風前の灯は今一度灯る
母が「急用がある」と言い一週間が経った。
いつもの様に朝に起こしてくれる母の姿はない。
花弁に植えられていた花はいつも母の手によって水を交換していたが、母が来なくなってから水を無くし、下へ下へと萎えていく。
いつもとは違う光景に誰でも驚くだろうが彼は無表情に窓を見る。
窓にはいつもの様に陽の光が差していた。
その光景は別に美しい訳ではなく、ただ光が差している光景だ。
何の変哲もない光をベティーはじっと見つめる。
「ケホッ!ケホッ!」
ベティーは突然咳き込み、口を手で覆い胸を抑える。
咳き込んだ事で痛みが生じたのか胸を抑える彼の顔は苦しそうであった。
覆っていた手を見ると血が付いていた。
誰かの血ではなく彼自身から出てきた血である。
「はぁ…………はぁ…………母さんはいつ帰って来るのだろうか……そろそろ限界なのだけど……ケホッ!ケホッ!」
先程と同じように咳き込み血を吐くベティー。
「母さん……冷たいよ……体が氷になったように冷たいんだ……早く……早く……帰ってきて……」
彼は自分の枯れ木の様な細い体を自分自身で抱き締める。
「温もりがないよ……もっとだ……僕に暖かさを頂戴……」
彼が寒そうに自分自身の体を抱き締めている中、部屋の外から足音が聞こえる。
「……違う……」
ベティーは足音で来訪者が母ではない事を瞬時に理解した。
「ガチャ」と扉が開き、母ではない知らない男がこの部屋に入る。
「ベーティス・アイニッヒ様でしょうか?」
男はベティーに礼儀正しく自分の頭を深々と下げ尋ねる。
「はい……貴方は誰ですか?」
「私は貴方のお父様に奥方の探索を依頼された冒険者です」
「父さんが依頼された冒険者の方でしたか……母さんは見つかりましたか?」
ベティーは優しく微笑み尋ねる。
「え、あ、はい……お母様は見つかりました」
母が行方不明になっていたというのベティーの反応は薄かった。
ベティーの冷たい反応に冒険者の男は多少驚くがすぐさまに態度は戻る。
「母さんは無事なんですか?」
行方不明だった母が見つかった事にも全く驚きを示さないベティー。
「それは……」
冒険者の男は母の無事の報告を何故か躊躇った。
「聞かせて下さい……母さん……母は今どうなっているんですか」
ベティーの言葉に冒険者の男は覚悟を決め、口を開く。
「お母様は……無惨に殺されていました……」
冒険者の男は目を伏せ、言う。
「何者かに惨殺された後に魔物に食い散らかされていました……」
「……そうですか……」
冒険者の男の報告にベティーは表情一つも動かない。
「ご報告ありがとうございます……もう十分なのでお帰り下さい」
ベティーは優しい笑みを浮かべ、冒険者の男に帰るように促す。
「……調べないのですか……」
冒険者の男が小さい声で、されどベティーが聞こえる声で呟く。
「しませんよ。僕には冒険者に依頼するほどのお金を持っていないので……」
ベティーの言葉を聞き、冒険者の男はやりきれない顔で部屋から去っていく。
冒険者の男の足音が遠くなりベティーは独り呟く。
「母さんは死んでしまったか……はは……やはり何も感じないよ……感じるのはさっきより体が冷たいぐらいしか感じられない……はぁ……はぁ……もう疲れたな……寝よう……」
「ああ……きっと全部夢なんだろう……本当はアイリスと結婚して幸せになり孫を作って母さんを泣かしているはずさ……そうじゃなきゃ、こんなのは可笑しいよ」
ベティーの体が氷よりも冷たくなる。
「ああ……そうか……これが夢ならば、もう覚めようか……」
瞼を閉じ、彼はまるで死んでるかの様に眠った。
面白い!と思った方は感想、レビュー、評価、ブクマ等、宜しくお願いします。