魔神、隊長がこわい
村の外に兵を置き、隊長は目の前にいる。
王国軍機兵連隊、だったか。
今も村を囲んでいるのだろう。
いや、もっと進めていることも考えられる。
この王国軍が警戒しているのは、こちらの戦力だ。
巨人、魔神の象徴、星体。
どう受け取っているのだろうか。
ああ、と気づいた。
この目の前にいる隊長の威圧感を、あちら側もこちらに持っているのだ。
あれがなければ、とっくに攻め込まれているだろう。
もっとも、W.W.があってこそローバーを奪えたのだが。
しかし……。
やっぱり交渉なんて俺には無理だ。
そもそも向いていない上に、この世界の知識も足りない。
結局は力に頼るしかないのか。
「フォルネウス殿。我が軍の駐屯兵への人的被害と兵備の強奪、その理由をお聞かせ願いたい」
隊長の低い声は一貫している。
「なるほど。上のものはどうお考えでしょう」
「王国評議会へは報告は上がっております。我々は令状により調査並びに捕獲の権限があります」
「なるほど。ええ、なるほど……」
いい案が浮かばない。
時間を稼いでも意味がないのに。
むしろ俺にとっては不利なのに。
隊長はずっと、誰を、とは言わない。
あくまでそこは曖昧にするつもりのようだ。
やはりW.W.の存在だ。
もし巨人が抵抗してきたら、機兵連隊とやらでも勝てないと踏んでいる。
でなければ、俺たちはすでにこの場で取り押さえられている。
それ以前に、昨日の時点で村へ進軍してきているはずだ。
待てよ。
王国軍の目的は、もともとそのW.W.の調査とは考えられないか。
対抗手段としてローバーを配備した……。
いや、ちがうか。
メナの話では、俺が来る前から王国軍は駐屯していた。
では本当に、なんのためにこんな山奥に兵を置く必要があるのか。
そこに隙があるかもしれない。
「……ご覧の通り、この村には星体を待機させております」
鎧がわずかに鳴った。
緊張の音だ。
隊長の表情が、いっそうに固く結ばれる。
やはり警戒しているのだ。
「とある目的のためでして、最低限の武力、とお考えいただければ」
さて、どういう目的にするか。
奇妙な緊張感に場が静まる。
口を開いたのは、意外にも隊長だった。
「目的とは……我々のローバーを奪うことですかな?」
「いえいえ。あれはやむを得ない処置の一環ですよ。そちら側こそ、なぜこのような山中に兵備を敷かれてるのです? ああ、察してはしますが、確認したいのですよ、こちらとしてはね」
答えてくれ。
隙を見せてくれ。
「我々は王宮評議会の決議で動いております」
結局はそれか。
「ははは、山賊でも退治しようと? いやあ、偉大な王国軍が山賊と間違われたら大変だ。そういうことですよ、我々が伝えたいのは」
言ったあとで自分の言ったことを考えてみる。
……白状していないか?
隊長の声色が、わずかに変わった。
「……脅威を考え、ローバーを強奪したと?」
「ははは、ご冗談を」
「ではなぜ」
「いやあ、ご冗談が上手な方だ……」
笑って考える時間を稼ぐ。
とはいえ、あとどれくらいだろう。
起きていられる間に決着をつけなければならない。
できれば水に流して帰ってもらいたい。
「ローバーが脅威などと、ご冗談を。いやいや、そう言っては失礼ですな」
隊長がぎろりと睨みつけてくる。
絶対、強い。
心の弱さが見透かされているのではないかと不安になってくる。
立ち上がってゆっくりと歩いた。
窓から外を眺めてみせる。
腕を組み、緊張に震える手を隠す。
やっぱり、この隊長はこわい。
直面していられない。
背を向けたまま言う。
「星体を間近でご覧になりましたか? あれに比べたらローバーなど、足元にまとわりつく子犬ではありませんか。」
鎧がかちゃりと聞こえた。
やばい、言い過ぎた。
怒らせてしまった。
「兵力の行き過ぎというのは、考えておりませんが」
隊長は淡々と答える。
振り返っただけのようだ。
重厚な声が、なにもない屋内に響く。
ばくばくと心臓の音もだ。
もういやだ、このひと、動きのいちいちがこわい。
「ええ、まさしく、仰るとおりでしょう。ええ、そうです。これからの話なんですよ。未来を語れる友人と見込んで、村にお招きしたわけです」
招いたどころか、進軍されかけているのだが。
「あの……旦那さま……」
メナだ。
新しい靴が、ひたひたと来る。
空気を読んでか、いや、読んでいないのか?
そして真剣な顔で、俺に耳打ちする。
「……ごめんなさいって、言ったらどうでしょう……!」
……うん。
そうだよな。
ごめんな、メナ。
大人はな、簡単に謝れないんだよ……。
鎧がまた、がちゃりと動いた。
隊長が立ち上がったようだ。
「率直にお尋ねしますが、いったいなにをなさるおつもりで」
……俺は、なにをなさるのだろう。
震える声を落ち着かせる。
「そう、つまりですね。村は、我々は、協力を考えているのですよ」
「協力?」
「ええ、協力。もしくは協力的に、事が運べばと考えています」
おそるおそる振り返ってみた。
隊長が俺を見つめている。
やっぱりこのひと、こわい。
「お互いに前へ進むほうがお互いのためだと考えまして、お互いの力になれる案がお互いの都合に最良だとお互いに思いますよ」
なにを言っているんだ俺は。
隊長は俺から視線を外した。
床を見つめて、なにを考えているのだろうか。
足元のアリでも愛でているわけではないだろうが。
見た目は厳ついけど実はそんなひと、であってほしい。
「……では、サモン・スキュラに対抗できると……?」
「ははは、やはりそういう事情でしたか」
なにそれ。
「ええ、もちろん。すでに手は考えております。まあ、そのための誤解は、お互いに水に流していただけたら、こちらも全力を尽くせるのですがね。そういう話し合いをしたかったのですよ」
よくわからんが、空気が変わった。
連れの兵士も、おお、とため息が漏れる。
「すると、我々の戦力を図るために、襲撃をしたと……」
お、なんだかいい感じだ。
声がちょっとやわらかい。
「ええ、もちろん。おや、言っていませんでしたかね」
「我が軍のローバーの性能を試す必要があり、やむを得なく接収に至ったと……」
今度は黙って微笑んでみる。
そういうことにしたほうがいいようだ。
「ふむ……それで聖女閣下とコートベル領爵も協力なさっている、というわけですか……」
隊長は顎に手を添えて考えている。
うまくいってるんじゃないだろうか。
「私たちは、王国の方々とも、良い友人になれたら、と考えています」
考えてないけどね。
ミシァの口がそう言った。
「しかし、そういった軍令は届いておりませんでしたので……」
「ははは、王国評議会も一枚岩ではないでしょう?」
組織なのだから、大抵そのはずだ。
「はい?」
ちがったかもしれない。
「いえ、そういう見方もできますし、噂を耳にした者の噂を聞くこともありますから。世の中のいろいろな意見を私たちは耳にしているのです」
隊長は黙った。
沈黙すらこわい。
「ええ、それで、こちらは独自に動いていたのですよ。いやいや、先に隊長殿には伝えておくべきと私は主張したのですが。あまり大げさになっても、あれですのでね」
なにを納得しているのかはわからない。
隊長は顎に手を当ててうなずいている。
こちらを捕まえるような気配はない。
もしかして、お咎めなしに持っていけるのだろうか。
「クリストファー・フォルネウス殿……。あなたはいったい……」
隊長がつぶやくように言う。
今にも崩れそうな平屋に声が響く。
「ええ、お察しの通り。魔神……と呼ばれることもあります」




