魔神、交渉をする
村の家屋が固く閉められていく。
もう、外の様子を覗こうとする者すらいない。
廃墟のような風が、ただただ不気味に吹いた。
盗んできたローバーが、村を見守るように佇んでいる。
あちらからもW.W.の姿は見えているはずだ。
望遠鏡の先を周辺の森に這わしていく。
唯一の山道に陣取っているのが本隊だろう。
そこから森へ散開して村を囲もうとしている。
W.W.の操縦席からマイクを握って降りた。
ぐるぐると巻くカールコードが地上まで伸びる。
風に揺さぶられ、どこまで伸びるんだ?
広域拡声を最大にする。
『あー。あー。王国軍に告ぐ。こちらは白の村のものである』
木々の葉が震える。
森の小鳥たちが飛び立った。
『その位置、ああ、そこ。先頭の馬。その辺りからこちら側は村の領地である』
「……そうだったよな?」
メナは首をかしげた。
すぐ横でカールコードを持っている。
べつに持たなくてもいいんだが。
「えっと、旦那さまが言うなら、ボクもそうだと思います」
……そういうことにしておこう。
こほんと咳払いをして次の言葉を考える。
こんな感じでいいのだろうか。
『白の村はコートベル領内であり、同領爵の統治のもと、次代当主の方が直々に来られている最中である』
「うち?」
「いいから、黙ってろ」
『……加えて現在、令廷・ベルーシカ聖女閣下が、教義の指導のために滞在中でもある』
王国軍からすれば、こちらは強盗団だ。
やったことは紛れもなくそれなのだが。
黒を白に……せめて灰色に変えなければならない。
すでに交渉は始まっている。
こんな村ひとつに、だ。
囲って余るほどの進軍。
丸一日の準備をかけて。
それでも、攻めては来ない。
兵たちの動揺は、遠目にもわかっている。
牽制の口上よりも、遠く響く音声よりも、その見つめる先にだ。
村には巨人がある。
挨拶は上々か。
ただし、W.W.は最終手段だ。
手段とは、匂わせなければ抑止にはならない。
ひと目で理解できるよう、明確にだ。
そのため、なんだが……。
「あのポーズは……他にどうにかならんのか……?」
こちらもW.W.を見上げた。
やや内股、片手は腰に軽く当てる。
ピースサインを横にして顔の前に持ってくる。
顔は斜め四十五度で、指の間からウインクを見せる。
「禍々しくおぞましく、とてもかっこよく見えます!」
メナが瞳をきらきらとさせている。
「なんて怖ろしい……邪悪な立ち方なのかしら……」
ベルーシカは怒りに拳を震わせている。
「いかにも強そうな魔神って立ち方だよね!」
ミシァは満足そうにしっぽを振っている。
「ああ、混沌と破壊が目の前に、ああっ……!」
パーシアンナは……興奮しすぎて倒れそうだ。
ふざけていると思ったが。
王国軍も恐れている。
……この世界共通の感覚なのか?
今は現実を受け入れるしかない。
『あー、こほん。訳あって貴軍の所有物を拝借したわけだが……』
あとはなにを伝えればいいか。
手に収まるマイクを、とんとんと腿に叩いて考える。
つられて、しっぽも揺れている。
たまらなくなったのか、ミシァが飛びついてきた。
『あー! あー! おーっ! おもしろいね、これ!』
『こら、やめろ!』
『おーい、魔神が魔法弾、撃っちゃうよー!』
王国軍に戦慄が走った。
怯み、怯え、後ずさりに指揮官の怒号が飛ぶ。
そして一斉に防御の大盾が並んでいく。
『よし! やっちゃえ!』
「こら!」
ミシァからマイクを取り上げた。
届かないように高く上げる。
『あー。そういうことにならないよう、ぜひとも代表者と話をしたい』
しかしまあ、魔法弾と言ったのは正解だ。
ガトリングだのビームだの言ってもこの世界では通じないだろうから……。
「どうぞ。昨日から、交渉にいらすのをお待ちしていたところです」
屋敷の掃除くらいはしておくべきだった。
今にも崩れそうな平屋だ。
部屋はここだけ。おまけに薄暗く、カビ臭い。
キノコまで生えている。
領爵邸とまではいかなくても、これはあんまりだ。
交渉にも威厳というものが要るのに。
表情に出すわけにもいかないが……。
この男は、屋敷と言われて通された家屋をどう思っているのだろうか。
機兵連隊長、らしい。
いちおう連れもいるが、村を囲っている隊の代表だ。
「私はクリストファー・フォルネウスと申します。村の代表、と考えていただければ充分です」
椅子も机もなく、床にあぐらをかく。
大切なのは威厳、だ。
隊長へ座るように促し、それよりも大きく背筋を伸ばした。
……隊長のほうがでかい。
ここでひるんではダメだ。
せめて声色だけでも、低く、強そうにしてみる。
「話し合いもなしに、こちらの一方的な襲撃、強奪と思われても心外ですから、ははは」
完全にそれなわけだが。
隊長は口を開く。
「……具体的に、どうのような目的であのようなことを?」
……声でも負けた。
見た目通りに声質は重く低い。
話し振りこそ静かだが、いかにも軍の隊長らしく厳しい。
中身が空っぽの鎧飾りなどとは迫力がちがう。
「ここがコートベル領であることは当然承知しております。我々は正式な駐屯兵として王都より配属されております」
「なるほど」
そりゃそうだ。
「我が軍に損害を与えた理由をお聞かせ願いたい」
「なるほど」
まちがえたからです。
……とは言えない。
それで許してくれるはずがない。
非は完全にこちらにあるのだが……。
「なぜ?」
「……はい?」
一拍置いて隊長が尋ねる。
しんと屋敷が静まる。
なぜ、はあっちのセリフだろうに。
「なぜ、このような僻地に軍を構えるのか、ということですよ」
落ち着け。
わかっている素振りをしてみせるんだ。
「事情は把握しているつもりですがね。まあ、この機会に確認したいのですよ。……そう、たとえばローバーです。村人の中には、あれの近隣の兵備に困惑の声もありましてね。騒音とか……」
……騒音はいらんひと言だったか。
しかし、もしかしたらローバーの所有が軍機だとかの可能性がある。
表に出したくないかもしれない。
罪なく返却できる隙を探るのだ。
その決定権がこの隊長にあるか次第だが。
「事情もいろいろとおありでしょう。しかし私は理解を持ちたいと考えていましてね」
「我々は国策の下、駐屯しているまでです」
そりゃそうだろうが、まずい。
隊長の表情はまるで読めない。
「ローバーは異端だから押収したのよ」
ベルーシカが横から言う。
王国軍相手でも偉そうに腕を組んでいる。
さすが聖女様だ。
こちらの第一のカードでもある。
そう、教会の大義だ。
「それは本教会の決定ですかな? それとも、令廷個人の判断で?」
「う……」
いきなり負けた。
「ローバーは異端だから、押収したのよ」
「それは伺いました」
隊長は表情すら変えずに言う。
見ていられない。
「両方ですよ」
こちらも強気でいかなければならない。
「聖女閣下の判断が、教会の教義に違うわけがないではありませんか。疑いになられると?」
なんでこいつのフォローをしなきゃいけないんだ。
自分でもなにを言っているのかわからなくなってくる。
少し早いが、第二のカードだ。
「ここにいるコートベル領爵代理の者が、領内の軍配備に慎重な意見でして」
ミシァへちらりと促す。
呼ばれたしっぽが揺れた。
「うん? 貴族の領地でも王国軍の駐屯は認めてるよ? 言ったじゃん」
……ちがう……!
ミシァに目で合図を送る。
「あー、うん。そうだった。うん、慎重。だから隊長さん、王国に帰ってくれないかな」
「我々は王宮評議会と貴族元老院の規則に基づいて配属任務に就いています。帰還の命令は王国の指示に従うのみです」
「やっぱりダメだよねー」
……あきらめるな!
さっきまで反乱だと乗り気だったじゃないか。
こいつは急にドライになる。
「ねえ、交渉ってさ、もっと時間とお金と裏工作をかけてやるものじゃん? 根回しもなく兵隊相手にムリだって」
そういうことを堂々と言うな……。
「失礼、そういった政略も選択肢の内々、とだけ受け取っていただければ、ええと、結構です。ええ……」
舌のもつれを耐えながら、ようやく言いきった。
隊長は眉ひとつ動かさない。
ミシァは賢いのと賢すぎるのとが同居している。
その通りなのだ。
任務に忠実で優秀な兵士ほど、交渉は不可能だ。
そしてこの隊長は、まさにその者だろう。
「我々は我が軍への襲撃、及び兵備の強奪の理由をお尋ねに参りました」
理由次第で事が動く、と言いたげだ。
それがどうであれ捕まえに来たのだろうが。
「ええ、もちろん。こちらとしても対話を尊重すべきという考えもありまして、このような場を設けたわけです」
設けているが、どうしようか。
困った。
メナが不安そうに見つめてくる。
やめてくれ、動揺がバレてしまう。
やはり頼れるのはパーシアンナだ。
目で合図を送る。
その知見でうまく言いくるめるんだ。
……首をかしげられた。
もっと強く視線を飛ばす。
なにか牽制できる話はないか。
こちらが有利に運ぶ案だ。
じっとパーシアンナを見つめた。
……伝わったようだ。
白衣がくねりだす。
頬を赤らめて口をぱくぱくと動かす。
『わたくしも、あいしてます』
ちがう……!
「フォルネウス殿?」
「は……ああ、いえ、立派な装備をなさっているとお見受けしましてね」
隊長の重そうな鎧をほめてみる。
「機兵連隊の標準装備です」
「いやあ、ご謙遜を。貴殿のように勇壮な兵があり、さぞ国民は頼もしく思うことでしょう」
「我が軍への襲撃理由をお聞かせ願いたい」
世間話すらする気がないようだ。
お世辞でもなく、強そう、である。
気を許せば、一瞬でひねり倒されるような気がする。
もし、時間を止めたとしてもだ。
動いていなくても勝てる気がしない存在感だ。
この隊長、こわい……。




