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魔神会議・2


「見た?」


 メナはこくりと膝の上でうなずいた。


 この上目遣いの少年は、嘘や冗談を言える子ではない。

 ついこの間、村の外に出たばかりなのに、いつ見たのだろう。

 見間違いだとも考えられるが……。

「メナ、どこで見たんだ? ローバーだぞ?」

「あ……えっと、お話を聞いて、そうかなって思っただけで……」


「街では……見ませんでしたよね?」

 パーシアンナが首をかしげた。

 ベルーシカが声を上げる。

「見てたまるもんですか。ローバーがあったら教会がとっ捕まえてるわ」

「まあ、隠してあるんだけどね―」

 にたりとミシァが笑う。

 ベルーシカににらまれてそっぽを向いた。


「あー、貴族が隠し持っているのはともかく。一台くらい村に欲しいわけだ」

「……先生。お言葉ですが、その一台くらい……が、おいくら程だと?」

「まあ、高いんだろうな……」

 それに、教会の目をかいくぐる、というやつだ。

「……銀貨や大銀貨どころじゃないんだろうな。金貨なん枚か、か? それとも、大金貨っていうのもあるのか?」


 パーシアンナには珍しく、返事は曖昧なものだった。

「私もはっきりとは知りませんが、ミシァさんはご存知では?」

 しっぽがぴくりと跳ねて、沈んだ。

「ローバーは金貨(テンシ)どころじゃないよ」

「具体的に、いくらなんだ?」

「いくらって言われても、金貨は金貨だし」

 異端のものを教会の金貨で買ってるっていうのも皮肉なものだ。


「白金貨ってあるんだよ。金貨よりも高い」

「白金貨は、金貨何枚ぶんなんだ?」

「知らない。……十枚とか百枚とか?」

「はっきりしないな」

「そりゃそうだよ。貴族とかが、教会の金貨の代わりに作ったのが白金貨。つまり信用なんだよ。信用だからなんでも買えるけど、表にはでない。ベルも知らないんじゃない?」

「……知ってるわよ。そういうものがあることくらい」

 ベルーシカは、ふんと鼻息を鳴らした。


 貨幣ごとに発行している組織がちがう。

 それがまた価値をややこしくしている。

 便利さよりも、それぞれ対抗してできあがったもののようだ。

 ここから権力構造も見えそうだが……。


「……まあ、今は、手を出せる額じゃないことがわかった。あー……ミシァの家にあるのを借りるっていうのは……」

 ミシァが目線で返事をした。

 その先の聖女様は、さも不機嫌そうだ。

「領爵にも迷惑がかかるか……。ああ、すまない、メナ」

 さわさわと頭をなでる。

 くすぐったそうだ。

「メナはどこで見たんだ? 街じゃなければ領爵家で、こっそり隠してあるのを見ちゃったのか?」

「いえ、えっと……山です」




 山、と口がそろった。

 注目を浴びたメナが、たどたどしく言う。

「あの……旦那さまと会う何日か前に、動いているのを見ました。川からずっと行ったところです。森を抜けた先です。何台か歩いていて、なんだろうって見ていました」

「山の中か?」

 こくりとうなずく。

「何台も?」

 また小さくうなずく。

「旦那さまと会わなければ、そのまま行くはずだったんです。そこに……」

 メナは声をしぼませる。


「山賊か……?」

 村人がメナを差し出そうとした相手、つまり山賊だ。

「……山賊がローバーを持っているって、そんなことあるのか? しかも何台も」


 パーシアンナがつぶやく。

「ありえなくは、ありませんね。もちろん正規……というのもなんですが、表のルートで購入したとは思えません」

「金貨だの白金貨だので買ったとは考えにくいか。じゃあ……」

「山賊って!」

 ベルーシカが思い出したように声を上げた。

「あの山賊ね! 布教馬車を襲ってきた! じゃあローバーも盗んだにちがいないわ! ねえ聞いてパーシアンナ、わたしその山賊に襲われたの! 縛られて痛かったの!」

「それはそれは……」


 ひとしきり泣きついてベルーシカが立ち上がった。


「取り締まるべきよ!」

 拳を握って遠くに叫んだ。

「お、ローバーに興味を示したか?」

「山賊はローバーを持っている。きっと盗んだのよ! そして悪いことに使っているのよ! 令廷(レディ)の称号にかけて、法の裁きを下してやるわ!」

 

 いちおう聖女……異端審問官だったか。

 だが……。

「……パーシアンナ、令廷(レディ)ってなんだったか」

「枢機卿団の一員です。女性なら令廷(レディ)、男性なら男廷(ダンディ)の称号を与えられます」

「わたしをあんな目に遭わせたんだから! 泣いて謝らせなきゃ気が済まない! とっ捕まえるの!」


 レディ……とつぶやいてみた。

 床を踏みつけて暴れる少女を見て。


「なあ、仕返し気分ならやめておけよ? お前、逆に泣かされてただろうが。ふつうに応援でも呼んで捕まえてもらったらいいんじゃないか?」

「王国の手なんか借りないわ。教会の法なんだから、教会のわたしが捕まえるの!」

「ああ、王国が警察みたいなものだったか……」


 そして法律を決めているのが教会。

 領地の施政がミシァの父親のような領地貴族。


 これまでに聞いた流れからすると、三者は仲がわるい。


 それはそうと、目先のことだ。

 村の開拓にはローバーがいる。

 山賊は一度W.W.(ホワイトウィッチ)で追い払っている。

 山賊の戦力を剥ぎ、村は労働力を手に入れる。


 都合としては出過ぎたほどにいい。

 そしてこの聖女様だ。


「……なあ。とっ捕まえるたって、なかなかの人数だったぞ? 縛って街に連れていくか? それはとてもとても大変だと思うぞ? 逆に縛られるかもしれないな」

「う……」

「ローバーを取り上げたら、泣いて謝ってくるかもしれないな。返してください聖女様、天使教はすばらしいので入信しますごめんなさい、って」

「なるほど……」

 ベルーシカは考えている。

 地団駄をやめて床を見つめている。


「ひらめいた! ローバーを盗む……いえ、押収するわ!」

「お、さすが聖女様」

 さすがだ。

 調子に乗せやすい。


「聖女様が窃盗をしてもいいの?」

「いらんこと言うなミシァ。これは窃盗じゃない、接収だ。教義という大義がある」

「そうよ。あんた、たまにいいこと言うわね。違法に奪われたものは奪っても罪にならないのよ。ましてや相手は山賊だもの。正当な法の裁きよ」

「いいぞ、聖女様!」

 合いの手を入れる。

 ふふんと得意げな鼻息が鳴った。


 ものを奪ってはいけないという、聖天使さまの崇高なお話はなんなのか。

 今は言わないほうがよさそうだ。


「パーシアンナ。山賊が教会だの王国だのに被害を訴えるはずないよな。盗品のローバーならなおさら」

「はい。もっと言えばベルーシカさんのおっしゃった通り、盗品を奪うのも罪ではありません。ただし、その後……先生の意を汲むなら、村で永続的にローバーを所有するのは困難かと」

その後(・・・)、教会に没収されるということか……。まあ、それまででいいんだ」

 畑を耕すだけでいい。

 その後で教会に引き渡せば、むしろ良いことをしているじゃないか。

 ちょっと借りるだけだ。


「旦那さま?」

 メナは場所を知っている。

 生い茂った森だ。

 上空からでも地形が読みづらい山林の中だ。

 道案内が必要になる。

 なにより、村よりもW.W.(ホワイトウィッチ)の中のほうが安全だ。


「うん? 魔神、どうした?」

 ミシァはローバーの操縦ができる。

 そういえば魔法(キャスト)が使えたか。

 するとパーシアンナも連れて行くべきだろうか。


「パーシアンナ、いっしょに来てくれるか?」

「はうっ……!」

「どうした、嫌か?」

 こほんとパーシアンナは咳を払う。

「もちろん、お供させていただきます」

 そう言うと表情筋がたるんでいく。

 白衣がくねくねとうごめき、あさってのほうを眺めている。

「……先生と……永遠に……いっしょ……」

 なにか楽しそうな妄想でもしているのだろうか。

 幸せそう、なのか?


 そしてベルーシカだ。

 教会……この世界の法の根拠だ。

 信仰がどうとかは知らないが、後ろ盾にはなる。

 盗品なら盗んでもいい、というのは考えものだが。

 今は好都合だ。


「山賊行為でなく、ローバーを持っていることで捕えるのか?」

 ベルーシカは一瞬だけ口をつぐむ。

「わたしを誘拐しようとした勲家誘拐の罪もあるわ。もちろん山賊ってくらいだから、強盗だとかの余罪なんて調べたらいくらでも出てくるでしょうけど」

「ああ、メナも誘拐……というか、あれは村から差し出されたのか。略取とかにならんのか?」

 メナはきょとんとしたままだ。

「勲家じゃないもん」

 ミシァが口をこぼすように言った。


「魔神界では知らないけどさ」

「待て、魔神界ってなんだ。俺のいた世界のことか?」

 ミシァがうなずきながら言う。

「貴族とか、法族とか……教会の人間ね。王族なんてもってのほかだけど。庶民でも家長くらいしか(さら)われても誘拐罪にはならないわけよ」


 言葉を頭の中で繰り返してみる。

 ……そんなバカな。

「そんなバカかことあるか。メナがもし(さら)われても、法には触れないのか?」

 ミシァは長いしっぽを淡々と回す。

「あのさあ、魔神。養子とか奴隷なんかを、魔神の言いぶんだと略取ね、それをいちいち罪にしてたら、世の中は罪人だらけだよ? それともなに、引き取って働かせたらダメなの? ……だいたい魔神だって、メナを引き取ってるじゃん」

「いや、それは……。養子はともあれ、奴隷はいかんだろ……」

「さすがに庶民でも、たとえば、子供を勝手に連れ去られたら親が出るよ。あくまでの法の話だよ」


 法律が不完全なのか。

 道徳のちがいなのか。


 納得はできないが、理解はできてしまう。


 この世界は、不遇を当然として受け入れている。

 もとの世界よりも残酷かもしれないし、そうでないのかもしれない。

 よくわからなくなってきた。


 ただ、もう少しくらい努力ができてもいいんじゃないのか。

 努力する機会に恵まれてもいいんじゃないのか。

 この村だってそうだ。


 長く重いため息が出てしまう。

「……なおさら、ローバーが必要だな」


 メナの細い指を見て、そう思った。



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