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魔神、商談をする


 窓から白ばむ採光は、昼、か。


 客間のテーブルには夫妻が並ぶ。

 対面して俺たちが座っている。


「いやいや、早とちりとはいえ、残念でもありますが……」

「まだミシァには早いものね。ねえ?」

「わかっていただけて……光栄です……」

「では、お付き合いの相手、ということで?」

 くるりと夫妻がこちらを見る。


 どうでもいいことに時間を奪われている。

 起きていられる時間は短いのに……。


「ええ……百歩譲って、いいですよ、もうそれで……」

 うなだれながらこぼす。

 夫妻はまた、おお、と目を見開いた。


「……実は、街の見学に訪れていまして。このあと、買い物などもありましてね……」

 そうだ、買い物もだ。

 起きていられる時間は、いつまでかわからないのに。

 今日中に用事を済ませたかったが、時間は足りるだろうか。


 その買い物をする資金も、どうにか調達しなければならない。


 夫妻はにこにこと豊かな笑みを浮かべている。

 袖元の光るボタン、夫人のドレス、飾られた邸宅。


 ……ひらめいた。


 邸宅を見る限り、領爵には収集癖がある。

 奇妙な彫像だったり(いか)つい甲冑だったり怪しい壺だったりだ。

 まるで一貫性がない。


「買い物、いえいえ、そうでしたか。ぜひ旅のお話をと思いましたが……」

「まあ! そういってあなたは、いつも収集品の自慢話になっちゃうじゃないの。ねえ?」

 夫妻は笑う。


 間違いない。

 観光地で妙な土産を衝動買いするタイプだ。

 木刀やらキーホルダーやらタヌキの置物やらを買ったことがありそうだ。


 俺もある。

 気前さえよければ、なにか売りつけて金銭を調達できるかもしれない。


「あー、ええ。私も旅の途中で、いろいろなものを見てきましたが……」

 立ち上がり、おもむろに客間を眺めてみせる。


「すばらしい品々をお持ちでいらっしゃる。いやあ、目を奪われてしまいますよ」

「そうでしょう、そうでしょう」

 領爵も加わり目を流していく。

 実に満足げだ。


「そうそう、私も珍しいものを持っておりまして……」

 後ろ手でインベントリーを探る。

 なにかないか。

 高価そうなものを引き取ってもらえば金になる。


 宝石や金塊か?

 イメージするんだ。


「あの……旦那さま、それ……」

「うん、ちょっとまってろ、メナ。いま大事なところだ」

「えっと……はい……」

 そんなに怖がるな。

 これはメナのためでもあるんだ。


 きれいな靴や服も買ってやるからな。

 メナに似合う、かわいいやつだ。

 かっこいいほうがいいか?

 メナには、なんだって似合いそうだ……。


「フォルネウス様、珍しいものとおっしゃると……?」

「ええ、少々、お待ちください」

「ははは、いえいえ、もったいぶっていらっしゃる」


 なにか、なにか、イメージするんだ。

 想像から形を生み出すんだ。


「……これです!」

「おお、これは……!」


 ……美少女フィギュアだ。


 メナに似ている……。


「……珍しい。というより、見たことがありませんな……。しかしこの造形美、少女をそのまま人形にしたような……」

「ええと、そうでしょうとも。旅の途中で、高名な造形職人に作らせたものですから」

「まるで本物のようでございますな……衣装も大変に凝ってらっしゃる……」

 領爵は、ちらりとメナを見た。


「ああ、そういうことでしたか! お嬢様に似せて作らせたのでしょう?」

「ええ……まあ、そうです。……領爵殿、よくご覧ください。この表情のやわらかさを。少年……いや、少女の可愛らしさ、儚さ、憂い、切なさ……すべてを表した造形です」

「今にも動き出しそうですな!」

「衣装の波打ち、繊細な塗装、とろけそうな太もも、どれを取っても一級品です」

「風が吹いておりますな! 新時代の風が!」

 さすがに見る目はあるようだ。


「ぜひ今すぐ、すばらしいコレクションのひとつに加えられてはいかがでしょう」

 ごくりとつばを飲む音が聞こえた。

 領爵がさりげなく、フィギュアを下から覗こうとしている。

「おっと……。見えそうで見えない、いえ、見せてはいけないのです」

 さっと手の中に隠した。

 領爵はとても残念そうだ。


 これなら勝負できる。

 いや、すでに勝ったかもしれない。

「領爵殿。一歩を……踏み出しますか……?」


 ううむ、と悩んでいる。

 もうひと押しか。

「もう一度ご覧ください。この少年……いえ、少女の瞳を。……居場所を求めている瞳ではありませんか……」

「ううむ……確かに……」

 ごくりと喉がうなった。


「しかし、どう見定めたらよいのか……。後日でしたら、鑑定の者がいるのですが……」

 さすが貴族だ。話が早い。

 しかし金はいま欲しい。

 売って、その金で買い物だ。


「そうですか……実は、街を訪れたのも、骨董品店にでも寄ろうと立ち寄ったのでして……」

「旦那さま、そうだったんですか?」

 メナの口を塞ぐ。

 骨董品店くらい、まああるだろう。


「そこで偶然、お嬢さまにお会いしましてね。……ご両親は大変な慧眼をお持ちだと聞きました。ならばぜひ、なによりも一番にお見せしようと……」

「うち、そんなこと言ったっけ?」

 今度はミシァの口を塞ぐ。


「お嬢さまは、ええと……聡明な賢女だと、私はひと目でわかりました。で、あれば。親御さんにおかれても間違いはないだろうと。他へ見せる前にお伺いしたわけなのです」

 ミシァは照れている。

 たとえわずかでも自分をそう思っているのか?


 結論が出たようだ。

 領爵は声を細めて言う。

「わかりました。ひとまずの案ですが……。大銀貨二枚を担保に……ということでいかがでしょう」

「なるほど。流石でいらっしゃる……」


 大銀貨。

 いくらくらいだろう。

 貨幣単位を知らないままでいるのは失敗だった。

 領爵の言い方からすると、もっと上値がつくように思えるが……。


 おそるおそる言ってみる。

「では、四枚、でいかがでしょう」


 領爵は顎を手で抱えながら考えている。

 突拍子もない額ではなかった。

 ほっと胸をなでおろす。


 大銀貨があるのなら、金貨もあるのだろう。

 大とつくなら銀貨もある。

 貴金属の採掘量にもよるだろうが……。

 もし、金よりも銀のほうが価値が高かったら、ややこしくなる。

 確かもとの世界では、鉄のほうが高価な時代もなかったか?


 あまり冒険はできない。

 まったく知らないのだから。


「……では、切手付きの三枚……でしたら、ここで買い取るのですが」

「ははあ、なるほど、そう来ましたか……」


 どう来たんだ?

 切手?

 もらえるものならもらっておこうか。


「もちろん、格段に高額であるとわかれば、差額は後日お支払いします。しかしいまはどうにも……ううむ……」

 領爵は薄い頭をかく。

 なんというか、ムダに悩ませてすまない。


「いやあ、私もそのように考えておりました。いえ、その一歩先をいかれる。ええ、噂に違わぬ鑑定眼、おみそれいたしました」

 がっちりと握手を交わす。

 商談はまとまった、ようだ。

 どういう額かは知らないが。


 大銀貨というのが、使いから領爵に、そしてこちらへと渡っていく。

 名前の通り、銀のようだが。

 俺の知っている硬貨よりも、ふた回りほど大きい。

 そして切手……小切手みたいだが。

 あとでミシァにでも聞いてみようか。


 なんにせよ、これで買い物ができる。

「いやあ、良い取り引きでした。次は金塊でも持ってきましょうかね」

 はははと笑ってみせる。

 インベントリーから出せれば、だが。


 領爵の笑顔がぴたりと止んだ。

「おやおや、悪いご冗談ですよ。うちどもはそういった(・・・・・)扱いはございません」

 空気が変わった。

 金塊はまずいのか……?


「え、ええ、もちろん。冗談が過ぎました。廉潔な方とお聞きしてこその、冗談ですよ、ははは……」

 一拍ほど置いて、領爵も笑った。

 余計なことは言わないほうがよさそうだ。


「まあまあ、閣下の前でそのような。ねえ? うちどもは教会の目をかいくぐるようなお話は、すべてお断りしておりますから。ねえ? この間も、無認可の宝石を売りに来た行商を、王国軍に引き渡しましたもの。ねえ?」

 夫人がそう笑う。

 どこかぎこちなくもあるが。


 閣下?

 夫妻の視線の動きは、ベルーシカに行き着く。

 ちらりちらりと意識している。

 俺よりも、ベルーシカにいくらか聞かせるように話している。


 いちおう教会の人間だから、だろう。

 そのベルーシカは……。


「苦いよおおお! 流行りのお茶が苦いよおおお!」

「ベルーシカさん、美容にいいのよ? はちみつを入れてごらんなさいな」

「さすが命占術師! やってみる!」

 出されたお茶にすら騒がしい。

「はちみつが……終わらないよおお!」

「くるって、こう、ベルーシカさん、スプーンをくるって……」

 パーシアンナですら手を焼いている。


 しかし、ここでも教会。

 こいつを見ていると信じられないが、この世界で教会の権力は強いようだ。


 そして、王国軍というのは、警察みたいなものだろうか。

 教会が法律を決めて、王国軍が取り締まっているのか?

 領内といっても司法権は王国にあると見ていいのか。


 なんにしても、心臓にわるい。

 金塊を出さなくてよかった……。


「フォルネウス様?」


 ふらりと眠気が襲ってきた。

 いつもながら、突然だ……。


「……いえ、少々、旅の疲れというか……」

「それはいけない、お体の具合でも……?」

「ああ、いえ、お気遣いなく。連れに医者……命占術師も……おりますから……」


 そして抗えない。

 時間切れだ……。


 買い物まではできなかったが、収穫はあった。


 しかし、招かれた邸宅でいきなり眠ってしまうとは……。



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