誘い 2
そんな悪ふざけも折り入れながらも楽しく談笑していると、
「えっ、げんぷくのぎ?」
「そう、元服の儀。
簡単に云うと、“大人達の仲間入り宣言”みたいなものよ。」
「・・・って事は、
この儀式で正式に綾音ちゃん達が“精霊士”として認められるのね?」
「まあ、協会の方には既に登録されているのだけど、しきたりだからな。」
そう、麗華と千穂の会話の中から聞こえた言葉に、麻里は素っ頓狂な声で
尋ねると、隣にいた夏美から解りやすく教えられ、それに由香里が、儀式の
意味合いを読み取って確認すると、伸明が簡単に補足する。
この“元服の儀”は、満十五歳を迎えた子供達が武士社会への“大人入り”する
為の儀式で、何処の武家でも行われているのだが、“鷹城”は他の武家とは
少し違い、儀式の中で精霊巫女の加護も含まれる特殊な形式なのである。
そんな説明を優磨から聞いた由香里と麻里は、“何か神秘的!”と、
感動していると、
「・・・ねえ鷹城君、その精霊巫女の加護を受けると何か違いが出て来るの?」
「・・・まあ、領土内で迷子になる事は絶対にないな。」
「・・・それだけ?」
「・・・まあ、あるにはあるが、これ以上は教えられん。」
と、“巫女の加護”について気になった事を問う由香里に、それに最初は障りの
ない所を教えた優磨だが、再度問う由香里の追及に何かを察した為に、敢えて
“関係者以外は”と云う言葉を含む様に伝えると、“深入りし過ぎて御免なさい”
と、立ち入りし過ぎた事に由香里は頭を下げて謝罪する。
すると、
「・・・見たいなぁ、その儀式。」
そう、優磨と由香里の会話を全く聞いていなかったのか、
思わず呟い出す麻里に、
「そんなの無理に決まっているでしょ。」
「まあ、気持ちは解るが、こればかりは如何しようもないわな。」
と、当然、皆から窘められ、麻里も解っている為に“だよね”と、舌を出して
苦笑するのだが、
「・・・良いぞ、観に来ても。」
そう、優磨から発せられた意外な言葉に、麻里や由香里は勿論、竜哉達まで
目を丸くして驚き出し、保時に至っては飲み掛けていたジュースを吹き出す程で、
「ちょ、ちょっと優磨! 本気なの?」
「幾ら当主だからって、そこ迄勝手にやったら皆から怒られるぞ!」
「それ以上に、門下でない者が、列に並ぶ訳にはいけないでしょ。」
と、当然の如く、麗華・竜哉・梓が声を荒げて止めに来るが、
「当たり前だ。
そんな事をしたら、幾ら俺でも怒叱られるに決まっているじゃないか。」
「・・・じゃあ、如何いう事?」
そう、“ごもっとも”と、言い放つ優磨に、凛が“訳が解らない”と、
首を傾げながら問うと、
「 “元服の儀を観たい”からと云って、どうでも参列しなければならないか?
別に“外”からでも観る事が出来るだろ? そう云う意味でOKしたのだがな。」
と、説明する優磨に、竜哉達は“外?”と、まだ理解出来ずに首を傾げるが、
伸明だけは解った様で目を少し見開き、
「・・・成程、・・・廊下なら。」
そう、優磨の顔を見ながら応えると、竜哉達もようやく理解出来て
納得し始める。
「まあ、観客席みたいに高くないから見えにくいかもしれんが、
それでも良ければ、観に来ても構わんぞ。」
「・・・本当に良いの?」
「前例がないから“初”の試みだが、当主たる俺の“許可済み”って事で通す。」
と、優磨からの説明に、今一度確認を取る麻里だが、当主たる優磨からの発言に、
麻里と由香里は顔を見合わせて喜び始めるが、
「・・・って、誘っているのは良いのだけど、
この儀式、今日の夕方からなんだけど・・・二人共、大丈夫?」
「えっ⁉ 今日の? って、何時からなの?」
「えーと、一応の予定では五時からだな。」
「ちょ⁉ 五時って、それじゃ全然時間がないじゃない!」
そう、少し首を傾げながら補足する凛と零次に、“儀式は明日”と思い込んでいた
麻里は、急に驚きの顔に変わって端末取り出して時刻を確認しながら確認するも、
「で、もう一つ付け加えるなら、
一時間前には駅の方に来てくれると更に助かるのだが・・・」
「えっ⁉ 一時間前って、もっと時間がないじゃん‼」
と、ここに優磨からの“後出し”的補足を聞かされた麻里は、眉を引き攣らせ
始めるが、
「・・・ちょっと良いかな。 先から気にしていたんだけど、
泊まるのだったら、まずは親の方に了解を取った方が良いんじゃない?」
そう、今迄黙って聞いていた高弘が、根本的な部分を指してとどめを刺すと、
二人は“そうだった‼”と、目が点となり数秒固まった後、急いで端末を取り出して
由香里は外へと出て行き、麻里はその場でと、二人は家へと掛け始める。
それを見て、
「・・・先輩達、来る気満々だね。」
「・・・何で、こう云う事になったの?」
と、あっと云う間に話が進んだ為に、思考が付いて行けない(綾音と鈴音以外の)
大輔達一年生は、必死で説得している麻里を見つめながら呆然とした顔で呟き
始め、そんな一年生達を見て、響は手で口を押え、声を押し殺しながら
笑っていると、“ちょっと、響”と、凛と零次が手招きしながら呼び、
席を立って二人の方へ行こうとすると、
「ちょっと、鷹城君! 」
そう、急に麻里が優磨を呼び、それに注目すると、
「直接、鷹城君からお爺ちゃんに説明して貰った方が早いから。」
そう、言いながら端末を優磨に差し出す麻里に、麗華達は
“えっ⁉ お爺ちゃんって、あの栗原玄斎?”
と、驚き始めるが、差し出された優磨に関しては、何故か少し笑みを見せており、
その顔を見て伸明は何かを察した様で少し笑みを見せると、その顔を見た
大輔達一年生は首を傾げる。
そんな中で、優磨は“麻里のお爺ちゃん”こと栗原玄斎と話始めるが、突如、
「あっ⁉ 」
と、大きな声が聞こえ、そちらに皆が注目すると、その声の主は響で、
口を開いたまま固まっているがその顔は引き攣っており、見る見るうちに
血の気が引いて蒼褪めて行く。
「・・・ど、如何しよう?」
「・・・まあ、気付かなかった響が悪いのだから、
ここは覚悟を決めた方が良いわね。」
「はあ、ここ迄隠し通して来たのに・・・」
「こうなった以上、腹を括れ。」
そう、落ち込み出す響に、肩を叩きながら凛が諭し、その横から零次が
締め括ると、響はがっくりと項垂れて席へと戻って来る。
その状況に、洸達は“何があったのか?”と、聞きたかったのだが、それ以上に
優磨と玄斎の会話が気に掛かる為に、如何してもそちらの方に意識が集中して
しまうのだが、その状況は、数十秒後に(一年生達にとっては)最悪の形へと
変わる。
玄斎との話が終わった優磨が麻里に端末を返して、それを受け取って
少し会話するが、終わって端末を切りながら、
「やったー‼ “OK”取れたよ! 鷹城君、有難う!」
と、満面の笑みを見せて喜び出す麻里を見て、(綾音と鈴音を除いた)
保時達一年生は、門下以外の者が見学する事が現実となった為に、
何処となく顔が引き攣っており、
「・・・ちょっと、如何しよう? 何か、緊張してきた。」
「わ、私も。」
そう、恵と千穂が悲壮な顔を見せて話していると、
「・・・はあ、もう、こうなったら“なるようになれ”だ!」
と、突然、響が開き直ったかの様に大きく深呼吸しながら言い放ち、それに驚いた
麻里が“何が?”と、問うも、“後で解る!”と、憮然とした表情で応えられ、
それ以上聞く事が出来なくなった麻里は、眉間に皺を寄せて考え始めるが、
ここでまだ戻って来ない由香里の事が気になり出す。
「由香里・・・駄目なのかな?」
「・・・お嬢様だから厳しいのかな?」
「ん? でも、あの顔付きからは、駄目の様には見えないけど・・・」
「・・・確かに。」
そう、入り口の外で未だ会話中の由香里を見て、麻里と響は心配し出すが、
時々笑みが見える由香里の顔を見て、夏美が否定すると、二人は納得しつつも
“なら一体?”と、首を傾げ出す。
そして、数分後。
ようやく話が終わったらしく、由香里が中へと戻って来る。
「・・・如何だったの?」
「ん? 勿論、OKだよ。」
と、心配する麻里に、由香里は微笑んで応え、それを聞いた麻里は満面の笑みを
見せて喜び出すが、
「それにしても、話が長かったじゃない? ・・・何かあった?」
そう、不思議そうに尋ねて来る響に、
「えっ⁉ ま、まあ、ちょっとね。」
と、由香里は途端にぎこちない応え方で目線を響から外すと、
― ん? こいつ、何やら企んでいるな。
そう、一年時からの付き合いで、由香里の挙動癖を見抜ける様になった響は、
敢えて聞かぬ振りをしながらも流し目を送り、それを見た由香里も
“ばれたかな?”と、更に顔を引き攣らせながら、強引に麻里と会話し始める。
こうして二人は、承諾が取れた事を喜んでいる中、
「・・・何だかお腹が痛くなってきた。」
「・・・お、俺も。」
と、いよいよもって見学が現実となった事に、保時と洸の顔は少し蒼褪め始めて
おり、その二人の顔を見て綾音と鈴音が“大丈夫?”と、覗き込んでいるが、
如何も二人は、既に目が虚ろの様で、覗き込む二人が視界に入っていない
感じである。
そんな雰囲気のまま、由香里と麻里が“時間がないから‼”と、席を立つのを
合図に優磨達も席を立ち、お開きとなるのだが、
「ん? ちょっと修二! カバン!」
そう、鈴音の呼び止めに、虚ろな顔をして歩き出そうとしていた修二は、
慌てて振り返って取りに行き、千穂と二人で“やれやれ”と溜め息を吐くが、
その矢先、
「ん? おーい大輔。 何処行くの?」
「えっ?」
と、梓に呼び止められた大輔に至っては、飲み終えたジュースカップ等を載せた
トレイを持ったままトイレに向かう始末で、優磨達二年生はその姿に心配顔を
見せ始め、綾音と鈴音以外の一年生は、“緊張”と云う名の“泥沼”へ、皆の
期待に背く事なくひたすらに突き進んで行くのであった。
そして、店を出た一行は駅へと向かい、改札口を潜った先で、
「それじゃあ、後でね!」
と、由香里と麻里は家が反対方向の為、手を振って別れ、優磨達よりも電車が
先に来てそれに乗り込み、家路へと向かう。
この時代の電車は全て超電導リニアなのだが、最先端技術の電動機が使用されて
いる為に、発車して十数秒後には時速一六〇㎞で走行する。
その結果、防音と防風対策の関係上、駅を出て直ぐにガラス張りで覆われた
トンネルの中を走って行く事となり、地震以外の自然災害にも影響されない為に、
よっぽどの事でない限り、ダイヤが乱れる事も運休する事もない。
走り始めて数分後、何かを思い出した麻里が端末を取り出して、慌ててメールを
送り数分後、その返信が届き、
「へえ、そうなんだ。」
そう、返信の内容に納得している麻里に由香里が尋ねると、
「儀式を見るのに、制服の方が良いのかと思って響に聞いたら、
鷹城君の方で全て用意するから私服で来て大丈夫だって。」
と、教える麻里に、端末を覗き込みながら“至れり尽くせりね”と、由香里は
微笑んで応え、その後は“どんな夕食が出るのだろう?”等、夜の事で想像を
膨らませる二人は、かいわが弾んでいくが、由香里よりも家が近い麻里の
降りる駅に近付いた為に、
「じゃあ、向こうで待っているから、早く来てよ!」
そう、立ち上がって応える麻里に、由香里は笑みを見せて手を振り、麻里が
リニアから降りて一旦二人は別れる。
そして、一人になった由香里は大きく深呼吸して窓の外に見える景色を
見ながら、
― 初めてじゃないかな、あんなに鷹城君と話したの・・・
それに、家に行ける処か、“お泊り”迄出来る何て・・・
本当、麻里に感謝だわ。
と、声に出したい位の衝動を必死に抑えるが顔は自然に笑みが零れ出しており、
そんな自分に気付くと赤面して慌てて周囲を確認しながら俯くと、端末の
メール受信音が鳴り、取り出して確認するとメールは優磨からで、
【 領地へ入る為のコードを添付しますので、登録お願いします。】
そう、事務的なメール内容に、“えっ⁉ これだけ?”と由香里は
目が点になるも、
― 何か、鷹城君らしい。
と、端末を操作しながら、思わず笑みがまた零れるが、
― そう云えば、同級生達の中で“鷹城君の家に行った”って話、聞いた事ないな。
・・・もしかして、私達が高校で初めて?
そう、下を向いたまま考え始めた由香里はにやけ出しており、
― だとしたら最高だけど、行った事が暴れると大変だな。
と、全学年を通して、鷹城家門下の精霊士ファンは非常に多い事を知っている為、
公言したい気持ちと秘密にする気持ちとで葛藤し始める由香里だが、その顔は
にやけて緩み切っており、下を向いて髪で隠れているから良いようなものの、
もし見られたら真っ赤になって次の駅で降りる羽目になる程である。
そんな気持ちを躍らせながら由香里は自分の降りる駅へと
向かうのであった。