魔神、布団を作る
屋敷、らしい。
「集会に使ってたでな。今はなんもしとらんですで」
部屋と見れば広く、家と見れば狭い。
じめじめとした木の床を歩く。
……地面に直接敷いているようだ。
壁に屋根を引っ掛けたのみ。そんな建物だ。
「こら! またお前か! 出てけ!」
薄暗い中に、男が転がっていた。
「家を追い出されてよ、寝るとこねえんだよ……」
「まだ昼前だで! 働け!」
ああ、例の働かない夫か。
村長に追い出されて出ていった。
その入り口は、村人の面々で埋まっている。
村長は一本の柱を確かめるようにさすった。
唯一の……柱か?
「こんなとこしかねえで。どうかお許しを」
「いや、まあ、休憩所を用意してもらえるのはいいんだが……」
……落ち着かない。
振り返ると村人たちと目が合った。
窓にも泥つきの顔が並んでいる。
「お前らも、魔神様のジャマだで!」
村長が追い払っていく。
ぽつりと俺とメナだけが残った。
村の中ではまともな……ほうらしい。
とりあえず建ってはいる家屋だ。
入り口に扉はなく、窓も……よく見ると窓じゃない。
壁の木板が抜けているだけだ。
そこから小さな日差しが迷い込んでくる。
中央に一本、その柱を押してみる。
揺れた。
見上げればむき出した草ぶきの屋根も揺れている。
「本当に、だいじょうぶか……?」
腰を下ろそうにも気持ちに抵抗がある。
隅に生えたキノコを冷たく見やった。
「……敷くものが欲しいな……」
メナがぱっと手を合わせた。
「ボク、誰かに聞いてみます!」
「うん……あ、いや、待て」
小さな肩を止めた。
上目遣いがきょとんと見つめる。
この身長差よりも遥かに大きな巨人を見せつけたのだ。
成り行きとはいえ、俺は魔神様である。
村人はどうだ。
今度はW.W.に群がっている。
おそるおそる崇めるように、だ。
そして、土をめくった跡。
これにすらも、ありがたそうに拝んでいる。
そこから村人が働くために掘ったんだが……。
奮起どころか、頼ってしまっている。
俺が言えば捧げもののようになにかを持ってくるだろう。
この習慣は、なんとかならんのか……。
「……W.W.が鍬を持って耕してくれるとでも思っているのか……?」
外にぽつりとつぶやいた。
腰の後ろに手を伸ばす。
黒い渦、インベントリーだ。
メナが目を丸くする。
やはりこの能力は特殊らしい。
手を探りながら考える。
「敷くもの。座布団か、ソファーか……なんなら布団のようなものでもいい」
取り出したいものをイメージする。
やわらかいものがいい。
布が張ってあってって、綿を包んでいて……。
「……うん? 布って、どういうものだ?」
もちろん忘れたわけではない。
具体的なイメージができないのだ。
概念としてはわかる。
しかし、例えば分子構造のようなものを知らない。
「あの……旦那さま……?」
メナは目線をうろうろとさせて困っている。
俺も困っている。
「ああ、うん。……パソコンを買ったじいさんに、操作を聞かれたことがあってな。でも説明が難しいわけだ。こっちは知ってて当たり前だと思うことでも、いちいち伝えなきゃいけない。今は関係ないんだが……」
メナの小さな手が、自分の衣服を握りしめた。
「ああ、それだ。ちょっといいか?」
ワンピースのような服だ。
一枚を首から出すだけで腰で結んでいる。
指でつまんで手触りを確かめていく。
「あ、あの……旦那さま……?」
「なるほど、糸がこうやって縦横に……糸はねじってるんだよな。……村で織ったのか?」
「いえ、えっと、ずっと昔に、街で仕入れたらしいです。あ、あの……」
すそはほつれ、ところところが破けている。
「布を当てて縫ったりしないのか? ……太い糸も合わせているな……ああ、ワッフル状にして強度を作るのか……」
「ぬ、ぬう?」
「ああ、針と糸で……まさか、それもないのか?」
小さく首が振られ、さらさらと髪が震えた。
生地の裏を表をと手触りで探る。
もう片手でインベントリーにイメージを与える。
「お、できそうだぞ……」
引き抜いたものは、同じような布だ。
「見ろ、これだけ大きければ布団ができるぞ。いっしょに座るか? よし、次は綿だ」
綿とは細い糸でできている。
そう、メナの髪だ。
次はメナの髪を探っていく。
「このふわふわした髪の毛みたいな糸を集めて、ぐるぐると……」
「くすぐったいです……」
メナが小さくなる。
繊維ひとつすら具体的に頭に描くのは難しい。
「……うーむ、そこにあるから認識できるのであって……ないものを一から作るとなると……うーむ……」
スケッチのようなものだ。
頭にはあるのに、実際に描いてみると思い通りにいかない。
レーションメイドやペットボトルの水は取り出せたのに。
まあ、それは相棒みたいなものだ。
「身近にあって、頭のどこかにあったんだろうな……」
パッケージの細かい表記までは覚えていない。
それで水に滲んだようになっている、ということだ。
インベントリーの中で手をかき回す。
集中して、深く描いて、肘まで突っ込む。
メナがまた目をそらしていた。
「え、えっと……旦那さまのすることは、よくわかりません……」
「ああ、そんなに怖がるな。恥ずかしそうにしていないで……ほら見ろ、綿だ。お前のおかげだぞ?」
次々と小さい綿を取り出していく。
「布を広げて、綿を包むんだ。そっちを持ってくれ」
メナは素直な子だ。
そして働きものでもある。
協力してできた布団に座る。
「旦那さま……?」
「うん? ああ、メナはいい子だなと思って」
すっかり我が子の成長を見守る気持ちに浸っていた。
「……うむ、これからだが……。このまま昼寝でもするか?」
ふわふわの布団を叩く。
このままついでに枕も欲しくなる。
「あ……じゃあボクは、水汲みのお手伝いをしてきます」
「あー、冗談だ。俺はさんざん眠ったからな。しばらく眠らなくても平気かもしれん」
はははと笑ってみせる。
俺はごろごろとして働かないお父さんではない。
「村はどうあれな、お前のその水汲み仕事が、楽になるアイデアを……これから……考えて……」
なんだ?
「メナが……少しでも、楽に……」
昨日の昼から、今朝まで眠っていたんだぞ……。
まだ何時間も起きていないじゃないか。
「……村が……豊かなら……お前も、もっと……」
自由に、人生を選べるはずだ。
まぶたも頭も身体も重い。
眠い。
強烈に眠い。
まさかまた、目が覚めたら一日過ぎてるってことはないよな……。
閉じゆく瞳にメナが映る。
そう泣きそうな顔をしないでくれ……。
「……そうだメナ……六時間……経ったら……起こしてくれ……」
「え、旦那さま? 旦那さま? 旦那――」




