魔神、作戦開始
「お月さまがきれいで、指でなぞっていたんです」
……美少年の模範解答である。
「うん……そうか。メナは繊細なんだな」
ぽんぽんと頭をなでた。
真昼の月が浮かんでいる。
細く刃のように白い。
W.W.と同じ色だ。
こちらは目立たないように森の中に紛れているが。
この時間というのは都合がいいのだろうか。
相手は山賊だ。
昼夜を律儀に生活しているとは限らない。
どうにせよ、こっちはいま起きたのだ。
すぐに行動しないと、俺の一日は短い。
操縦席にメナを残した。
明かりはつけたままにしてあるが。
モニターでアニメでも流せたらいいのだが……。
さすがに子供を連れて乗り込むわけにはいかないのだ。
草をわけて歩き、三人と合流した。
「今さらだが……」
本当に、泥棒だ。
まあ、それに近いというか、ある意味そのものなんだが。
声を潜めつつ歩く。
「領地の治安は、領主がどうにかするものじゃないのか?」
しっぽが楽しそうに揺れている。
「どうにかって?」
「山賊なら武力で鎮圧したりだ。たとえば教会だって地方にひとを派遣してるんだろ? 貴族は、街から兵隊でも出して村を守ったりしないのか?」
「うん? 貴族は兵隊を持てないよ?」
「それも、法か?」
ミシァは首を横に振った。
「王国との取り決め。それを教会が認めてるの。前に話した自治領以外はね。面倒くさいよね」
道……はないのだが、行く先を岩がふさいでいる。
手でなぞりつつ、回り込んで進む。
「……それで、王国が代わりに警備をするのか。直接、領地を守ったほうがいいと思うんだがな」
パーシアンナが低く声を落とす。
「領民にとっては、それがいいのでしょうが……」
吐息がくすぐってくるような声だ。
「王国にとっては地方の力が強まると脅威です。特に領地貴族同士の結束ですね。貴族は経済的に有利ですから、王権を覆すこともできるんですよ」
「反乱っていうやつか」
「それで王国は、教会の立場を認めているんです」
「戦争なら、外国ともあるからね」
ちらりと風が通った。
開けた場所から吹くような、硬い風だ。
「戦争なら貴族領も攻め込まれるわけか。じゃあなおさら、その取り決めは貴族が不利だろう?」
ミシァは指で返事をした。
丸を作っている。
「ああ、お金か……。貴金属は、教会が管理しているんだったな」
「はい。それと……」
パーシアンナが胸のポケットからちらりと見せる。
「アーティクルとアセンブラーも、ですね」
いわゆる魔法の道具だ。
宝石がきらりと小さく輝いている。
パーシアンナは、これで村人を調教していた。
ペンを鞭にして……。
ざわりと森が揺れた。
焚き火の跡、それを囲う姿、向こうには小屋もある。
さすがにこの距離で気づかることはないだろう。
周辺を警戒している様子もない。
「……できるだけ近づくぞ……」
山賊の隠れ家といったところか。
思っていたよりも広いが……。
まあ、この山中であれば、どこでも隠れ家にはなるだろう。
身を低く、木の陰を伝っていく。
「土の山? ……ああ、そういうことか」
まだ新しい、土砂を積んだ山だ。
倒木も混ざっている。
隠れるにはちょうどよく、壁にして進む。
「どういうこと?」
「見ろ」
向こうの小屋へ指をさす。
幅広の人陰……明らかにヒトではない。
目を凝らすと、いうなればブルドーザーだろうか。
三、四台は並んでいる。
「あれだろ? ローバーって」
ミシァがうなずく。
ベルーシカが土砂を見上げる。
そしてローバーへ。
「よくもあんなに盗めたものよね。……あ」
「それを接収するんだろ、聖女閣下。……あ、ってなんだ?」
「ううん。そう、そうよ、接収するのよ」
今回ばかりは、こいつの権力は正義だ。
教会の法とやらが作戦の根拠でもあり、後ろ盾でもある。
この土の山は、ローバーで寄せたんだろう。
土砂を押しのけてこの広さの平地を作れるくらいだ。
やはり労働機として、かなり使えそうだ。
そして山賊たちを見やる。
なんとなく、中親分、とやらを探してみた。
山道で襲ってきた巨漢は……。
「いない、か」
小屋の中で寝てでもしているなら幸いだ。
「どしたの?」
「いや、作戦をな……」
しっぽがそわそわと動いている。
「ねえ、うちも、今さらだけどさあ」
「うん?」
「魔神の魔神で踏み潰せば、ローバーくらい簡単に盗めるんじゃないの?」
「いや、あくまで、ローバーを奪うだけの目的だ。山賊を捕まえることでもない」
そう、むしろ山賊は捕まえないほうがいい。
教会にでも王国にでも引き渡したら、ローバーも同時に没収される。
山賊が、ちくしょう、とでも言って黙っていてくれたほうがいいのだ。
その後で村のローバー所持がばれたら、山賊から取り上げたと言って渡せばいい。
「……だから連れてきたんだ。お前らがこっそり乗りこんで、動かして逃げる。俺がW.W.で追っ手を止める。まあ、また見せつけてやるだけだが……」
山賊まがいのこともしたいわけじゃない。
あくまで正義の味方だ。
村のためとはいえ、山賊の死体の山で築く発展は居心地がわるい。
もし村人がそれを習慣にしてしまったらどうだ。
どっちが山賊かわからなくなる。
「山賊は窃盗被害を訴えることもないだろ? 前にも力を見せつけたんだから、わざわざ追っては来ないはずだ。そのまま諦めてくれたら、一番スマートなやり方じゃないか」
しっぽが沈む。
「まあ、魔神がそうで言うなら、それでいいんだけどさあ……」
「なんだ? ミシァはもっと、乗り気だと思ったんだが?」
「そうなんだけどさあ」
「大義はあるんだ。領地の治安を守れば、ダディとマミィも喜ぶんじゃないのか?」
「あ、そうか」
やる気になったようだ。
「おおまかには、打ち合わせ通りだ。ただムリだと思ったら引く。身の安全が最優先だ。なにかあったら、俺がなんとかする」
「先生がそうおっしゃるなら、全力を尽くしますが……」
「頼んだぞ、パーシアンナ」
「はうっ……! ……はい、先生……」
時間を止める……停滞することができるのだ。
俺しか動けなくなるが、止めさえすればどうとでもできる。
ばさりと鳥が飛び立ち、それを合図にした。




