貪リ喰らう時
お待たせしました。今回長めです。
赤龍はレイアの技によって生まれた炎に呑まれ、炎と共にこの世から完全に消え去った。
だが、赤龍が残した傷跡は大きく、至るところに暴れた後や業火に燃える木々達、鬱屈とした印象を与えていた森は地獄そのものに変わってしまった。
見渡す場所、全てが酷い惨状だが最も酷かったのは龍の息吹が放たれた場所であった。
地面は抉れる様に溶け落ちており、放たれた場所から先はまるで最初から何も無かったかの様な有様であり、途方に暮れるほどの距離まで龍の息吹は全てをかき消した。
「くッ!……」
赤龍の激闘を制したレイアは紅の剣を杖のように地面に突き刺し、ぐらりと揺れる自分の体を支える。
額からは汗がタラタラと垂れており、息が乱れ、苦しそうにしていた。
「大丈夫か!レイアッ!」
苦しそうにするレイアの姿を目の前にしていたギールはすぐさま近くに駆け寄る。
「……ハァ………ハァ………ごめん……少し…魔力を使いすぎちゃった……ハハ……」
苦しそうに息をするレイアは心配するギールに向かってぎこちない笑顔を向ける。
いつも彼女がする笑顔とは違う引きつったような笑顔だ。
「……バカが………心配させんじゃねえよ………」
レイアのぎこちない笑みを見たギールは目を伏せ、レイアに愚痴るが優しく体に触れ、彼女の肩を背負う。
「……へへ………僕の事、心配だった?……」
「………当たり前だろ…………言わせんな……」
「……うれしいなぁ………頑張って良かった……今なら死んでも良いかもしれない……」
「………冗談でもそんな事言うんじゃない……」
ギールはレイアの額に軽くデコピンをする。
「イテッ………ハハハ…そうだね……少し冗談が過ぎたよギール。ごめんね…変な事言って……」
「…………………その"剣"…大丈夫なのか?……」
ギールはレイアの手に持つ紅の剣に視線を向ける。
赤龍と戦っていたときよりも赤く発光していないが紅に染まる剣。
「……もうそろ…時間切れかな……」
「…もう……使えないのか?……」
ギールは何か思い詰めるように目を伏せる。
「……どうだろう………まだ、わからないかな…使えないかもしれないし………また使えるかもしれない………」
「………もうあの"剣"を使わないでくれ…レイア……」
ギールはレイアに目を合わせ訴える。
「……でも、この剣が無かったら僕達は―――」
「……やられていた…分かっている………だが…それは……それは!……」
「ああ……そうさ…"あの時"の剣だよ。これは……」
レイアは紅の剣を前に掲げる。
何を思っているのか分からない彼女の美しい瞳は紅の剣を映す。
「もう……"あの時"とは違う、僕は完全にコイツをこの戦闘でコントロールできるようになった……前とは違うんだよ…ギール……」
「違う!…………俺はその剣を持つお前を見たくないんだ……」
レイアの言葉を否定し感情を珍しく露わにするギール。
「……どうしてもギールは拒否するんだね……」
「…………」
悲しそうに目を伏せ言うレイアをギールは無言で肯定する。
「……ごめん………できないや…ギール……僕達の目標の為にコイツはいる……」
「ッ!今までみたいに俺達が力を合わせばいいだろッ!……その剣が無くてもできる!」
「そんなの遠回りしているだけだよギール……コイツを使うだけで早く終わるかもしれないんだよ?……何を躊躇っているの?」
「……それは………」
何かを言おうとするギールだがその一言は出そうとしても出す事は彼にはできなかった。
「………大丈夫…僕がギールを"守る"……何も心配はいらないよ……」
「……ッ…………」
「………こんな話をしても無駄だよ……それよりもベティーを探さないと……」
「そう…だな…」
ギールはレイアの腕を肩に背負いながらも進む。
「……お前は此処で休んでろ…大量の魔力消費で疲れているだろ…」
「…そうだね……そうさせて貰うよ…悪いね……」
俺は戦闘で消費したレイアを休ませる為、適当に地面に座らせる。
「……奴は俺が探す…お前はここで留守だ……」
「はいはい…わかったよ……行ってらー……」
若干、レイアの態度にイラッとしながらも俺は奴の探索に戻る。
(あの時、俺は何もできず声しか掛けれなかった。赤龍を前にして心が臆した。恐怖を思い出した。限界を知った。絶望を思い出した。冒険者の中で高位であるSランクの俺が……ただレイアがやられるのを見る事しかできなかった……)
俺は歯をギシリと噛み。拳を強く握り締める。
(なのに……奴は赤龍の攻撃を無謀にもレイアを守る為、自らの命を犠牲に防いだ。俺よりも下の下のランクなのに……知り合ったばっかの冒険者に命を預けるなんて事はない。冒険者ギルドで管理されているといえども冒険者は人、ゴーレムみたいに感情がない訳ではない。クエストの最中に裏切りに合うなんて事がある。よほど長い時間を過ごした仲でない限り命どころか背中を預ける事さえもできないはずなのだ……だが、奴はほぼ見ず知らずとも言っていいレイアを救う為に自分の命をなげうった…)
俺はその事に関して強く思う。
(……俺は何もできなかった…大切な存在を守る為に命を捨てる事を……)
俺は悔しかったのだ自分を恥ずかしく思った。何をしているんだ!ふざけるな!心の中で強く叫ぶ。
(俺は大切な仲間を…大切な幼馴染を守る事をできなかった……ただ、その怯える幼馴染の背中を見る事しかできなかった……)
握り締めていた掌に血が滲む。
(決めていた筈なのに!……あの時から覚悟を決めていた筈なのに!!……)
俺は悔しさに身を震わせながらも記憶を頼りに道を進む。
レイアが赤龍に襲われた場所。俺は周りを見渡しなぎ倒されている木々の元へと向かう。
赤龍の尻尾に貫かれていた奴は物凄い力で乱暴に尻尾を振り回られせ吹き飛ばされた。
(…ここか……)
草木の道を進みながらも目的の場所にたどり着く。
だが、
「いないッ!?」
そこには人一人が倒れている跡があった。至るところには血が飛び散った後があり、倒れていたと思われる場所には血溜まりができていたのだ。
そこにいる筈の奴は居なかった。
(遠目からでも重症だと判るほどの怪我だというのに身体が消えていた。あの身体で動く事は不可能。誰かが運ぶか……それか………)
「スキルか!?」
(まさか!?奴は死んでいないッ!スキルを使用して何処かへ………ッ!)
俺は嫌な予感を感じなからも急いで道に戻る。
距離としてはそこまで長くない道のりのはずが何故か長く感じる。
「ハァッ!……ハァッ!……」
今までに無い程に俺は全力で走る。
息が乱れて呼吸が苦しい。肺が痛い。空気が回っていないのか頭が痛い。視界が白と黒に瞼を閉じる度にチカチカと景色が変わる。
(レイアッ!レイアッ!レイアッ!)
大切な人の名を心の中で叫ぶ。
何故、置いて行った。何故、側に居てやらなかった。
自分を責める。
やがて近くにあった見覚えのある木を見つける。
(そろそろだッ!急げッ!俺!速く!!)
ただでさえ急かしている自分を更に急かす。
「?……どうしたのギール?そんなに汗びっしょりで走って…なんかあった?」
そこにはいつもどおりに佇み不思議そうにこちらを見るレイアの姿があった。
「ハァ…いや……ハァ……何でもない…それより……」
俺は安堵して呼吸を整えながら先程の事を話す。
「何でもないわけないじゃん!?凄い汗だよギール!」
どうやら尋常じゃないほどの汗を流す俺の様子にレイアは混乱しているようだった。
「……いや、本当に何でもないんだ…そんなことよりも奴が――――」
グチュリ
「ガッ!」
何か生々しい音が聞こえた。
俺の乱れる呼吸ではない。森の生き物が枝を踏んだ音ではない。
グロテスクな"何かの肉"を抉るような音がレイアの方から聴こえた。
「ベ…ティー……?……ゴホッ!……」
目の前には後ろからニヒルに嗤う奴によって腹を抉られている俺の大切な幼馴染が、口から血を吐き出しながら驚愕の表情を浮かべていた。
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