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魔神、牛の舌がなめてくる


 まったりとした低い声で目が覚めた。


 ゲーミングチェアに張り付いた背中を起こす。


 日差しは森に陽だまりを作っている。

 眠る前とほとんど変わっていない。

 つまり丸一日が過ぎたわけだ。


 操縦席から下を覗くと、牛がいる。


 なぜ牛がいるんだ。

 そしてなぜ、あいつらは牛と遊んでいるんだ。

 牛を囲って談笑している。


 とても山賊の討伐前とは思えない。

 まったく緊張感がない。

 これではピクニックだ。

 牛はまったりと低い声で鳴いた。


「……その牛はどうした。念のため先に言っとくが、連れては行けないし飼うつもりもないぞ」

 牛の舌になめられながら言う。

「あ、旦那さま。牛方さんが、知っているそうです」

「牛方さん?」

「知ってるよ」

 牛がしゃべった。


 ……わけではない。

 牛の陰に丸っこい男がいた。

 犬も連れている。

 前にも見た光景だ。


「あんたまた会ったな。前も眠ってたなあ」

 丸い男はけらけらと笑う。

 牛も犬も笑った顔……かはわからないが見つめてくる。

「……で、なにを知ってるんだ?」

 牛の舌になめられながら尋ねる。

「木の山な、最近は回り道だ。よけて行くんだよ」

 丸い男は、持っている枝のついた棒を地面に往復させた。


 そして三角の山、その頂上を指す。

 きのう進んだぶん、かなり近い位置だ。

 この山のどこかに山賊の隠れ家がある。


「荷でも襲われたらたまらんからな。こいつがいるが、まあ、出会いたくはないもんだよ」

 筋肉質の犬がきょとんと飼い主を見上げた。

「山に関しちゃ俺が上よ。知ってるか知らないか、それで山賊を避けてる」

「ああ、確か、山道の荷運びの仕事……をしてるんだったか?」

 メナに聞くと、こくりとうなずいた。


「山渡り」

「うん?」

 牛……ではなく、丸い男が言う。

 棒であちこちを指しながらだ。

「山を越えてるんだよ。国境まで荷物を運ぶし、持ってもくる。俺は山賊よりも山に詳しいつもりだよ。あっちに海があるだろ? ここからは砂の山で見えんが。そこから……こう、迂回して通ってるんだよ」

「じゃあ、山賊の居場所も知ってるのか?」

「洞窟があるんだ。住み家にするなら、まあそこだろうな」

 びしりと指す棒の先。

 森……しか見えない。


「あんたらも出会わないように気をつけな。身ぐるみ剥がされるぞ」

 こちらとしては、早々に出会いたい。

「あー……そこまで、案内をしてほしいんだが……」

 牛になめられながら頼んだ。




 牛が見上げながら歩く。

 犬もときどき見上げながら歩く。

 そして、飼い主も同様だ。


「……こんなでっかいのがあれば、まあ、山賊も懲らしめることができるかもしれんが……」

 四つん這いで進むW.W.(ホワイトウィッチ)のことだ。

「なんていうか、いつも、こうやって歩いてるのかい? 牛みたいじゃないか」

「いや……今だけだ。本当はちゃんと立って歩ける」

 操縦席から牛のほうに返事を落とした。

 初めて見たら、こういうものだと思うのかもしれない。

 やはり第一印象は大切なのだ……。


 先導の牛方が歩みを止めた。


 棒が先を……張り出した丘の向こうを指す。

「……見えるかい?」

 この操縦席の高さなら、見える。

 確認して、W.W.(ホワイトウィッチ)を伏せる姿勢に下げた。


「さすがに山に詳しいな。助かった」

「なに、退治してくれるなら、こっちこそ助かるよ」

 べろりと牛の舌が(ほお)をなでてくる。


「そうだ、そのロープ……頑丈そうだけど、売ってくれないか?」

 牛の背に束ねてあるロープだ。

 荷運びに使うものだろう。

「これは商売道具だよ。ないと困る」

「そうだとは思うが……これで譲ってくれないか?」

 ポケットから銅貨(アサリ)を見せる。

「うん? いや、そこまで高いもんじゃないよ。丈夫であることは保証するが」

「今はテツもツブもないんだ。山賊を縛れるのが欲しいから。あー、それと。できるだけここから離れててくれ。もしかするとだ。こいつを動かすことになる」

 ロープを受け取って、W.W.(ホワイトウィッチ)を見上げる。

「ははは、そうするよ。牛に踏まれるより痛そうだ」

 牛がべろべろと別れを告げてきた。




「……うちらで直接、乗り込むってこと?」

 しっぽが背中を叩いてくる。

 伏せた身に何度も叩いてくる。

 こいつらは隠れる気がないのか……。

 俺だけがこっそりと山賊のアジトを見張っているのがバカらしくも思えてくる。


 丘の上から覗く限り、洞窟への出入りはない。


「……迅速にだが、確実に討伐できないと意味がないんだ。俺たちは、山賊の首領……召喚師(サモナー)の顔すら知らない。逃げられたら作戦は失敗なんだ」

 しっぽが背中をさらに強く叩いてくる。

「ねえ魔神さあ。魔神の魔神で洞窟を踏み潰してさあ、逃げ出したところを捕まえようよ」

「別に抜け道でもあったらどうする?」

 しっぽが残念そうに背中に落ちた。


「忍び込んで、迅速に捕獲。星体(ギア)は抵抗してきた場合の手段、ということですね?」

「そういうことだ、パーシアンナ。そして添い寝はいらん」

 白衣がぺったりとくっついてくる。

 巻き付くようにだ。


「あんたこのまま、また眠ったりしてね。……あ、あいつよ! わたしの口を縛ったの!」

 頭に乗っかってくるベルーシカの口を塞いだ。

 これじゃあ縛りたくもなるもんだ。


 ……俺たちが気づかれた様子はない。

 洞窟へ男が入っていく。

 ウサギかなにかを持って……食料だろう。


 男に見覚えがあった。

 山道で一番に出会った山賊だ。

「もう、間違いはない」

 あとは首領を捕まえるだけだ。


「メナ、お前はW.W.(ホワイトウィッチ)で待機だ」

「はい、あの……がんばってください、旦那さま!」

 ぽんぽんと頭をなでて返す。

 懐にもぐり込んでしがみついてくる。

「旦那さま、気をつけてくださいね……」

「ああ、お前は待機だ」

「はい、旦那さま……」

 ぽんぽんと頭をなでる。

 メナが離れてくれない。

「いや、待機だと言ってるんだが……」


 操縦席のハッチが閉まっていく。

 そこが最も安全な場所なのだ。

 不安そうな顔を残して、ぴったりと閉まった。


「……あの顔を安心させようと、ずっと思ってたのになあ……」

 そういう居場所を、これから作っていかなければならない。


 張り出した丘を回り込み、岩に隠れる。

 木の陰、倒木、また岩だ。

 幸いにも川の音が、足音を消してくれている。

 川はごろごろと転がる石を浸し、流れはふたつに分かれていた。


 一方がその洞窟へと誘われていく。

 なかなか幅の広い入り口だ。

 こそりと中を覗くと、うなるような風の音が聞こえる。

 暗い奥行きがひんやりと体を震わせてくる。


「……この中だよね、山賊を見たら、撃っちゃっていいんだよね?」

 ミシァはかちゃりと小銃を握り直した。

 そのわずかな音すらも、目に見えるように洞窟は吸い込んでいく。

「……俺がいいといったらな。ああ、それじゃ間に合わない状況もあるか。その時の判断で……と言ったら、見境なく撃ちそうだからな……」

 返答に困るところだ。


「……異端者の巣窟だもの。手当り次第、倒していけばいいのよ」

 ベルーシカが暗闇をにらみつける。

 しっかりと杖の握りを確かめている。

「なあ、その魔法(キャスト)って、騒音攻撃だよな。実にお前らしいが、洞窟内で使ったら……そうだ、その洞窟だ。お前、洞窟はだいじょうぶなのか?」

「うん?」

「いや、乗り物酔いのほかに、暗所恐怖症もあるんじゃないのかと……」

「うん?」

 ……目が死んでいる。

 笑顔で固まったまま、大量の汗が噴き出している。

 今、気づいたのか……。

 小刻みに震える手が俺の服を掴んだ。

「……騒いだら口を縛って置いていくからな……」


「先生、縛るなら私をどうぞ……」

「パーシアンナ。君が縛られたら大幅な戦力の損失だ。君は楽しそうでも俺が困る」

「ふふ、先生は縛られるほうが……お好き、と……」

「なにを書いている」

「真・暗黒経典ですが?」

「……見せてみろ」

 こんなことをしている場合じゃないんだが。

「……俺の観察日記じゃないか……」

「はい、もちろん。先生のすべてを記すつもりです。私の、いえ世界の、堕落と快楽の導き書となるように……」


 洞窟の中から山賊の声がした。

 胸を沈めてやり過ごす。

 入り口は、ひゅうと風が迷っている。

 ここに乗り込むのだ。

 しかし……。


「……よし、突入する」


 しかし、よくもまあ、ここまで難儀な仲間がそろったもんだ……。



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