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魔神、村の事情を聞く


 すいぶんと黒く焼けているが、半分は土汚れだろう。

 女性は続ける。

「魔神様から叱ってください! 畑も耕さない。栗拾いもしない。家だって放ったらかし! もう嫌ですよ!」

 怒った指先が自宅だろう家をさす。


 栗拾い……栗があるのか……。

 リンゴみたいな果物もあったな。

 そういうもので食いつないでいるのだろう。


 しかし、夫を叱れと。

 よそ者に求めることでもないだろうに……。

 ましてや魔神だぞ、俺は。

「あー、気の毒だが、俺にどうしろと……」


「魔神様!」

 別の女性も駆け寄ってくる。

 赤ん坊を抱いた母親だ。

「この子を立たせてくださいませ! 魔神様のお力で、早く働けるように! あの巨人のように大きく!」

 ……待て。

「そのうち歩くだろ……。あそこまで大きくはならないと思うが……」

「魔神様! 俺もお願いが……!」

 またか……。

「土が固くて耕せねえんです! どうしたらいいですかね! どうにかできますよね!」

 なんなんだ……。


 俺は便利屋か、市役所の相談窓口か?

 恐怖とは力なのだと、わかった。

 村は、その力を求めている。


 わさわさと囲まれた。

 唯一の収穫は村の人口がわかったことか。

 集まってくる者、遠くでうかがう者、村長である老人やメナ……。

 三十人に満たない。


 村落として考えても、かなり小規模のようだ。

 しかし逆に、それくらいはいながら、この生活水準をなんとかしようとしないのか?


「なあ……。みんなでなにかしようとか、計画を立てないのか? 例えばだ、山賊に対抗して村を守るとか、畑を広げるとか。住居だって、力を合わせたら建てられるだろう?」

 働かない夫やらは知らんが。


「そんなこと、できねえです!」

 村人が首を振る。

「抵抗すれば仕返しを受けます。畑を広げれば奪われます!」


 村長が言う。

「怯えて暮らしている、とお笑いでしょうで。そうやって生きてきたのですから、これからもそうしていくのが良いかと思いますで」

「……井戸も枯れたままのわけだ。よそ者が口を出すことでもないと思う、思うんだが、なにかしら別の方法があるだろ……」

「別のとは」

「メナを……子供を巻き込むな」

 しん、と村が静まる。

 ただただ雲が白い。


 不幸慣れだ。

 仕返しされるからなにもしない。

 作っても奪われるから作らない。

 そりゃあ働く気も失せるわけだ……。


「……魔神様のおっしゃることは、昔を思い出すでござますで。さすがは魔神様でござますで。昔は村にも人が来まして、そういったことをしていたんでござますで」

 村長が遠い目をする。

 涙……か?


 いや、目ヤニだった。

「……ちなみにだが、昔はまだマシだったのか?」

 よくある、昔はよかった、か?

 それとも、本当に衰退したのか?


「……はい? ああ、わしが村長でござますで」

 老人は耳に手を当てる。

「昔の村をしている。……耳が遠いのか……」


 目ヤニが山をさす。

「山を越えてで、向こうの国……クラウ……なんていったでか。あん時は物も売ってましたで。野菜を育てて、リンゴも今より採れてで。山あいまで持ってったでござますで」

「今はしないのか?」

 聞こえているのかいないのか、村長は続ける。


「売れたときはぜんぶ売るで。食えるもんは食うで。種がなくなったでござますで。そん時にはもう、旅人もありませんで。それで今はなんも……魔神様に捧げるもんも村にはござませんで」

「俺はなんもいらんが、別の産業でも考えなかったのか?」

「……大根ももっと太かった。ジャガイモももっと肥えとったで……」

 聞いていない。

 当時から頭にない、と見ていいのか。

 廃れるわけだ。


 村の子供が、すでに干からびたような大根を持ってきた。

 捧げものだという。


「いや、ありがたいが。貰うわけにはいかない。……あー、余計なお世話だと思うが、肥料が足りないんじゃないのか?」

 いや、種の問題か?

 専門家でもないからわからないが。

「育ってから抜けと言ってはいるで、誰かしら抜いていくんでな。種芋もなくなるで」

 村長の言葉に、村人のいくらかが目をそらした。


 いつの間にか座談会だ。


 俺はなにをしに来てるんだ。


「……家は修理しないのか? 土の壁も、あれは家屋か? 工事の途中か?」

「崩れるんだよ。あれ以上は積めん」

 村には若者も、いるにはいる。


 推して知るべしというか、全体的に体臭がきつい。

 それと、なにをしてくれ、とすがってくる。


 それとなく手で鼻を覆った。

 そうして考える素振りで話す。

「……あー、(わら)を混ぜたりして強度を高めるんじゃないのか? 板で挟んで押し固めて……。なんだっけ、版築とかいったか……」

(わら)がどこにあるんだ?」

「草で代用してみたか?」

 誰もなにも言わない。


「……じゃあ、木はいくらでもあるだろう。組んで建てたらいい」

(のこぎり)がない。古くて切れねえんだよ」

「働けばのども渇く。水を飲んだら腹も壊す。やっとみんな腹痛から治ったばかりでな」

「生水……に当たったんじゃないのか? 川の水を飲んでいるのか?」

「上澄みだけだと足りませんで」


 ……なんだろうか。話していると、いらいらしてくる。

 家を建てても腹はふくれない、と中年の男が言った。


 メナがちょこんと座って聞いている。

 これはじゃあパンツが見え……ノーパンだ……。


 村には下着もないのか。

 それとも、この世界の文化なのか。


 このくらいの年頃だと、学校に行ってるものだろうに。

「……みんなに聞くが、本を読んだりはしないのか……?」


 誰も返事をしない。

 村長にこそりと尋ねる。

「……読み書きができるのは、どのくらいなんだ?」

「おりませんで」


「……決めた」

 立ち上がる。


「メナ、行くぞ」

 つられたように立ち上がるが、返事はない。

 手を取って村人に背を向ける。


「旦那さま……?」

 こんなところにいてもメナの未来はない。

 いや、一歩ちがっていたら、もう終わっていたのだ。


 森の動物だってもっと賢く生きている。


「街だ。街へ行こう。そこで暮せばいい」

「旦那さま……なんか、こわいです……」

「自由に暮らすんだ。勉強して……本を読んだり遊んだりだ。働くのはそれからでいい」

「本……なんて読めないです……」

「これから覚えたらいい。メナ。そうするべきだ。そうするんだよ。ここだと幸せになれない!」

 俺がそうしたい。


 メナは怖がっている。

 新しい生活に。生まれ育った土地を離れるのに。


 いや、ちがう。俺にだ。


 手が震えている。

 怯えて縮こまっている。

 今にも泣きそうな、泣いてくれたほうが、まだましかもしれないほどにだ。


 メナの考えを聞いていなかった。

 自由に、と言っておいて、それはないだろう……。


「……メナ、お前はこの村で暮らしたいか?」

 なにも言わない。

 これまでにこの子は、なにかを選べたことがあったのだろうか。


 この貧しい村で、惨めな暮らしで、文明に見捨てられたような生活で。


「俺が、なんとかする……。だから、メナがどうしたいか、聞かせてほしい……」



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