魔神、畑を耕してみる
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「みんなで、暮らせたらって、思います……」
しばらく考えたメナが言う。
どこからかスズメが鳴いているが、姿は見えない。
鳥や動物も、楽しいだのうれしいだのと、そう思うことはあるのだろうか。
「このままってことでは、いかんぞ? こわいこわい山賊に食べられたいか?」
メナは肩をすくませた。
ぎゅっと強く首を振る。
「えっと、さっき旦那さまにもらった……ちーずあじ? あれをみんなが、食べることができたら、いいと思います……」
漠然としている。
その栄養機能食を作るまでに、人類はどれほどかかったか。
しかし、そういうことなのだ。
その一歩なのかもしれない。
「じゃあ、どうすればいいと思う? 俺はそれを毎日毎日全員に配ってやるほど、やさしくはないぞ? 村の食料は村で作るのが道理だし、食料のあるところに住みたくなるのも当然だ」
そう。メナがどうしたいか、だ。
メナがぐっと踏み込む。
考えがまとまったか?
「旦那さまはやさしいです!」
「そこじゃない」
村人たちは、ひそひそと互いに話しを始める。
こちらをうかがいつつ、あまりいい気分ではないが……。
「あのな、村がいやなら出ればいい。暮らしたければ暮せばいい。生きていきたい道を選ぶんだ。だがな、とにかく、現状のままではいかん」
そよ風にも倒れそうなまなざしだ。
「でも、ボクはなにも……」
「できる」
メナは叱られたように首をすぼめた。
足の指がぐっと地面を踏む。
古い傷やアザを数えたらきりがない。
細い手足の悲鳴が聞こえてくるようだ。
「メナ、お前ならできる。できるようになるんだ」
努力の方向が、ちがうのだ。
「……例えばだ。水を汲むにも、井戸があったら川まで行かなくてもいいだろう?」
こくりとうなずく。
すぐに横にふる。
青空のすじ雲が流れていく。
「井戸は枯れています。水が出るなんて、見たことないです」
「また掘って……。そうだ、水路だ、水を引けばいい。川を持ってくるんだ」
メナは首をかしげる。
村の井戸から目をたどらせていく。
「食料だってそうだぞ? 計画的に作物を作って……作業を分担する。リンゴだってあるんだ、大きくたくさん実ったら特産になるかもしれないぞ? なら区画も考えて整地したほうがいい。向こうの茂みも開拓したらどうだろう」
「あの……」
「作物を貯蔵する倉庫も必要だな。山賊から守るんじゃないぞ? 虫や獣から守るんだ。山賊相手には……武器と村を囲う柵とかだな。まるで害獣避けだな。大掛かりになるが……ああ、そうなると訓練もいるのか……」
ざっくりと思い浮かべるだけでも、必要なものは多い。
言いながらも、なかなかに大変そうだ。
発展したら、今度はそれを維持しないといけない。
「あのっ……!」
村人の人数で足りるだろうか。
決め事や行政的なシステムも必要になってくる。
「あと服と、寝具は…………うん、なんだメナ」
胸に手を当てて、はあはあと息を切らしている。
「ボク、旦那さまの言っていることが、わかりません……」
「ああ、要するに、メナにいい暮らしをさせたい、という計画だ。もちろん、村を出て街で暮らす案もあるぞ?」
どんな街かは知らないが。
とにかく本当に、現状のままではいけない。
「あのう……」
村人だ。
「畑を耕してくれるんで、ないんですか」
「俺がいつ、そう言った……」
いちいち他人を頼るなよ……。
現状、か。
草やぶに覆われた畑。
そしてなにもない、あるのは土だけだ。
目を配らせていく。
「……わかった。じゃあ、なんだ」
村人に向き直ると、びくりとされた。
「……俺が畑を耕してみる。それで村はなんとかなるんだな?」
村人が、おお、と口をそろえた。
W.W.のタラップが昇っていく。
鼻水でも垂れていそうな顔がそろって見上げている。
これで働くきっかけになればいいんだが……。
指先を、そっと地面につける。
なにもない地面をなでていく。
なるほど、確かに固いのかもしれない。
硬さではなく、土の質としてだ。
軽く押し込んでみた。
指先がめきりと食い込み、ひびが入っていく。
そっとだ。
そっとひっかくように指をつっつく。
めきめきと地面が剥がれていく。
村人は家屋の陰に隠れだした。
身をすくめて行方ををうかがっている。
それでいい。
山賊でもないのだから、ケガでもさせたら大変に申し訳なくなる。
この指の一本二本が大型トレーラーほどの大きさだ。
地面からしたら、それが迫ってくるようにも見えるだろう。
あれを今、俺が動かしているんだから……。
「皮肉というか……。こっちとしては、背中のかゆいところを掻くとか、テロテープのはじっこを剥がしているとか、そんな感じなんだが……」
地鳴りの振動で、家屋が倒れないかが心配だ。
行くあてのない土は膨れ上がり、ぼろぼろと崩れて落ちる。
帰す指で均していく。
「調整が難しいな……」
めくれ上がった隆起が、溝になだれ込む。
木の根っこをつまんで森の方へ放り捨てる。
とても平坦とまではいかないが、まあ、こんなものだろうか。
降りてみると、思ったよりも粗い仕上がりだ。
えぐれた地面と盛り上がった土。
重機がかきまわした跡のようだ。
このまま畑だとは言えたもんじゃない。
「……見ての通りだ。わかっただろ? こんなことしかできないんだ」
もう少し手間をかけたら、せめて平らにはできるかもしれない。
しかしあとは鍬を使ったり、人力の仕事だ。
もっと時間をかければ、その人間の負担を軽くすることはできるだろう。
指先をつまんで土塊を粉砕したり、岩を放り除いたりだ。
さすがに種を蒔いたりはできないが……。
そこまで俺のやることじゃない。
あとは、村の人間ですべきことだ。
がんばれば、できる。
そう伝わっただろうか。
「魔神様のお力、確かに目に焼き付けたでございますで……!」
お、やる気になったか?
「これからも、よろしくお願いしたますで!」
「なんでそうなる!」




