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魔神、求婚する


 怪訝なひそひそ声が、接待の笑顔に変わる。


 まあ、素性の知れない突然の来客に心からの歓迎とはいかないのかもしれない。

 俺自身も素性をどういえばいいのかわからないままなのだから。


「これはこれは、閣下、ようこそおこしくださいました」


 コートベルの領主夫妻が出迎える。

 こちら以上に緊張している様子だ。

 ミシァの両親ということだが……閣下?

 誰だ?


「魔神をつれてきたよ」

「魔神……」

「でっかいの。見えたでしょ? 魔神の魔神!」

 ミシァだけが態度を軽くしている。

 自宅なのだから、まあ当然といえばそうだが。

 どこで誰相手にでも、こうなのかもしれない。


 ミシァの家は、一言でいうと、広い。

 これも領主貴族とすれば当然なのだろうか。


 玄関から広間へと、家の紋章だろう幕で埋められている。

 高く壁にかかげられ、その下に甲冑やら大きな壺やらが立ち並ぶ。


 広い階段にも壺が置かれ、石像やら木像といったものもある。

 踊り場の広い採光が、絵画を明るくしている。

 窓の板ガラスにはやや白が混じるが、景色の輪郭を切り取っていた。


 要するに、大金持ちだ。


「ええっと、魔神様、というお名前で……?」

 領爵と名乗る夫、ミシァの父親がそわそわと問う。


「ああ、いえ、お嬢様のお遊びでつけたあだ名というか。えーと……クリストファー……フォルネウスと……申します」

「は? 自分で魔神って言ったじゃん」

 こいつがお嬢様には見えないが。

 ぶらぶらと長いしっぽを遊ばせている。


 しかし……なんど名乗っても恥ずかしい。

 自分で付けたプレイヤーネームだ。

 この世界で、ありきたりで平凡で珍しくもない名前であることを祈る。


 夫人が品よく言う。

「とても珍しいお名前……ですが、素敵よね? ねえ?」

 ……とても珍しい名前だった。


「あー、はい。俺……いえ、私は、旅をしておりまして、外国……から来まして」

「旅……ああ! 布教でございますね」

 領爵は、ぱんと手を打つ。

「いえ、布教は、こいつだけですから」

 ベルーシカを親指で示す。

 さされたほうは、むっとしているが。

 とっさに夫妻が声のない悲鳴を上げた。

「こほん、いえいえ、失礼……。するとフォルネウス様は教会の方では……」

「まさか。ちなみに天使教も堕天教でもありません」


 領爵はハンカチで汗を拭った。

 なぜこんなに緊張しているのかと思うほどだ。

 薄い頭をひとしきりなでて、ほっと落ち着く。

 教会の人間に警戒しているのか。

「いえいえ、てっきり男廷(ダンディ)の方かと思いまして……」

「教会のご用事なのかと……ねえ?」

 夫人が合いの手のように笑う。

 男廷(ダンディ)ってなんだ?


「あー、いえ、教会は関係なく、成り行きと言えば失礼ですが、まあなんというか、お嬢様に、連れてこられたというか……」

「まあまあ娘がご迷惑をかけて……。立ち話もなんですし、こちらへ。旅のお話などお伺いしたいしましょうよ。ねえ?」

「ああ、うむ……」

 夫人は領爵を促して歩く。


 この夫人、ミシァの母親も、しっぽを揺らしている。

 おかげで右へ左へと目がつられてしまう。

 おまけに耳だ。三角の耳だ。

 両手首をこちらへ曲げる仕草は、貴族の挨拶かなにかなのだろうか。


 おそるおそる、俺も返してみる。


 ……首をかしげられた。

 なんで俺はこんなところにいるんだろう……。


 メナがぎゅっと、強く足にしがみつく。

 引き止めるようにだ。

 そして服の汚れをにぎって隠す。


 隠せるはずもないほどに染み付いているのに。

「メナ、堂々と歩けばいい」

「でも……」

「むしろ自慢してもいいくらいだ。それだけ働いているんだから。まあ、働きすぎなんだがな」

「……はい、旦那さま……」


 床にすら気遣うようにメナは歩く。

 こういうことを、どうにかできないだろうか。


 領主と、領民の差なのだろうか。

 都会と村の差なのだろうか。


 図らずともここへ来れたのは、ある意味よかったかもしれない。

 治めるものに、ひと言でも言ってみるか。


「ああ、そうだ、フォルネウス様」

 領爵が振り返った。


「その、外のもの……なのですが……」

 玄関のほうをちらちらと見ている。

 W.W.(ホワイトウィッチ)のことか?

「二階からでもよく見えまして。見上げるほど大きいのでしょう。それで、その……」

 ああ、そういうことか。

「失礼。お庭前に停めていてよろしかったでしょうか? もしジャマなら動かしますが」

 なんというか、駐車場でも借りるような言い方だ。


 袖口の貝のボタンが、ぶんぶんと振られる。

「いえいえ、お好きなところにお停めいただいて構いませんが……」

「近くでよく見せていただきたいのよ。ねえ?」

 夫人がくすくすと笑った。


「あー、ええ、まあ。見るぶんには構いませんが」

 夫妻は、おお、と目を見開いた。

 親子でそっくりだ。


「じゃあ、うち見てくる! 乗ってみる!」

 ミシァが走り出した。

「登れば乗れそうなんだよね!」

「あ、こら!」

「叩けば動くかな!」

「叩くな。それに何メートルあると思ってるんだ……」


 ミシァが脇をすり抜けて走る。

 反射的にしっぽをつかんだ。


「ふあああっ!」

 へなへなとしゃがみ込んだ。


「おい、変な声を出すな。それと叩くなよ? 登るのも禁止だ」

「……だって……」


 周囲の視線が集まっている。

 夫妻に、使用人に、ベルーシカとパーシアンナもだ。


 ひょっとして、触ってはいけなかったのか……?

「しっぽを握るのは……」

「なんだ」

「……求婚だよ……?」


 使用人たちから拍手が起こった。


「魔神と結婚……」

「いや、誤解だ、知らなかっただけで……」


 ミシァは(ほお)を押さえている。

 こぼれそうなものを受け止めるように。

 ……泣いているのか?


 ちがった。


 にっかりと顔を上げる。

 舌をしまい忘れている。

「会って初日なのに……そんなことってあるのね!」

「いや、ない!」


 しっぽを握るのが、求婚。

 ひざまずいて指輪を渡すようなものなのだろうか。


「もう! 魔神! どうしてくれようか!」

「どうもしなくていい、誤解なんだから」

 ミシァは両手で(ほお)を押さえる。

 こぼれそうな笑顔だ。

 しっぽがくるくると回っている。


「ああ、そういうことでしたか!」

「そういうことなのよ、ねえ?」

 コートベル領爵夫妻が、そろって手を打った。


「娘の婚約者と知らずに……いやいや、お恥ずかしい、いやいや、気づかずに……」

「それで挨拶に来たのよ。ミシァもいつの間に、こんなに素敵な方と? ねえ?」

「ちがいます」

「いやあ、ついさっき」

 親子はその場で足踏みまで始めた。


「あんた、そうだったの」

「そうだったんですか、旦那さま……」

「先生……そうでしたか……」

「ちがう!」

「では先生、私は側妻ということで」

「ボクも……わかりませんけど、それになります!」

「じゃあ、わたしが立会人? まあ、それくらいならしてあげるわ」


 ちがうんだ……。



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