魔神、靴を作る
縄は粗末なものだった。
いったんほぐして、細くねじり直す。
これくらいなら俺にもできるもんだ。
「旦那さま? あの、なにを……?」
「うん? メナ、ところで誕生日はいつだ?」
ちょこんと首をかしげられた。
「……まあ、いいさ。木の板ももらうぞ?」
メナが興味深そうに見つめてくる。
湿った木はもろく、手で折れた。
これで家の壁だというのか……。
今は好都合だが。
この屋敷の壁も、簡単に折れないことを祈る。
石にこすりつけて、角を落とす。
鋸でもあればいいが、切れるものはないらしい。
「……よし、これが中敷きだ。直接、触れるのはいやだろう?」
木の板にレーションメイドの空き箱を当てた。
メナの足……こう見ると、やはりぼろぼろじゃないか。
「痛くないか?」
縄をぐるりと結ぶ。
足の指、甲と、足首にも巻いたほうがいいか。
「中敷きはおまけだが、どうだ。この村にあるもので作れたぞ。あるものだけで、作れるんだ。ほら、歩いてみろ」
メナは、おそるおそると立ち上がる。
何度か足踏みをする。
その場で走リ出す。
ついには屋敷の中を走り回る。
「旦那さま! 旦那さま! これはなんですか?」
「あー、少し、いやかなり不格好だが、いちおう靴だ」
「街に行けば、あるって聞いたことがあります!」
「そうか……。靴を、聞いたことが、あるのか」
ぴたりと足音が止まった。
「でも、使えません……」
「うん?」
「こわれたらどうしましょう……それとも旦那さまの作ったものだから、破けたりはしませんか? もし、せっかく作ってもらったものを、こわしてしまったら……」
この村で身につけてしまった悪い習慣だ。
「メナ、また作ればいいんだ。ものは壊れるもんだ。食べ物だって、食べたらなくなるだろう? リンゴがなくなったらどうする?」
「えっと……お腹が空きます!」
「いや、まあそうなんだが。また採ればいいだろう? 村で育てたら、もっとたくさん採れる。あー、いわば、努力っていうのは、怠けるためにあるんだ。最初から怠けろって意味じゃないぞ?」
メナが首をひねる。
やはり口で教えるよりも、実際に見せたほうがいいかもしれない。
「リンゴの木を村に植えれば、わざわざ森で探さなくてもいいだろ? 水を村まで引けば、川まで歩かなくてもいい。いいか? 川へ洗濯に行ったり、山へ柴刈りに行くのは、むかしむかしの話なんだ」
壁のすき間、つまり窓から外を眺める。
村長はまだ、草やぶの畑で穴を掘っている。
「メナがもし、街に行くのがこわいよーって言うなら、ここに街を持ってくればいいんだ」
しつこいほどに畑を歩き、草やぶを分け、腰を曲げている。
また穴をつつき出した。
「もし村が街になったら、メナはどうする?」
想像もつかないだろう。
俺も想像がつかないが。
メナはびっくりした顔をしてみせる。
「えっと、びっくりすると、思います」
「うん、まあ、びっくりするだろうな」
「……あ! わかりました! 旦那さまの魔神さまで、街を持ち上げて、村に持ってくるんですね!」
W.W.のことらしい。
いくら巨人でも、そりゃムリだろう。
というか、想像力は豊かなのか?
「そうじゃないが、まあ……そしたら、びっくりするだろうな」
村長がジャガイモを掘り当てたようだ。
ここからでも、まだ育ちきっていないのがわかる。
食料を跳ねさせてよろこんでいる。
「持ってくるわけにはいかないが……。メナ、びっくり、してみるか?」
この世界の街というものが、どういうものかはわからない。
それでも、この村よりは進んでいるはずだ。
この少年が見たことがないくらいに。
「農地開発、住居建築、運搬のために道路整備もしなきゃな……。上水道に下水道……。電気やガスは……まだ考えなくていいか」
しかしまずはモノだ。
この村には物資がない。
農具や大工道具すら、まともにないのだ。
それも村人を怠けさせている原因だろうか。
働くにしても、最初はなにかあったほうがいいだろう。
街で仕入れるのだ。
「……しかし薪が燃料か。煮炊きや照明くらいだろうが、夜はどうしてるんだ?」
メナに尋ねると、首が揺れていた。
うつらうつらと瞳が閉じ、はっと開く。
「……はい! なんですか!」
「いや、いい。つまらない話だったな。そりゃ眠くなるだろう」
ちがった。
メナは俺が眠っている間、ずっと起きていたのだ。
昨日……いや、おとといからか、大して寝ていないはずだ。
「だいじょうぶです、旦那さまの呪文、ちゃんと聞きます!」
「いや、呪文じゃない。お前はもう寝ていいぞ。子供と昼寝はセットだ」
メナは寝ようとしない。
ぐりぐりと目を開けて、眠気をこらえている。
まあ、難しい話でもしていれば、そのうち眠ってくれるだろう。
「街へはどうやって……ああ、街道を村の反対側か。距離はどのくらいなんだ?」
「えっと、いちマルチャみたいです。牛方さんが言ってました」
「マルチャ……どのくらいだ?」
この世界の距離の単位だろう。
「えっと……朝から日暮れまで歩くって、聞いたことあります」
「それが、いちマルチャか。……三、四十キロとか、そのあたりか?」
メナはまぶたを重くつぶやく。
「山のマルチャがピエピエで、草原のマルチャがミーノです」
「待て、なにを言っている」
……呪文のようだ。
俺の言うことも、こう聞こえているのか。
そりゃわからなく聞こえるだろう。
山の距離単位と、草原のそれとが別なのか?
実生活的ではあるが、絶対数がないのはわかりづらい。
むしろ、そのほうが便利なのか?
考えたこともなかった。
なんにせよW.W.で飛べばすぐだ。
「……徒歩だと、山道を越えて、草原みたいな街道を歩いてと大変だな」
山賊も出るのだ。
「そりゃ簡単に村から出れないよな。子供はとくに」
静かに話す。
「はい……そうみたいです……」
そろそろ眠ってくれるか?
「体力もいる。メナなんて育ち盛りだ。栄養を摂らないとな。ああ、タンパク質も摂ったほうがいいぞ?」
「はい……たんぱくしつ……」
「要するに肉だ。あと大豆だとか。野菜も大事だが、それだけじゃ大きくなれない」
「旦那さまは……いっぱい食べ物を知っているんですね……」
小さな吐息が返事をする。
もたれかかる身体は軽く、髪がくすぐったい。
「ああ、来る途中……第四街道といったか。牛がいたな。牛みたいな家畜だ。牛みたいな飼い主もいた」
「はい……牛方さんです……」
「ああいうふうに、村でなにか飼ってもいいよな。食料にも労働力にもなる。家畜は文明のパートナーだからな」
「はい……山の……荷運びのお仕事を……しているそうです……」
「荷運び? ああ、その牛方さんか」
草原で牧畜をして、犬を飼って、旅人の荷物を運んでいるのか?
そういう暮らしもいいだろうな。
俺も眠くなってきた。
「やっぱり、旦那さまは……丸飲みとか、するんですか……?」
「……なにをだ?」
「牛……たんぱくしつ……」
「丸飲みは、しない……ふつうに、食いたい……」
寝息が重なる。
これから昇っていく日差しが、温かく、やわらかい。
外もまだ、これから一日が始まるのだ。
……次に俺が目覚めたのは、翌日の朝だった。




