも、俺の知っているものだ。
味や食感やパッケージのロゴも。
細かい表記の部分は水に落としたかのように滲んでいるが。
待てよ。
それじゃあ、自動車でも原付でも取り出せるのか?
黒い渦に手を突っ込む。
「……ダメだ」
漠然とした形状だけはイメージできる。
しかし仕組みだとか部品のいちいちまで思い描けない。
反重力推進装置などもってのほかだ。
「歩くしかないのか……」
淡い期待が裏切られた。
いま何時くらいだろう。
文明の利器は持っていない。
影は短く日は高く……正午前といったところか。
舗装された道とちがって、草道は思った以上に体力を使う。
草の根が土こぶを作っていて、踏むごとに足首が曲がる。
足元の凹凸だけでなく、地形は起伏を混じえてきた。
それでも進んでいるのは確かだ。
一本の木はもう近い。
高くもなく低くもなく、草原で目印のように立っている。
枝葉の広がる下に、もたれるように腰を下ろした。
少し休憩しよう。
樹木に背をあずける。
真昼の日差しが静かに耳に響く。
あの馬車もここを通って行ったはずだ。
この木陰で休憩をしたかもしれない。
目的地まであとどれくらいだ?
まだ歩くのか?
ふう、とため息を落とした。
すると、傍らに見慣れぬものが……。
「もしかして、これは……」
……失態の跡。
つまり、ゲで始まりロで終わる。
見たくはないが、おそらく、まだ新しい。
「あのうるさい女……乗り物酔い、してたな……」
場所を変えよう。
逃げるように立ち上がる。
ふらりと頭が持っていかれた。
木の根に腰を打つ。
眠気だ。
「異様に……眠い……」
歩き疲れたのか?
まぶたが重さに耐えられない。
少しだけ、昼寝するか……。




