魔神、地形を変える
「……それで、なぜこうなってるんだ」
屋敷だ。
部屋というものはない。
正確には、しきりのない平屋だ。
村の集会所だった建物は俺の屋敷になった。
屋敷というほど立派ではなく、草ぶきの屋根に壁が立つ程度なのだが。
それでも村ではましな作りだ。
真昼、だろうか。
入り口から、まぶしい陽光が入ってくる。
「……俺はな、この今日の光を感じながら目が覚めて、ああ、窓にカーテンが欲しいな、とか、ついたてでも買おうかしら、と引っ越し二日目の朝のように思っていたんだ」
中央に柱が一本。
もたれたら倒れそうでもある。
その傍らで、ベルーシカが正座をしている。
手に握っている杖は魔法の道具だ。
沈んだ顔でうつむいている。
なぜだ。
入り口の扉も、木の板を立て掛けるだけものだ。
そこでうつ伏して倒れているのはミシァだ。
後頭部を押さえて悶絶している。
まさか、ベルーシカがやったのか?
なにがあった。
外を見れば、パーシアンナが鞭を持ち、村人を正座させている。
動く者を見れば鞭で地面を打ってにらみを利かせる。
まるで調教だ。
なんなんだ。
そして入り口の横には、壺にはまったメナがいる。
頭だけを出して、首から下は見事なまでに埋まっている。
「……いったい、どうなってるんだよ!」
目が覚めたらこの様だ。
本当に、説明してほしい。
「その……リンゴを、配ろうとして……」
壺のメナがたどたどしく言う。
昨日、街で大量に買ってきたリンゴのことだ。
「旦那さまに言われた通り、ひとり一個って言ったんです。でも聞いてもらえなくて……」
メナの顔が壺に沈んでいく。
水を貯めておくつもりで買った幸運の壺だ。
「村人でリンゴの取り合いにでもなったか。それで、お前はなんで壺に入ってるんだ」
「旦那さまの、大切な壺を守ろうと思って……」
「そこまで大切じゃないが……。それで?」
「リンゴが飛んできて、それが壺に入ったので……」
「……取ろうとしたのか?」
「はい、取れました!」
メナは壺の中で、そのリンゴを見せているんだろう。
満足そうに笑う。
「そうよ、暴動のせいよ……」
正座のベルーシカがつぶやいた。
「節操もなくリンゴの木箱をむしり奪い合っていたわ。あれじゃ暴動よ、暴動!」
「まあ、村は慢性的な食糧不足なんだ。取り合いになるのは予想できたが」
「度を越えてるのよ。暴動を止めるべく、わたしは教義を説いたわ。ものを奪ってはいけないという、聖天使さまの崇高なお話よ」
「……なにかは知らんが、話を聞かせて収まるとでも?」
「崇高なお話も、聞く耳がなければ入らないわ。そこで教会法第六条、暴動の制圧法に基づいて、デスハウリングを行使したの」
「お前の話がデスハウリングなんだが」
ベルーシカは杖をぐっと握って言う。
「村人は倒したわ」
「倒すな!」
「そして、その痛みを分かち合うために、わたしはこうやって正座をしているの」
「……それも教義か?」
「そうよ。聖天使さまは憐れみ深いの」
悪質な宗教勧誘もここまできたか。
「ああ、ところで、お前」
「なによ」
「W.W.の中で、大変な無節操を働いたな」
「う……」
そのためにハッチとタラップを開放しておいた。
俺はすぐに眠ってしまったのだが。
「掃除したか?」
「したわよ、今朝」
「今朝……。おい、一晩そのままだったのか」
「暗いから仕方ないじゃない」
「そうか……。じゃあ、ひと様の乗り物の中に吐瀉物ぶちまけたら空中から放り投げていい教義はないのか?」
「あるわけないでしょ。ちゃんと聖水で清めたから安心しなさい」
なぜか偉そうに言う。
偉いには偉いらしいが。
「川の水、汲んできたんだよ……いたた……」
ミシァが起き上がった。
後頭部をさすって表情を歪ませている。
「川の水が聖水か。じゃあお前のあれは魔聖水か? なあ?」
ベルーシカは、ふん、と顔だけを背けた。
「……それでミシァ。川の水を汲んだら、お前はそこに倒れるのか。どういう理屈だ」
「いやあ、滑るのなんのって」
ミシァはにっかりと笑う。
川に……ではないようだ。
しっぽが元気そうなので問題はないか。
「……いちおう、いきさつは聞いておく」
「ベルを手伝ってたんだよ。今日もさあ、いい天気でさ、村の景色もいいよね?」
……どういう表情をして聞けばいいのだろう。
無表情で続きを聞く。
「魔神の魔神を掃除しながらさ、いろいろいじってたんだよね。あわよくば操縦できたりして?」
「勝手にいじるな……。W.W.は俺にしか動かせないぞ」
「そう! 叩いても蹴っても動かないの」
「だから、叩くな……」
「あきらめて肩のとこまで登ろうとしたんだよね。いい眺めかなって。そしたらつるつるでさ。でも、あきらめたら負けだと思ったんだよね」
眉間を強く押さえながら聞く。
そろそろわかってきた。
「いちおう登れたよ。そこから下を見てさ、パーシアンナが村人を調教してるから、眺めてたんだよね」
「……要するに、不注意で落ちたと。パーシアンナに診てもらったのか?」
というか、あの高さから落ちてよく無事でいたもんだ。
肩部でも十五メートルはあるのに。
「うん!」
にかりと笑う口から舌がもれている。
「そのパーシアンナは……なにをしているんだ……」
「暴動の鎮圧でしょ? ゆうべからあんな感じだよ?」
「ゆうべから……」
屋敷から外を覗く。
びしりと鞭が鳴り、村人が身をすくませた。
白衣がこちらに気づく。
「先生、先生! ああ、お慕いしておりました……!」
パーシアンナが駆け寄ってくる。
「聞いてくださいな! この者どもは先生のお恵みをないがしろに……。ああ、魔神様をも怖れぬなんたる愚行……これは反逆です!」
びしりと高く鞭を鳴らす。
村人はどれも恐怖に顔を沈ませている。
パーシアンナはにこりと微笑む。
「いかなる処罰になさるか、お目覚めをお待ちしていたところです」
村人が可哀想になってきた。
「まあ、そろそろ許してやれ……。今まで食べ物が少なかったんだ、そりゃ取り合いにもなるさ。そういうルールもこれから決めていくところなんだ」
「はうっ!」
パーシアンナが震えている。
くねくねとしだす。
「先生のご慈悲が……私の胸に入ってきます! 溶けちゃう! 罰はぜひ私に! 私にお与えください!」
「……とりあえず解放してやれ……」
丸一日、眠っているのだ。
それでも世間の時間は進む。
そりゃなにかは起きるだろうが……。
メナを持ち上げると、やはり軽い。
ようやく壺から出られたメナが、細い手足をぷるぷると動かす。
「これで水を汲んでこれます。旦那さまの買った、桶と壺の出番ですね!」
そう言ってはにかむ。
村の外には野ざらしの古い水瓶が並ぶ。
枯れた井戸を弔うように。
大きさもまちまちだ。
貯めた上澄みが飲用水に使われている。
メナにちらりと目をやった。
真新しい桶をうれしそうに抱えている。
村はたびたび集団腹痛が起きるらしい。
それでも、この暮らしを続けている。
水源の川まで日に何度も往復する。
時間も労働力もムダが多い。
……時間は大切なんだぞ。
「メナ、水汲みはもういい」
あまり考えると怒りすら覚えてくる。
表情に出てしまった。
メナの顔色が動揺へ変わっていった。
「……いや、もっと楽にしてやる。ここで待ってろ」
起きていられる短い活動時間。
こういうことのために使うべきだ。
ほっとため息をついた。
いちおう掃除はされている。
W.W.が跳ねた。
空から川を見る。
何度、細い足で踏んだろう。
見えない細道を、村からたどっていく。
森に埋もれ、消えて見えなくなるほど細い道だ。
人力で切り開く未来もあるかもしれない。
放っておけば、それがいつになるか……。
ゲーミングチェアにもたれて考える。
素手で掘って進むか?
いや、確か……。
「武器庫」
宙に投影されたプリズムが開いていく。
搭載された武器だろう。リストを指でたどっていく。
「……レールガンもあるのか」
水源ごと吹き飛んでしまわないか。
軽く、土地を削る程度でいいのだ。
「これは……ガトリング砲みたいなものか?」
右前腕部に装着されている。
見た目には小型の円盾だと思っていたが。
川の際から村の端までを、右腕でたどっていく。
何度か線をなぞり、構え直した。
ストローの中を空気が走る音だ。
光弾が――光のつぶてだ。
円形の盾からばらばらと速射される。
最小出力でこれだ。
森を穿ち、木々を薙ぎ、土をめくる。
なぞった通り、森に横線が引かれた。
川面に足の甲が浸る。
残りの土をすくい上げる。
今度は手作業だ。
文字通り堰を切り、穿たれた溝へ水が分かれていく。
新しい支流は、かさを増していく。
村を満たすまでは、少し時間がかかるだろう……。
「旦那さま! てんとう虫みたいでした!」
メナが目を輝かせて待っていた。
小盾のことらしい。
「虫……」
「空から、右手から、ばばばって!」
W.W.の真似だろうか。
ミシァも右手を構えて走り回る。
「やるねえ魔神。ばばばって撃っちゃって!」
「かっこよかったです!」
「モンスターも撃っちゃえ! 撃っちゃえ!」
「はしゃいでると落ちるぞ」
できたばかりのため池に、水が流れてきた。
このまま飲用水にするのは考えものだが。
まだ泥色の水面が、きらきらと輝きはじめた。




