魔神、生きた心地がしない
生きた心地がしない。
いや、目が覚めたときは生きた心地がしたんだが。
「まだ音沙汰なしか……」
まだ、何事もない。
それがかえって不気味だ。
「上への報告、奪回の準備、もしくは報復の軍備招集、そして進軍……の最中でしょうね。少なくとも軍事会議はすでに行われていると思われます。そう時間はかけないでしょう。相手がなにであろうと。軍のメンツがありますから」
パーシアンナの言葉に頭を抱える。
相手は王国軍だ。
王国というのだから、この国。
軍というのだから、その武力組織。
警察のようなものでもある。
そこを襲撃してしまった。
国家反逆とかにならないか。
「……こちらからローバーを返却して、見逃してくれるってことは……」
パーシアンナは首を横に振る。
「……ないよな。W.W.を出しているからな。そりゃ戦力を揃えてるかもしれんよな……」
「魔神様の裁き、と震えていたら見ものなんですが」
パーシアンナが薄く笑って言う。
楽しんでいないか?
正直、武力で来ようと構わないのだ。
W.W.で撃退は容易だろう。
しかしそれが、俺のこの世界での今後の生き方に大きく関わってしまう。
一生追われる身だ。
いっそ国外逃亡でもしようか……。
「盗みはよくないわよね」
ひと事のようにベルーシカが言う。
「……異端審問官の聖女閣下が教義に反する物品を接収した、という言い分で通そうと思ってるんだが」
「バカね。それを王国が素直に従うと思ってるの?」
「お前、ローバーは異端だとか言ったじゃないか」
「相手が山賊だったらね。残念」
山賊だと思いこんでいた俺にも責任はあるが……。
「……参考までに聞くが、教会は王国に逆らっていいのか?」
ベルーシカは腕を組む。ぷいと顔をそむけて言う。
「ローバーは異端よ」
「それは聞いた。その異端の理屈が、王国にも通じるかと聞いているんだ」
「さあね」
そう捨てて、またそっぽを向いた。
「ミシァ。パーシアンナもだ。率直に聞くが……」
「うん?」
「はい」
「……貴族と王国軍は、どっちが強い?」
パーシアンナは指先を頬に添える。
説明する言葉を組み立てている仕草だ。
「……いち領主の持つ戦力と、コートベル領内に駐屯する王国軍の兵力、ということでよろしいでしょうか?」
察したようだ。
うなずいて続けさせる。
「比べる以前に、昨日、ミシァさんも話したようにです。どの貴族も、王国軍のような職業軍人を整えているわけではありませんから。たとえば、街の自警団や個人の護衛などを戦力と見てよいのか……」
「ギルドの冒険者もだね」
ミシァが付け加えた。
今度はパーシアンナがうなずく。
「貴族の兵力、というなら、その都度それらを雇うことになります」
「お金かかっちゃうね、家が潰れちゃうよ」
「民間警備みたいなものか」
「ミンカ……?」
「いや……」
逆にいえば、経済力次第で王国に張り合える。
王国は貴族の反発を恐れているのだから。
「……いや。後ろ盾があれば、と思っただけだ」
ミシァのしっぽがぐるぐると回る。
「王国軍、やっちゃう? 反乱しちゃう? 魔神がやるなら、ダディも応援すると思うよ?」
「俺はただ、村の畑を耕したかっただけなんだよ……」
……それがなんで、反乱の話になるんだ。
王国軍がなにも言ってこないのがベストだ。
もちろん、そうはいかないだろうが。
相手の出方に最良を求めるのは歯がゆい気分だ。
「待て。なんかおかしい。……なんか……」
違和感がある。
こいつらにだ。
メナだけがきょとんとしている。
事情をよくわかっていないのだろう。
ほかの三人は……。
目を合わすと、微妙に反らしてくる。
「お前ら全員、正座しろ」
こんなことをしている時間もないんだが……。
「えっと、村にひどいことをするのは、みんな山賊だと思ってました」
正座をしたメナが言う。
「そうだな……そうだよな。村の大人ですら、そういう理屈だもんな……」
メナを責めても仕方がない。
「ベルーシカ」
呼ぶとびくりと背筋を伸ばした。
「教義に逆らうものはみんな山賊だと思ってました」
「嘘だな。本当は気づいていたんじゃないのか」
「う……」
「聖女様が王国軍の紋章を知らないはずがないよな。森でひと目見て、気づいたよな?」
「うう……」
泣き出した。
「せ、せ、聖女として、と、とっ捕まえて、て、手柄がほしかったんです……」
「後先を考えずにか?」
「お、う、はっ、こ、こ、ごらじ……べっ……」
泣き声のほうがうるさくて話にならない。
通訳をするようにミシァが言う。
「王国は教会の目の上のたんこぶだから。こらしめてやろうと、思ったんだよね?」
ベルーシカがうなずく。
「後先を考えずにか? ……ミシァ」
しっぽがぶるりと立ち上がった。
「知らない」
「まだなにも聞いていないが。王国の紋章を見間違えました、とか言うつもりか?」
「あっ、そうですよ」
「嘘つけ!」
口調までちがうじゃないか。
「だって、魔神がやるって言ったんじゃん!」
「その前に、なんで山賊じゃないって、ひと言でも言わなかったんだ」
「だって……」
しっぽが沈んでいく。
「自分とこの領地だよ? なんで王国に好き勝手されなきゃいけないのさ。それで、魔神がやるっていうなら、これは反乱だなって思ったんだよね」
「王国軍を、やっつけたかったと?」
「王国から戦力を奪えば、貴族が有利になるじゃん」
「ローバーいくつかで、そうなるのか?」
悔しそうに唇を曲げている。
「ミシァは領地のため、両親のためにやろうと思ったのか? 俺が王国軍に立ち向かえば、貴族の反乱のきっかけになると」
うつむいたまま、しっぽで返事をした。
気持ちまでは責められない。
王国を攻めるよりも、自分の領地の発展を考えるべきだろうに。
そう単純にいかないことはわかるが……。
「パーシアンナ」
「はい」
静かに、いつも通りの返事だ。
「王国軍だとわかってたよな。王国の出身なんだろ?」
「先生の命令は絶対ですから」
「なんで教えてくれない……」
「先生が山賊と呼べば山賊ですし、豚とおっしゃれば、それは豚です」
「そうか……。なんか、叱る言葉もない……」
「いいえ、叱ってください。……私を犬と呼べば、私は犬になります……」
うっとりと言う。
なぜ楽しそうなんだ……。
「もういい、対策だ。目の前のことを考えよう。王国軍が来たら、だ」
来るなら今すぐにでも来てほしい。
こいつらに任せたら、次に起きたときの状況が予想できない。
俺が起きている時間に、来てほしい。
王国軍は教会の禁止しているローバーを持っていた。
教会の法は通じないと思ったほうがいい。
パーシアンナじゃないが、王国が俺たちを山賊と呼べば、山賊として扱われる。
実際の行為は、まさに強奪なのだから。
村の若者が慌ただしく駆けてきた。
パーシアンナが森の見張りを指示していたようだ。
「……先生、来たようです」




