魔神、窃盗をする
作戦は成功、といえる。
先に村へ着いたローバーが、さっそく村人に囲まれている。
関心はW.W.から移っているようだ。
魔神様も、慣れてしまえば置き物のような存在なのだろうか。
「こいつのほうが何倍もでかいんだがな……」
蹄鉄型のタラップが地面に降りていく。
ぐにゃりと動かないベルーシカを肩に担いだ。
「うう……地面が恋しいよ……」
またもこいつの魔聖水のせいで操縦席は大惨事だ。
除菌スプレーはインベントリーで出せるだろうか。
「おい、起きたらまた掃除だからな」
「揺らさないで……うっ」
ベルーシカは手足をばたつかせる。
いっそ放り投げてやろうかと抱え直した。
「あ、あの……」
メナがなにか言いたげにしている。
意を決したように勢いよく飛び込んできた。
「ボクも酔っちゃいました……!」
「あ、じゃあウチも!」
ミシァも飛びついてくる。
「嘘つけ!」
「うう……恋しい地面……地面はまだ……?」
ローバーの周りには人だかりができていた。
大の大人が肩車をして背丈を比べている。
それでもわずかに、この機械のほうが上背ではある。
例えるならダチョウのような、二足の間から取り囲む向こう側が見える。
「歩くブルドーザー」
白衣に声をかける。
「え? 先生、おかえりなさいませ」
「あー、君が操縦できるとは。助かった」
「考えを振り絞れば何とかなりました。先生のお役に立てるなんて光栄の極みです」
パーシアンナは組んでいた両手を胸の前で合わせた。
「先生が必要とおっしゃるなら、なんでも言いつけてくださいませ。どんなことでもいたしますから」
妙にくねくねと白衣が波打っている。
なにか含んでも聞こえるが……。
「ええと、まあ、とりあえずは、これで良しとしようか」
まあ、考えてみれば山賊らも動かせていたわけだ。
パーシアンナにすれば玩具の扱い程度でしかないかもしれない。
操作がそう難しくないのは幸運だ。
「動かすことはクリアとしてだ、おいミシァ。お前は詳しいんだろ? 畑を耕すには、どうやってやるんだ?」
ぴょこりとしっぽが跳ねた。
「アームを付け替えたらいけるよ」
ローバーの両腕部に目を這わせていく。
細長い鉄の板だ。
鉄かどうかはわからないが、鈍く天日を返している。
用途に合わせて、ということか。
これをツメにしてフォークリフトのように荷物を運べるかもしれない。
「なるほど。ほかのアームも要るな……」
「家にはあるかもだけど、持ち出したら怒られちゃうよ?」
ミシァが怒られるのは、両親にではないらしい。
しっぽの先はベルーシカをさす。
まだうつ伏せているが、聞き耳は立っている。
ローバーの所持自体が異端らしい。
「……ベルーシカはともかく、ほかの教会の人間に見つかったら、どうなる?」
「なんにも」
ミシァはそっけなく答えた。
「たぶんだけどね。前に言ったでしょ? ローバーなんて貴族はだいたい隠して持ってるから。そんなの違法だ異端だって捕まえてたら、貴族みんなの反乱が起きるよ。だいたいその教会だってどうなのさって話。そういうのってお互いに黙ってるもんだよ」
しっぽをぶんぶんと振り回している。
「なるほど」
見て見ぬ振り、か。
法の形骸化だ。
こうなると、教会の関係者がローバーを持っている可能性だって出てくるわけだ。
規制すれば価値は上がる。
すると、貴族に売っているのが教会かもしれなくなってくる。
まあ、そもそも、ローバーってどこで造っているのかとも思うが。
確信とまではいかないが、不安はない。
「この村にローバーがあっても黙認される」
よっぽど目立つことでもしなければ、だろうが。
腫れ物をわざわざ触ってはこない。
なんなら聖女ベルーシカ閣下の裁きという大義がある。
鉄板がぎらりと正午を告げていた。
そろそろか。
ゆっくりとまばたきが重くなる。
「しばらくは、この板のまま、なんとかするか……。俺は寝る。ああ、パーシアンナ。ミシァといっしょに、こいつの操縦を村の何人かに教えておいてくれ。人選は任せる」
はい、とパーシアンナが背筋を正した。
「先生、それは添い寝の前か後か、どちらにいたしましょうか」
「……添い寝はいらん。では、任せた……」
村人はローバーを囲って楽しそうだ。
俺は寝る前だというのに……。
村の若者が駆け寄ってくる。
「おおい、魔神さま。オレ思いついたんですがね、これ、どうします?」
「……うん? あとにしてくれないか……」
思いついたなら、そうすればいいだろうに……。
もう、息をするたびに眠気が押し寄せてくる。
「王国軍の紋章板ですよ。ほら、鋲で打ち付けられてる。こいつはもう村のモンだし、剥がしたほうが良くないですかい?」
「……うん?」
どこかで見た紋章……。
大銀貨に刻まれていた……。
それがローバーにくっついている。
「代わりに村の紋章でも付けたらどうじゃろ」
「そんなもんねえだで。じゃあ魔神様の紋章を作ったらどうだで?」
「王国軍のより強そうにせなならんで」
「……王国軍?」
嫌な予感がする。
……なぜ気づかなかった。
ローバーを奪うことで頭がいっぱいだった。
「待て……ちょっと待て……」
ふらふらとする頭を叩く。
それでも眠気は強く襲ってくる……。
「……山賊はローバーに、王国軍の紋章を付けるのか……?」
それとも、山賊が王国軍から盗んだものなのか。
後者であってほしいが……。
村人に顔を見合わせて笑われた。
「山には山賊も王国軍もいるだで。そりゃ持ち物には付けるだろうで。盗まれたら大変だでな!」
大げさな言い様に、どっとの笑い声が重なる。
「王国軍……? あれは……山にいたのは、山賊じゃない……のか?」
「奴らは山賊だで!」
太っちょの女が声を高くする。
「山賊みたいなもんだで。いっしょだで! ずっと我慢して言えなかったでね、もういいでさ! こっちには魔神様がついてるで!」
おお、とこだまする。
「教会もだで。あいつらがなにをしてくれるで」
「少しのお恵みですぐ帰っちまうで!」
「はあ? 教義も守らないで……」
ベルーシカは声を尖らせるが、村人に飲み込まれる。
「貴族もだで。なんもくれんで!」
「だから、コートベルは自治……」
ミシァもだ。
集団に押し返されてはねのけられた。
「おい……おいおい……」
まぶたが開かない。
村の高揚だけが頭に響いてくる。
俺たちは、王国軍を襲撃したのか……?
本当に、これではどっちが山賊だかわからない。
村人はローバーを手に入れて舞い上がっている。
W.W.はともかくだ。
……こんな機械一台で、村を守れると思っているのか?
土木工事に使う機械だ。
そもそも村の整備のためだぞ……。
どの世界の住人でもそうだ。
みんながみんな、正しい認識を持っているはずはない。
……村の人間たちともっと話すべきだった。
地面の感触に打たれる。
「くそっ……」
声をふり絞る。
舌が回らない。
「……もし、王国軍がきたら、ローバーをかえすんだ……」
「はあ? なんでよ」
ベルーシカとミシァの声だ。
「……もういい。パーシアンナ、できるだけ、穏便に、すませたい。山賊だったら撃退……王国だったら……取りもどしにきたらな……はなしあいで交渉するんだ……」
「はい、仰せのままに。相手の出方次第ですが……」
「……俺が起きるまで、時間を……かせいでくれ。もしもだ、村に被害がでるなら……」
「やっちゃう?」
「……メナをまもる……無理矢理にでもたたきおこしてくれ……」
起きられないのはわかっている。
まさか目が覚めたら村が火の海ってことはないだろうが……。
王国軍なら、捕まるだろうか。
牢屋の中だったりするかもしれない……。




