魔神、村の発展を考える
平和よりも貧しさが勝っている。
大自然の風景と、それを照らす日差しだけが、のんびりとしている。
蓄えがあると奪われる。
山賊しかり、害獣しかり、モンスターやらというのもそうなんだろう。
だから、この白の村は、発展をあきらめた。
あきらめて失ったものは大きい。
モノも知恵も、村人のやる気すらなくしている。
「……つまり、天使教の教え通りにすれば、幸せになれると」
「なれます」
「ワシは腰がいたくてねえ……」
「治ります」
「また畑を耕すことができるかねえ」
「できます」
「こら!」
「いたいいたいいたい」
ベルーシカの耳を引っ張って歩く。
また天使教の布教だかで村を回っている。
悪質な宗教勧誘だ。
ここまでくると詐欺に近い。
「いつの間に起きたのよ。ずっと寝ていたらいいのに」
「わるいな、今さっきだ。村人をそそのかす聖女様の声が聞こえたんでな」
「はあ? わたしは村のために教会の教えを説いてるんですけど!」
教義に従って、村が救えるかは疑わしいが。
この村にはこの村のルール……というか、道筋が必要だ。
足元の発展を、教会の教えとやらでジャマされても困る。
「……まあ、確かにルールは必要だ。いまの村は、言ってみたら無法地帯だからな。また誰かが畑を勝手に掘ったらしいぞ」
じっとベルーシカを見る。
「うん? ……はあ? わたしじゃないわよ!」
「お前がやったとは言ってない。……お前の腹じゃ足りない小さなジャガイモだ。まだ育っていないのか、それ以上は育たないのかしらんが、それくらいのやつを取り合うのが、この村の食糧事情だと思ってな」
「信仰心が足りないのよ」
「祈ればジャガイモが湧き出てくるのか?」
「収穫のよろこびを分かち合えるじゃない」
「収穫に至るかどうかの話なんだが」
こいつが教会では聖女なのだから、なおさら胡散臭い。
「なあ、ベルーシカは派遣されてきたんだろ? 仮にも、この村をよくするために」
「ええ。それが使命だもの」
「働くと腹が減るから働かないと言ってた村人がいたがな。代わりに信仰心で腹がふくれると思うか?」
ベルーシカは首をかしげる。
本気で認識していないのか。
「空腹は、聖天使様の与える試練よ。だからこそ教義を全うして、きのうのリンゴ暴動なんかを取り締まらなきゃいけないの。法の裁きよ。平和のためには秩序が必要だもの」
こいつは試練だらけだな。
「簡単な話をするとな。……メナを可哀想とは思わないか?」
「そりゃ……」
ベルーシカは一瞬、口をつぐんだ。
「……きっと、それも試練よ。乗り越えたときに幸福が与えられるんだもの」
「今、幸福になるべきじゃないのか?」
「教義を守ることが幸せなの。魔神のあんたにはわからないかもね!」
メナが水を運んでいる。
新しい水桶で、できたばかりのため池からだ。
「わたしから見れば、あんたのほうが可哀想よ。村をなんとかするって言って眠ってばかりじゃない。あんたが惰眠をむさぼってる間に、わたしたちはリンゴ暴動を収めて、平等に分けて、家の修理だって手伝ったわ。メナもちゃんと働いてる。あんたが眠ってる間にね。そうよ、眠ってばかりなのも、きっと堕天教の呪いなのよ。天罰よ。加護は信仰から生まれるの。だからあんたは不幸なのよ。教義通りに生活すればいいわ。この世の不幸は不信仰からくるのよ」
だんだんと早口でまくしたてる。
多少は耳が痛い。
半分はその通りだ。
教義以外のほうが正論なのは皮肉なものだ。
「そうか、なら聞くが、教会はなにをしているんだ? 具体的に、こういう貧しい村に金でも恵んだらどうなんだ? 金貨は教会が管理しているんだろう?」
「ちゃんと真面目に教義に慎み正義を重んじて努力すれば、幸せになれるわ。それを教えているの」
「答えになっていない。その教会の教義は正しいのか? 金を管理してるんだ。ルールを守らない教会の人間もいるんじゃないのか?」
すべてが清廉なわけないだろうに。
「みんな守ってるわ。……たまにいるけど」
「一人でもいたらダメだろ。人間を裁く権力を持つのに」
メナが水を瓶に注ぐ。
枯れ井戸に並んでいる、古い水瓶だ。
「あのなあ、善悪を決めるのが正義じゃないぞ?」
「わかってるわ。正義だから捕まえたり裁いたりできるのよね?」
はあ、とため息をつくと、ベルーシカは行ってしまった。
その権限をもった聖女様が、人里離れた僻地に飛ばされたわけだ。
教会としては都合がいいのかもしれないが。
パーシアンナが白衣をなびかせる。
枯れ井戸のメナに話しかけ、こちらに気づいた。
「おはようございます、先生。今からメナちゃんの診察です」
「ああ、毎日やってるんだったな。メナ、もう痛くないか?」
「はい旦那さま。痛くはありませんけど、治療は……ちょっとくすぐったいんです」
はにかんで言う。
実にほほえましい。
「そうか、ちゃんと治してもらうんだぞ。それとパーシアンナにへんなことされたら、助けを呼ぶんだぞ?」
「はい!」
頭をなでると、満足したように屋敷に走っていった。
「先生……私は先生に一途ですから……」
「そうか、メナを守れるという意味では幸いだ」
パーシアンナの白衣がくねりだす。
「先生が望むのなら、メナちゃんもいっしょに、ということでも構いませんが?」
「なにをいっしょにかは聞かんが。ベルーシカに……」
「まあ! ベルーシカさんもいっしょに? 先生ったら、ふふっ……」
「……ベルーシカに、教会に都合よく使われてると教えたほうがいいか?」
パーシアンナは首をかしげる。
考えているというよりも、先の筋道を立てているような、そんな目をしている。
「……先生がおっしゃりたければ、それが真実では?」
「もしそれが真実で、俺が言ったらどうなると思う? 怒りだして教会に帰ってくれると思うか?」
白衣に組まれた腕が、とんとんと考える。
その指を顎に当ててパーシアンナは答えた。
「そうですね……。彼女は居場所がなくなるかもしれませんね」
「居場所まで奪おうとか、そこまで考えてはいないんだが」
「ベルーシカさんは、教会を通して自分を愛しているんです」
そう言ってメナの待つ診察に行った。
村にとっても医者……命占術師がいるのは心強い。
治療代を考えると払える額でもないが……。
健康保険のようなものでも作るか?
草と土のにおいが吹いてくる。
たたずんでいると、しっぽが飛び出してきた。
「魔神! 虫! そっち行った!」
「虫?」
ミシァが跳ねる虫を捕まえた。
捕まえると満足したようだ。
にんまりと笑って放ると、バッタだろうか、そのまま飛んでいった。
「さすが森。なんでもいるね!」
しっぽにも草や枯れ枝がくっついている。
髪の葉っぱを払ってやると、くすぐったそうに目を閉じだす。
「なんでもある、か。なんにもないがな。あんまり森のほうに行くなよ? 山賊だって出るんだ。それにここは畑だぞ。踏み荒らすなよ」
しっぽが揺れる。
「うん? ここ畑? 草じゃん、草やぶじゃん」
その通りだが。
「その草やぶを、どうにかできないかと考えてたんだ」
両手で区画を作ってみる。
「もっと広くないと食料は間に合わんだろ……。少なくても、なにをどこに栽培してるかがわからないと効率がわるいし……。ああ、そうだ、刈り取った草を混ぜて耕すって言ったな」
「うん。話がつまんない」
「土地はあるんだから、広げたらいいのにな。労働力の問題か?」
そっけなくミシァは言う。
「魔神の魔神でやればいいじゃん」
「いや、まあ、少しやったんだがな……。それだと村の自立じゃないだろ? 俺もW.W.も、もともとこの世界にいたわけじゃないんだ。最低限は手を貸すけど、この世界のもので持続できないと意味がない」
「ローバーでやればいいじゃん」
「いや、だから……」
うん?
「ローバーって、なんだ?」




