魔神、空を飛ぶ
確信できた。
俺が起きていられるのは、長くても一日に三、四時間程度。
つまり一日のほとんどが睡眠時間だ。
……そういう動物がいた気がするが。
眠っている間は、なにをされても起きない。
腹に乗られたり、くすぐられたり、くさい草を嗅がされたりしてもだ。
要するに。
「時間は大切だ」
W.W.が朝日を受ける。
露に濡れていっそう輝き、湖の白鳥のような気品がある。
「さっそく街に向かう。行くぞメナ」
「はい、旦那さま!」
ほんのわずかに背の伸びたメナが靴を鳴らした。
ちゃんとした靴も、買ってやらないといけない。
「うん? その持ってる布はなんだ?」
「あっ、旦那さまがお休みの間、旦那さまの魔神さまを、きれいに磨いておこうと思って……」
「おお、それでこんなに光って……なわけないだろう。どれくらいかかると思ってるんだ」
「えへへ」
メナがはにかんで笑う。
W.W.の装甲をぜんぶ磨くのに、本当にどれだけかかるのか……。
蹄鉄型のタラップが、地上まで降りてくる。
メナの服がばさりと風に舞った。
瞳がキラキラとまぶしそうだ。
静かにハッチが閉まり、操縦席に腰を落ち着けた。
光が起動し、モニターが次々と浮かび上がる。
村の草ぶきが揺れ、樹木が、森が見えた。
小さな手がぎゅっと俺の膝を握る。
跳躍だ。
そこから飛行に移る。
膝の上のメナは雲のように軽く、多少こそばゆくはある。
モニターに映る鳥を、指でつついている。
街に着いたら、どんな表情を見せてくれるだろうか。
小さな村から出たことがないのだから、なにもかもが珍しく映るだろう。
そして、いま気づいた。
お金がない。
「……まあ、なんとかなるだろう……」
最悪、最後の手段だが。
……時間を止めてスリでも万引きでもできる。
いやいや、と大きく首を振った。
「……ああ、メナ、ずっと街と言ってるが、名前はなんだ? 街の名前だ。そういえば村の名前も聞いていなかった」
思い出すように考えている。
「えっと……街は、コートベルです! 牛方さんが言ってました」
「コートベル。村は?」
「えっと、村は……村です……」
「自分の村だぞ?」
「えっと、えっと……」
「……まさか、名前がないのか……?」
「聞いたことありません……」
ないはずはないのだが。
生活にとっては、村か街かなのだから、名前はなくてもいいのだろうが。
「じゃあ……名前をつけてみるのはどうだ? メナ村とかいいと思うぞ?」
「えっと……。あっ、魔神村というのはどうでしょう!」
「やめとけ。禍々しい……」
少しならいいだろうか。
操縦席からハッチを開いた。
膝の上のメナを抱いて、立ち上がる。
「うわあ……」
「世界は広いだろ」
といっても、俺もこの世界は知らないわけだが。
山脈がある。海もある。
はるか遠くには、霞みに混じって山がそびえる。
柱のように雲を貫き、天地を支えているかのようだ。
「……やっぱり、俺の知らない世界だよな……」
今さらだが、そう思う。
「旦那さま、旦那さま、あれが海ですか……?」
カモメにうなずいた。
「向こうが丸くなっています。お、落ちちゃうんじゃ……」
「大丈夫だ、どこまでも先がある。一周するだけだ」
「もしかして、雲に届くなんてこと……」
メナが手を伸ばして引っ込める。
「あ、ありませんよね」
そういって言って気恥ずかしそうに笑う。
「行けるぞ。雲どころか、あの山も越えられる。その上まで行ける」
メナの瞳が空色を吸い込んでいく。
ひんやりとした風に、空気が弾む。
「冷えてきたな。ああ、コートベルの街は、どの辺だ?」
陸地を見てもじもじと答える。
「ボク……空を飛ぶのは二回目なので、わかりません」
それもそうだと笑うと、メナも笑った。




