魔神、森の授業を受ける
「あの山です」
メナが指をさす。
村からしばらく離れた、山すそのひとつに降り立った。
キャンプやピクニックであれば人気のスポットになるだろう。
喧騒など知らずと小鳥がさえずる。
その先にも山々は続いている。
ひときわ高く見える山を、メナは木の山と呼んだ。
三角でわかりやすい形だ。
「山には、名前をつけてるんだな。ほかの山にも、ひとつひとつ名前があるのか?」
「えっと、石の山、砂の山、葉の山……」
メナは指を並べるように挙げていく。
ちがいがわからない。
ただ、木の山だけは、はっきりとした三角形を浮かべている。
「蝋板を持ってきたらよかったな。俺には覚えられない」
「えへへ」
メナが服の下から板を引っ張り出した。
いっしょに靴……俺の作った靴だ。それも落ちた。
「旦那さまにもらったものは、ぜんぶ持ってます」
そう言ってはにかむ。
「そうか……。それなら大変だぞ? まだまだあげたいものは山ほどあるんだからな」
ぽんぽんと頭をなでる。
メナは目を輝かせて、くしゃりと笑った。
「そうするために、だ。今後の作戦を立てる」
三人に向き直る。
場所がわかったのは大きな情報だ。
この山々をひとつひとつ探すのは――空からでもだ、途方もない時間がいる。
「間違いないんだな」
「おそらく。兵士たちの話では、きれいな三角の山、と」
「ほかに見当たらないな。ああ、それもなんだが……。間違いなく、山賊なのか?」
今度こそ、そうでなくては困る。
パーシアンナが間を置いて答えた。
「王国軍の言葉通りなら、山賊です」
「豚だとは言わなかったか?」
「はい」
俺を山道で襲った山賊だとすれば、見ればわかるかもしれない。
山賊団がそういくつもあったなら別だが。
逆に王国軍を見て、山賊ではないと気づかなかったのが悔やまれるが……。
「……どちらにしてもだ。王国軍が召し捕ろうとしている相手だ。それが、あの山にいる」
パーシアンナが静かにうなずいた。
「おい、ベルーシカ。お前も襲われたんだ。連中の顔くらい覚えてるだろう?」
返事はない。
ぐったりと横に伏せている。
浜に干された魚の目をしている。
たった五分そこらの搭乗でこれだ。
「……操縦席で耐えたことは褒めるべきだが。もし王国軍に見つかったら、またこいつに乗って逃げるからな」
木漏れ日を見上げた。
かがませたW.W.が、森に白の彩りを加えている。
ベルーシカが、ぐずりと泣きじゃくる。
「……このままだと教会に報告されちゃうわ。ただの泥棒よ」
「泥棒どころじゃないがな。なあ、さっきまでの威勢はどうした。教会に叱られるのが怖いか?」
こいつは気分で善悪を決めている。
教義もなにもあったもんじゃない。
初対面と話したあとで、こうも印象が変わらない人間も珍しい。
「……わたしを叱れるのは聖公教主様と枢機卿くらいよ」
「それは知らんが。手柄を取ったら、逆にほめられるかもしれないぞ?」
「手柄……ほめられる?」
「その話をしてるんだがな」
ベルーシカは立ち上がった。
「言われなくてもそうするわ。あんたのことも異端魔神として報告してやるんだから」
「そうしてくれ。今は教会より王国軍だ」
王国軍は山賊を追っている。
その首領が……。
「サモン・スキュラ、といったか。どんなやつなんだ?」
よほどの極悪人なんだろうか。
パーシアンナが口を開く。
「召喚師です。どんなやつ、かは知りませんが、その人物が、サモン・スキュラを召喚する、ということでしょう」
ふむ、とうなずく。
「召喚って、人を超えた力を生み出して、操ると。そういう捉え方でいいのか?」
「まあ! 先生はご存知で?」
「ああ、いや、ゲームでよくあるから」
パーシアンナは首をかしげた。
「いや、いい。魔法の一種なのか?」
かしげた顎に指を組んで答える。
「……根源的にはそうですが……。アーティクルを使う、というのは同じです。ですが明確に分かれています」
パーシアンナは続ける。
森林浴よろしくの授業だ。
遠くからリスすら集まってきた。
木陰がさわさわと演奏する。
「私たちは、アーティクルを源にアセンブラーで魔法を使います」
そう、インクとペンの関係。
この樹木でいえば、土からの栄養で枝葉を広げている。
「しかし召喚師は、源をそのまま、生物のように操ります」
「……うまく浮かばないが、ローバーのように? そうやって動かしてるんだったよな」
ローバーでいうなら、ガソリンだ。
「どちらかというと……」
パーシアンナはW.W.を見上げた。
つられたようにリスも見上げる。
「星体……?」
「はい。星体に近い。それが、虚体です」
ああ、と顎を打った。
つながってきた。
星体は、伝説上のものだ。
人知を超えた、それこそ天使だとか精霊だとかといった、概念の対象だろう。
実在はしない。
まあ、ここにあるんだが、それはこの世界の例外中の例外だ。
しかし虚体は実在する。
それは、サモン・スキュラのように、召喚されてだ。
「……サモン・スキュラは、虚体の一種なんだな」
「厳密には剛体と影体がありますが、その通りです。サモン・スキュラは影虚体です」
「なんか……仰々しい名前だな……」
魔神クリストファー某よりも禍々しそうだ。
「普段の実体はなく、召喚されてその姿を現します」
「それを王国軍は、ローバーを何台かで……機兵連隊で、召し捕らえようとした。討伐というやつか。……うん? ローバーは戦闘にも使えるのか?」
リスに尋ねる。
リスじゃない。ミシァだ。
そっと近づいて捕まえようとしている。
気づかれてリスは逃げ出した。
残念そうにしっぽを打つ。
「アームにブレードつけたら、いけるよ」
「つまりゲームなら戦闘モード、っていうやつか? あの重量なら人間くらい無双だろうな」
「貴族の趣味だよ。実益も兼ねてる。ローバーバトル。戦わせるの」
「ああ、ローバー同士でやるのか。大富豪が賞金でも懸けてやってるのか?」
ミシァはしっぽを横に振った。
「壊せば修理にお金かかるでしょ? 相手の財力を減らせるじゃん」
まあ、裏の世界の話なのだろう。
臆面もなく言うから、どこまで一般の話かの判断がしづらい。
「ローバーは高いんだろ? おまけに簡単に手に入らない。まあ、だからだろうが、誰が得をするんだ?」
「見物客からお金とれるじゃん」
「なるほど。……まあ、貴族の遊びはいいとしてだ。これからの……」
「よくないわよ! なにそれ、なんでそんなことやってるの!」
ベルーシカが横から入ってきた。
しっぽが飄々と答える。
「だから、趣味と実益って言ったじゃん」
「異端が趣味だなんて、絶対にバチが当たるわ」
「まあ、それが現実だ。王国軍だって、異端のはずのローバーを兵備にしているじゃないか。教会はいちいち裁いているのか?」
ベルーシカはそっぽを向く。
リスにも劣らぬふくれっ面だ。
「先生。正確には、ローバーは兵備ではないのです」
パーシアンナがそっと言う。
ふくれっ面の姪っ子でも気遣うように。
「土地の開拓や移動の手段、そういうことになっています」
「うん? ローバーでサモン・スキュラを倒そうとしてたんじゃないのか? それで何台も連れて、その機兵連隊で倒そうと」
「ええ。あくまで、駐屯地の整備のため、そう言い通すでしょう。ローバーは異端なので、教義の制限内で所持していることになっているんです」
異端だから制限を設ける。
つじつまは合わないが、社会としては合理的だ。
「……だそうだ、ベルーシカ」
ぷい、とあさってを向かれる。
知ってたな。
だからこそ、矛盾が許せない。
矛盾の憤りが、愛する教会ではなく、王国軍に向かっているわけだ。
パーシアンナが言っていたか。
ベルーシカは教会を通して自分を愛している。
でなければ居場所がなくなる。
「……居場所、か……」
リスにまで首をかしげられた。
俺やメナの居場所が、逃亡というわけにもいかない。
「いや、それより。そのローバーの戦闘モードを使った機兵連隊、それとあのおっかない隊長も入れて。サモン・スキュラに勝てるのか?」
しんと小鳥が飛ぶ。
「素人予想ですが……」
空に見送ったパーシアンナが口を開く。
「ローバー数台があったところで、召喚師には勝てないかと」
「強いのか?」
王国軍が駐屯を構える、というのは大げさではないのだろう。
そして兵士の話とやらと、昨日の隊長の話では、攻めあぐねている。
「……相性ですね。まだ魔法使いを大勢……たとえば晶兵連隊であれば、勝算はあると思います」
「魔法の部隊があるのか……」
ベルーシカのデスハウリングとかミシァの乱射撃を大勢で行う。
そう考えると驚異的だが、想像すると頭が痛い。
「……いうなれば、村に来た機兵連隊はローバー使いとでもいうわけか。なぜその晶兵連隊を討伐に出さないんだ?」
「アセンブラーはお高いので」
「予算……?」
パーシアンナはうなずく。
軍事費、というやつか。
王国とはいえ経済力は有限のはずだ。
それで財力を持つ貴族の結託を怖れている。
「三つの意味で。単に兵備の負担、アセンブラーを管理する教会に負い目を作ってしまう、それと機兵連隊の成果次第で予算を増やす機会、があるのかと」
「つまり、活躍して予算を取ろうと、か。……ああ、あわよくば、その教義の制限も広げられるチャンスだろうな。そして財力を落とすと貴族の反乱も怖い、と」
「さすが先生」
さらに、だ。
最終的には武力だとはっきりした。
それを有するから王国は王国でいられる。
その王国軍を相手に、直接こちらの力を見せても、メンツにジャマをされる。
村人のように素直に降伏するわけがない。
雲が太陽を隠す。
ざわりと小鳥が見つめる。
「……サモン・スキュラを討伐する」
「おお! 討伐! わかんないけどやろうやろう!」
しっぽが跳ねた。
「すまんな、メナ。いろいろと……俺といっしょにいて巻き込んでしまってる。こんなはずじゃなかったんだが……。もし最悪、お前だけでも無事にいられるようにする。約束だ」
メナは首をぶんぶんと振った。
「ボク、旦那さまといれて楽しいです! 幸せです!」
ぽんぽんと頭をなでる。
「わたしは構わないわ。山賊に仕返しできるし。異端中の異端、虚体もやっつけられる。聖公教主様にほめられる、かもしれない」
「聖公教主って教会のトップか?」
「あんたとは雲泥の差よ。比べるのもおこがましいけどね」
「だろうな。俺は魔神だからな」
そう言うと、またそっぽを向かれた。
はたはたと白衣がなびく。
風に髪を押さえている。
「王国側に恩を売る、という認識で?」
「いや、それが通じるとは思っていない。あっちが追っている相手だ。王国なりのメンツもあるんだろう?」
パーシアンナはこくりとうなずく。
いや、うっとりと腰をくねらせている。
今は目を合わさないほうがよさそうだ。
「……王国軍の代わりに、その攻めあぐねている相手を討伐する。機兵連隊でも晶兵連隊でも勝算のわからない相手、だ。戦力だけでなく、財源も揺さぶることができる。つまり王国にも教会にもプレッシャーを与えられる」
「おお!」
しっぽがぐるぐると回る。
「もっと言えば、恩を売る相手は領爵だ。フィギュアどころじゃないぞ? 俺たちが貴族の味方をすれば、王国や教会への反発を力にできる」
ぶんぶんとしっぽが飛んでいきそうだ。
本当に反乱のきっかけになるかもしれないが。まあいい。
この際、恩でも脅しでも構わない。
それで無罪放免、がベストだ。
交渉での嘘を、本当にするのだ。




