私はいらない婚約者
とにかく追い詰められた人間は正常な判断がつかないっていううののテンプレ系ヒロイン
この話だけだと追い詰められ切った彼女の思考しかないのでその周りの状態や真実が一切出てこない。
気が向いたら、別視点などを書くかもです。
7月1日追記
第3王子視点や話がわからない、落ちがわからないなどコメントをいただきました…。その通りです、申しわけありません。設定を忘れない程度に書いたもの(何も見えていないヒロイン視点)になっているので、第3王子視点や、他の関係者視点など視点転換の上で全容がわかるように話を続けさせていただきたいと思います。非常に書くのが遅い為お時間をいただく形になるかもしれませんがよろしくお願い致します。
「あの人、恥ずかしくないのかしら。どうどうと王宮の廊下を歩くなんて。」
「詐欺師娘でしょう?あの娘を生んだばかりにユーフィリア様はお隠れになったと聞いていますわ。」
「まあ!あの淑女の鑑、社交界の白百合ともいわれたあの方が!」
「なんであの方が第三王子殿下の婚約者なのかしら。」
「あの瞳、何かしらかの術で奪ったに違いないわ!」
酷い、言われようね。
ぼそり、と口からこぼれた言葉はショックを受けたような響きはなく、ただからっぽでとてもむなしく響いた。
でも、無理もないわ。だって、自分の意志ではなくても、この瞳に浮かぶ紋章と数字はそれがあるだけで、その立場を指してしまう。たとえどんなに私がそれが間違っていると認識していたとしても。
この国の王族には生まれながら婚約者がいる。
というのも、これは世界の在り方の都合上だ。
世界は覚醒世界、幽玄世界、神聖世界の3つで成り立っている。
人が存在するのは覚醒世界と幽玄世界で、神聖世界には神々が暮らしているらしい。
神々の世界の代表者が、覚醒世界に生まれる予定の王族の魂を、まっさらな状態で幽玄世界に送る。
王族の魂には一定の性質があり、ただ一人だけを愛するというものだという。
その魂の性質で一人の伴侶を選び、むすばれて生涯を終えた後、その記憶を持って覚醒世界に生まれる。
その数年後幽玄世界での伴侶の魂を持つものが、覚醒世界に左目に王国の紋章と右目に対象の王族の数字をもって生れ落ちる。
基本的に幽玄世界での記憶を持っているのは王族とその伴侶のみだから眉唾ものとされてもおかしくはないのだが、過去の王族の婚姻相手は基本的に幸せになっているのもあってほぼすべての覚醒世界の人間が幸せになっている状態だった。
私は、どうかというと。ある意味では真実であり、例外は存在するのだな、といった感じだった。
小国の侯爵家に生まれた長女は左目には覚醒世界の小国の紋章、右目に③の数字が入っていた。
しかし、それを聞いたその小国の第三王子が「否定」した。
母はそのショックで倒れ、そのまま儚くなったという話で、母を溺愛していた父は私を憎んでいる。
まぁ、否定されるのも無理はないとは思う。
幽玄世界の記憶、王族の伴侶でないものは持たないはずのその記憶が私が第三王子の伴侶でないことを証明しているのだから。
幽玄世界の記憶を持つ私はそのことを誰にも言ってはいない。
というのも幽玄世界で私は29歳独身のOLのまま死んでいるからだ。
神々の過ちなのか、何かしら彼の陰謀でもあるのか。
わからないけれど、思ってしまうのだ。
なぜ、私が、と。
いっそ本当に伴侶だったらよかったのだ。
なのに、第三王子は「絶対にありえない。」と言い放ち、今までにない事態に困惑しつつも最初は様子見をしていた周りの人間も、何らかの陰謀で本来の伴侶から奪われたものではないか、と考えだす人が増えて行った。そうしているうちに第三王子に懸想する令嬢も出てきて、今は針の筵だ。
のぞんでこの瞳を持って生まれたわけではない、私の責任ではないのになぜこうも責められなくてはいけないのか。…でも本当はわかっている。王族の伴侶、正しい伴侶が王族と婚姻に至ると伴侶の瞳の紋章が変化し、それを持つものが国にいると国が豊かになるから。その貴重な伴侶という立場に偽者がいるなんてあってはならない。紋章も格付けされていて今のところ、この国にいる王族の伴侶が持つ紋章が全員格が低すぎて他国の格が高い伴侶を持つ国からの圧力に負けているのもそれに拍車をかけているのだ。
何より、第三王子であるユリウス殿下の視線がつらい。
最初は睨まれていているのかと思って、つらいのは私の方だと、睨み返していたのに。
ある時、王宮内を歩いていた殿下と、ふと視線が合ったとき、ふい、と視線を外されて再度こちらを見たときの瞳に見覚えがあった。
あの目は、私だ。
お父様に、お母様が死んだことをなじられた時のお父様の瞳に映っていた私の目だ。
すとん、と心の中に答えが出ていた。
私は、そうか、殿下を傷つけていたのか、と。
そうだろう、本当なら伴侶を見つけて、幽玄世界で一生を共にした相手と再会して幸せになって、王子として伴侶との結婚で紋章の加護を国にもたらして貢献するはずだった人だ。
なのに、伴侶に会えず、別人がその証を持って存在し、王子としての責務も果たせない、何のための第三王子なのかと、思わないはずがない。
周囲の評価は誰にでも優しく気遣いのできる優秀な王子だと、されているのだから当然だ。
もう少しで伴侶と王族が結婚する規定の年齢になってしまう。
だからそれまでにユリウス殿下を解放してあげなくてはいけない。
本当の伴侶にこの証を返して差し上げなくてはいけないのだ。
誰にも、そう、だれにも望まれない私が消えればいいのだ。
この証さえ返却して消えてしまえれば。
「大丈夫、大丈夫よ。」
怖くなんかない、当たり前にあるべきものをあるべき形に戻すだけだ。
『そのまじないによって得た過ちをただす方法はただ一つ、瞳をつぶすことだけでしかできないわ。』
そう、彼女が言ったから。いつもユリウス殿下と幸せそうに話をしている彼女が言うのだから。
本物の伴侶であるべきだった彼女に帰すために必要なのだ。
「もっと早くに気が付けばよかったのに、馬鹿みたいね、私。」
人が来ないようにトイレの個室に入ってナイフを両手でつかむ。
両方確実にやらないといけないから、一回やった時点で動けなくなったらダメ。
かといって両方同時なんて力が足りない。
仕方ないから魔術で腕が動くようにしておこう。
殿下は褒めてくれるかしら…いえ、それはない気がする。もっと早く返してくれればとののしられるかしら。
でも、きっと。
「幸せになってくれるわ。」
私という存在で傷つけてしまったあの、悲しい人。
ぐちゃり、と音が聞こえて、左目が熱くてたまらなく苦しくなる。
でも動けなくなることはなくて、間髪入れずに右目も熱くてたまらなくなる。
でも、もう大丈夫。これで、終わったはず。
だから、
「さ、よ…な……ら……。」
遠くで誰かの悲鳴が聞こえた気がしたけれど、そのまま私は意識を失った。
誰かの話しかけてくる声で、ふと意識が浮上した。
けれど、だれの声なのか認識ができない。
さて、私は何をしていたのだったか。
ああ、そうだ。確か瞳を———。
「わ、たしは、う…まく…、できま、した、か…?」
もしそうなら、褒めてください、ユリウス殿下。
それが、口に出ていたなんて。それを聞いていた人たちがどんな反応をしていて、そこに誰がいて、
状況が全く変わっていたことに何も気が付かないまま、私はまどろみに身をゆだねた。
私はいらない婚約者。
(だから、これでよかったの。)
何も知らない少女は、まだ何も始まっていないことすら知らない。