表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/57

魔神、金勘定を学ぶ・2


 さすが貴族邸の客間といえるしつらえではある。

 壁に空いた穴はともかくだが。


 ベッドシーツは張りがあり、三人と三枚の(しわ)が作られている。

 並んだ大銀貨が、外の陽を鈍く返す。

 コゼニ、と呼ばれた銀貨はかわいらしく置かれていた。


 ひょっこりとメナが扉を開ける。

「あの……ベルーシカさんが、壺を壊しちゃって……」

 さっきの声か。

「叱られているのか?」

「えっと、いえ……。むしろ領爵さまのほうが、そこに置いていてわるかったって、謝ってます」

「こっぴどく叱られたらいいのに……」


 領主貴族も気を遣うほど、偉い。

 どう考えてもそう見えないのだが。


「ああ、メナ、ちょうどいい。いっしょに勉強しよう。今、お金の話をしてるんだ」

 メナがちょこんとベッドに加わった。


「……ええっと、話を戻すとだ。銀貨(コゼニ)は貴族間だけで、庶民はあまり使わない、と?」

「まあ、富豪のお金だね。大銀貨(メダル)ならなおさら、街で買い物するなら崩さないと使えないよ? 最悪、怪しまれて捕まるよ?」

 ミシァがしっぽの先を向けながら言う。


「銀行で両替するのか?」

「うん。切手をもらったでしょ? 銀貨以上は出どころの証明がないと、街では使えない。ふつうは」

 そういえばと、もらった切手を出した。

 ひらりと大銀貨(メダル)の横に添えて置く。


「切手つきってことは、信用なんだよ。きれいなお金ってことね」

 しっぽが切手をさす。

 コートベル領爵家の紋章と署名、いくらかの文言に、大銀貨三枚と書かれてある。


「まあその代わり、使い道は限られる。表でしか使えないからね」

「この切手自体に価値があるわけじゃないのか。いや、まあ、あるにはあるのか。切手だけの取引とかもありそうだな」

「お、勘がいいね、やったことあるんじゃじゃないのお?」

 にんまりと含んでミシァが顔を寄せる。


「……しないように気をつける。あー、それで、庶民は銅貨を使うのか?」

 金貨、銀貨ときたら、銅貨だろう。


「うん。その銅貨は、中銅貨と銅貨があるの。ホタテとアサリって覚えてね」

「形がそうなのか?」

「まあ、うん」

「さらに細かいお金が、鉄貨と粒鉄貨があるの。テツとツブね」

 硬貨の種類が細かい。

 いや、もとの世界もそのくらいだったか。

 ただし一律の数字ではないぶん、いくらかややこしい。

 距離の単位もそうだったが、やはり身近な生活を基にしている。


「銅貨の価値はどれくらいだ? たとえば、一般的な……ああ、工事をしてる労働者がいたろ。彼らの一ヶ月の給料はどれくらいなんだ?」

 ミシァがベッドに転がりながら答える。

「その一般的には、給料は週単位だね。週にホタテ一枚、アサリなら十枚ね。ひと月四週間だと四枚」

「あの……」

 パーシアンナが指を(あご)に当てた。


「少なくありません?」

「不満は聞いたことないよ?」

「建物の工事って、危険もあるでしょう? 大きなケガだってあるのに」

「うん、でも、この街ってどこかしら工事するでしょ? そうなってる。道路に建物に外壁に。だから収入は安定してるんじゃないかな。ケガしたら船の荷役検査とか、門で検閲の仕事もあるし」

「そうですか……。まあ、患者を預かる命占術師としては、忙しいのですがね」

 指先で苦笑する。


 給料はともかく、街での買い物は銅貨を使う。

 聞いていてよかった。

 いきなり大銀貨を出して捕まりたくはない。


「ああ、そうだ、パーシアンナ。メナを診てもらえないか?」

「はい。どこか具合でも?」

 きょとんとメナが見上げてくる。

「いや、ただの健康診断だ。ケガとか栄養具合だとか。……メナ、どこか痛くしている所とかないか?」

「旦那さま、ボクは元気です。ごはんもいっぱい食べました」

「それはいいことだ。これからもいっぱい食べるんだぞ?」


 そうさせなきゃいけない。


 パーシアンナはメナを診る。

 脈を取ったり、眼や舌を覗いたりだ。

「……まあ! 男の子だったの? まあまあ……ふふ……」

「メナにへんなことするなよ?」

 こほん、と医者――命占術師の顔に戻る。

「大きな外傷や疾患は特にないようです。すり傷などはありますが……」


 パーシアンナは声をくぐもらせる。

「もう少し、食べたほうがいいですね。それと、その……」

 さらに低く、小さく、ひそひそと話す。

「栄養状態もですが、古い打撲やアザの跡が……痛くないはずはないのですが……」


 村での労働だろう。

 慣れてしまったせいで痛みすら自覚がないのか。

「パーシアンナ」

「はうっ! 先生の吐息が私の耳に……!」

「吐息はいいが、治せるか?」

「……先生がおっしゃるなら、なんだっていたします……」


 パーシアンナは胸元のボタンを外した。

 指先を谷間に潜らせる。

「待て、待て。俺はメナの傷を治療してくれと……」


 胸元から取り出したのは、聴診器……に似たものだった。

「はい? 治療のアーティクルですが?」

「……いや、なんでもない。ジャマしたな」

 魔法(キャスト)の道具らしい。

 いくらなんでも医者……命占術師だ。

 患者に妙なことはするはずがない。

 美人女医と美少年だからといって、俺はなにを妄想していたのか。


 メナの手首、足、膝、背中……。

 聴診器の先が当たっていく。

 淡い光の懐中電灯に照らされるように。

「あったかいです……」

 メナが声をもらす。


 ひと通り……といってもほぼ全身だが。

 治療が終わったようだ。

「……治ったのか?」

 パーシアンナは軽くうなずく。

「一回目は、ですが。一度で完治させると、身体への負担が大きいので……」

 聴診器をもとの場所へしまい込む


「治療は継続して行います。またあした、診ますからね」

 ゆっくりとメナに微笑んだ。

 メナもほっと服を着る。

 まるで医者の鑑だ。

 よろしくない妄想をした自分がこれ以上もなく恥ずかしい。


「そうだ、診察費はどれくらいだ?」

「……あっ」

 きょとんとしていたが、意味がわかったようだ。

 メナの顔が不安に駆られていく。


 パーシアンナがくすりと微笑んだ。

「先生から治療費などいただきません。むしろ、私がお布施して検診します。したいです」

「お布施はいらないが……。じゃあ、普段はどれくらいで診てるんだ?」

 なんらかの形で代金は渡さないとな。


 パーシアンナは指先を(ほお)に当てる。

「そうですね……これくらいの治療なら、初診で大銀貨(メダル)十枚。……あとは相手次第です」

 ざっくり考えてみる。

 高級なディナーが銀貨(コゼニ)一枚。

 その十倍が大銀貨(メダル)一枚。

 治療費はそれが十枚から……。

 少なくても俺の全財産では払えない。

 ……ぼったくりじゃないのか?


「それより、次は、先生を……」

 するりとパーシアンナが詰め寄る。

「診るのか? 俺はいい、健康そのものだ」

「まあ……! なおさら治療が楽しみです……」

「は?」

 パーシアンナがボタンを外していく。

 なぜか聴診器を投げ捨てた。

「体と体で……治療し合いましょう……」

「待て、メナもミシァも見ている、教育に悪い」

 どこが医者の鑑だ。

「私は見られて構いませんわ、ふふ、むしろ……あら?」


 まぶたが重くなった。


 いつの間にか、だいぶ時間が経っていた……。


 やはり、この睡眠は厄介だ。

 ほぼベッドの上だけで今日を過ごしてしまった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ