誘い 1
こうして始まった新学期であるが、翌、三日の金曜日は当然、昨日の一件で
持ち切りとなっており、登校途中から優磨達に駆け寄り、詳しい内容を
聞き出そうと生徒達からの質問攻めに遭うも、何とか凌いで
教室へと辿り着く。
で、こうなる事を予測していた優磨は昨日の内に校長と話し合い、
朝のホームルームを利用して校長が全校生徒に昨日の経緯を放送で
説明して貰い、優磨達のお蔭で大事になる前に抑えられた結果、
九条と安原は注意通告のみとし、今日は“反省”と云う意味で
休ませた事を伝えると、各教室からざわついた声が聞こえ出すが、
その後に続けて、この件については、これ以上事を大きくする事や、
九条達を揶揄する等の陰湿な行動を禁ずる事を少し強調して付け加えた
為に、この放送以降、二人の事を表立って非難する者はなくなり、優磨達に
駆け寄って聞き出そうとする者達も無くなった。
そして、昼の十二時過ぎ。
今日も午前中で終わる為、二時間目の授業が終わる也、生徒達の殆どが
素早い動きでカバンを取って教室を飛び出して行く中、由香里達三人は
普段と変わらず談笑しながら片付け始め、“じゃあ、また来週!”と、
まだ残っている女子クラスメイトに声を掛けて教室を出た三人は
玄関へと向かう。
「ねえ、今日こそは寄り道しない?」
「そうね、・・・昨日はそのまま帰っちゃったし・・・」
「じゃあ、決まりって訳だけど、・・・何処にする?」
そう、玄関を出た処で麻里から提案された由香里と響は、本来なら昨日行く
予定だった為に迷う事なく承諾し、中庭を歩きながら“どの店に行くのか?”
と相談し始めた時、
「あっ、響姉だ!」
「本当だ、ヤッホー‼」
と、一年生が使用する玄関から出て来た大輔達が響を見つけ、綾音と鈴音が
声を掛けながら走り寄って来て響に抱き付き、
「響姉、久し振り!」
「本当、久し振りだね、綾に鈴。
って、それよりも、入学おめでとう。」
「うん、・・・何か、綺麗になった。」
「そう? 有難う。って、二人共また背伸びた?」
そう、久し振りの再会を喜んでいる三人の横で、
「・・・本当、そっくりだね。 流石双子だわ。」
と、麻里が覗き込む様に綾音と鈴音を見ると、響は二人を麻里の方に向かせ、
一人ずつ頭に手を置きながら紹介し、それに合わせて二人は笑みを見せて
お辞儀する。
そんな頃には大輔達も来ており、響が続け様に洸から紹介して行き、
最後に大輔と恵が紹介されると、由香里の顔が一瞬硬直した感じに見え、
その顔を見逃さなかった大輔は、直ぐ様、周囲の霊力を探りに掛かるも、
― ん⁉ 四宮先輩の霊力が漏れ出ていないって如何いう事だ?
って、それ以上に、残留霊粉もないって・・・
まさか、封印しているって事⁉
そう、心の中で驚きの声を上げる。
本来、精霊を使役する者は、本人の意思とは無関係に精霊が周囲を飛び回る為、
その動いた後に残こる霊粉が付着して、そこから読み取る事が出来るのだが、
目の前にいる四宮由香里だけは、如何いう訳か精霊も感知されず、制服も
霊粉が残ってないのである。
そう云う事から精霊を封印しているのでは?と、推測するのであるが、例え、
少し前に精霊を封印したとしても、制服の何処かには霊粉が残っている筈なのに
その残留霊粉すらないし、そもそも霊力を封印すると云う事自体、精霊を強制的に
閉じ込め、押さえ付ける行為の為、普通ではあり得ない事なのだが・・・
― ・・・まさか、精霊開放口制御⁉
と、ふいに思いついた言葉に、大輔は更に心の中で驚きの声を上げる。
この“精霊開放口制御”とは、精霊を使役する初期の段階で体内に使役していく
精霊の出入り口を、自身の意識で強弱をつけて精霊の出具合をコントロールする
方法なのであるが、この技術は“鷹城の巫女”と呼ばれる乾家の技で、鷹城の中で
これを習得している者は、乾家の血が混ざっている大輔と、幼い頃より修練した
当主である鷹城優磨の二人しかいない・・・いや、もう一人いた。
― もしも、姉さんから習っていたとすれば・・・
そう、姉の霊力を察知した事も考えると合点がいくが、
― なら、何時、何処で姉さんと四宮先輩は?
と、姉が優磨と離れて単独行動していたと云う記憶もないし、学校も違う二人が
出会う様な接点も見当たらない為に困惑し始めた時、
「・・・け! 大輔‼」
そう、自分を呼ぶ声に気付いて意識を戻すと、いつの間にか竜哉達が来ており、
「おい大輔、大丈夫か? 先から呼んでいたんだぞ。」
「あ、・・・御免なさい。 ちょっと考え事をしていたので。」
と、ようやく気付いた事に竜哉は問い掛けると、本当の事をいえない大輔は
誤魔化すが、
「本当? 物凄く睨んだ顔で四宮さんを見ていたわよ。」
「えっ⁉」
「 “えっ⁉”じゃないよ。
先から先輩が“何か不味い事したのじゃないか?”って心配しているよ!」
そう、顔に出ていた事を隣にいた恵から指摘され、大輔は驚きながら由香里を
見ると、如何声を掛けたら良いか困って苦笑している由香里の顔があり、
「す、済みません先輩!
決して、嫌みや悪気があって睨んでいた訳じゃなくて、
本当に考え事をしていただけなんです、御免なさい!」
「そんな、気にしていないから謝らないで。」
と、大輔は慌てで深々と頭を下げて謝罪するが、そう云うつもりで困惑の表情を
見せた訳ではない由香里の方も、両手を振って大輔の謝罪を止め様と必死になる。
すると、
「・・・何か、二人共“水差し鳥”見たいだな。」
そう、大輔の後ろから発した声に振り向くと、その声の主は優磨で、
「この辺で終りにしないか?
二人して謝っていても仕方がないだろ。」
と、大輔の肩を叩きながら促す優磨に、二人は少し顔を赤くして納得するのだが、
先程、優磨の発した“水差し鳥”がツボに嵌ったのか、周囲の者達はクスクスと
笑い始めた為、二人は更に顔を真っ赤にさせて俯き出す。
そして、
「まあ、お詫びと言っては何だが、一緒にお茶でもしていかないか?
折角こいつらとも仲良くなったのだから。」
そう、“俺のおごりだ”と、気を取り直す感じで由香里達を誘って来る優磨に、
由香里は一瞬驚いて、“そんなの悪いよ、おごり何て”と、言おうとするも、
「えっ⁉ 本当?
流石、鷹城君! フォローはバッチリだね。」
「まあ、私達もお茶する予定だったから、丁度良かったよ。」
「んじゃあ、決まりだな。」
と、麻里と響が即座に反応して承諾してしまい、それを聞いた竜哉が“交渉成立”
と、麻里と握手を交わしてしまう。
その僅か十秒程のやり取りの中、大輔は自分が発端で始まった事なのに、
何故か周囲が盛り上がっている事に、何処か“当て馬”にされた感も見え隠れ
しているが、それを訴えたくても言える立場ではない為に、行き場を無くした
気持ちを抱えたままモヤモヤとしていると、肩に置かれたままだった優磨の手が、
“気持ちを切り替えろ”と云う様に軽く叩かれると、
― 優磨義兄さんは僕が考えていた事を解っている。
それをさせない意味で、“切り替えろ”と肩を叩いたんだ。
そう、優磨に叩かれた真の意味を読み取った大輔は、頭の中の考えを強引に
打ち消す為、皆には判らない様に大きく深呼吸して切り替える。
そんな優磨と大輔のやり取りの間、由香里も又、周囲の盛り上がりに
呆然しており、
「よかったね、由香里。 鷹城君のおごりだって。」
「そう云えば、優磨君達と外でお茶するのって初めてじゃない?」
「えっ⁉ ちょ・・・」
「そうだよねって、学校でも一回か二回くらいじゃない?」
「じゃあ、今日は先輩達と沢山話して友達になってもらおう。」
「ちょ、ちょっと・・・」
と、矢継ぎ早に話が進んで行く為に、由香里は右に左にと振り向くだけで
言いたい事が言えずにいるのだが、
― やったー‼ 鷹城君と話す機会が出来た!
そう、心の中で喜んでいる自分もいる為に、真剣に周囲の会話を止める気にも
なれず、表面上だけは困惑している顔でいると、
《 おい、由香里。 》
と、頭の中に話し掛けて来る者がおり、それが自身の精霊だと云う事が判ると、
― 何?
《 一応、報告しておくけど、
優磨と大輔は“精霊開放口制御”の事が暴れているぞ。 》
― やっぱり・・・
《 今更だが、“全消し”するよりも、古参と入れ替わっていた方が良かったな。》
― そうした方が良かったのね。
・・・それにしても、大輔君の方にも暴れるとは思わなかったわ。
《 おいおい、この“精霊開放口制御”は瑞季の母方である乾家の専売特許だぞ。
その瑞季の弟である大輔が知らない訳ないだろ。 》
― えっ⁉ これって鷹城家の技じゃないの?
そう、会話し始める由香里だが、精霊から詳細を教えられ驚く。
この話し掛けている精霊は、元・橘瑞季が使役していた精霊である為、
優磨達の事に詳しいのは当然の事で、この“精霊開放口制御”の技も
『鷹城の巫女』と呼ばれる精霊巫女の乾家が編み出した技であり、
その血を引く瑞季が出来ると云う事はその弟である大輔も当然出来る訳であり、
その技を見破る等扱く当たり前の事で、瑞季のパートナーであった優磨が
見抜いていたのも納得出来る為、“古参と入れ替わった方が良かったな”と
言われた事に、今更ながらに後悔し始めると、
「おーい、由香里! 何ボーっとしているの? 早く行くよ!」
と、声を大にして呼ぶ麻里の声にハッと意識を戻すと、皆は既に歩き出していて、
自分だけ置いてきぼりの様な状態になっていて、
「あっ、御免、御免。 ちょっと考え事をしていたわ。」
そう、笑みを見せて応えた由香里は、
― 今更悔やんでも、暴れちゃっているのだからしょうがない。
開き直る訳じゃないけど、気持ちを切り替えよう。
と、大きく肩で深呼吸すると、皆の許へと走って行くのであった。
学校の正門を起点とする一本道は、街の中心部を通って駅まで続いている。
元々は小さな田舎町で、二十四年前に三校が創設され、そこに通学する
学生の為に駅が出来た事により発展した比較的新しい街で、人口はおよそ
七千人程である。
駅前の通り沿いには、書店や文具店は勿論、精霊校特有の剣屋や鍛冶屋等、
学校関係の店も数多く立ち並び、それなりに賑わいを見せている。
そして当然、飲食店も・・・
由香里達三人を入れた“鷹城御一行様”は、駅前にあるファーストフード店で
昼食を摂りながら話に花を咲かせていた。
普段、平日の学校帰り等は席が開かない程賑わっているのだが、学校が
午前中で終り、おまけに週末と重なってか今日は人が少なく、優磨達は
二十人と大人数にも関わらず、難なく席を確保する事が出来たのだが、
それでも何人かは学生がいる為、
「嘘⁉ 鷹城君達がここに?」
「えっ⁉ 四宮さんも一緒?」
そう、優磨達“御一行”が店に入る也、注目を浴びる事となるが、普段から
そう云う視線に慣らされている為に、皆は平然と注文していく。
(逆にレジ担当者の方が優磨達や由香里の事を知っている様で、声が上ずって
緊張していた様な・・・)
そんな周囲の視線を気にする事なく、優磨達は軽い昼食を摂りながら談笑し
始めるが、最初はやはり由香里の話となるのだが、
「それにしても四宮先輩って、
全然“お嬢様”って素振りを表に出さないんですね?」
と、恵が珍しい生き物を見る様な顔で、由香里を直々と覗き込む様に尋ねると、
「 “凄いでしょ!”って言いたい処だけど、由香里はこれが“素”だよ。」
「えっ⁉ “素”?」
そう、由香里の横にいる響が教えると、恵だけでなく洸達も驚き顔となるが、
「お父さん達と一緒にパーティーに出た後なんか、
心の中では顔が引き攣っているし、
ホテルに帰ったら速攻でドレス脱いで、そのままベッドで大の時だよ。」
と、肩を竦めて小さく舌を出して応える由香里に、一同は“お嬢様でも人それぞれ”
と昨日の人物と比較しながら納得し出す。
(この時、少し顔を赤くした竜哉の顔面に夏美の拳がヒットしており、
これに気付いた者は伸明と高弘位で軽くスルーされているのだが、
実はもう一人、洸も何故か顔を少し赤くして俯いており、こちらは
全く暴れる事なく済んだのであるが、一体、竜哉と洸は何で顔が
赤くなったのやら・・・)
そして、今後は麻里の話題となり、最初に切り出したのは修二で、
「あの・・・栗原先輩。 先輩の家って、あの新代格闘術の?」
「あっ、気付いてくれた? やだ、嬉しい!」
そう、恐る恐る確認した修二だが、意外にも麻里が喜び出した為に、保時や
千穂は、“やっぱり、そうなんだ”と、納得しつつも驚きの顔を見せる。
修二の聞いた通り、麻里の家は空手や柔道に合気道、更には拳法と、
無手格闘術全般に精霊魔法を融合させた新武術『栗原流新代格闘術』と
云う流派で、現・日本国防軍の基本体術や格闘術は、『栗原流新代格闘術』
の始祖にして麻里の祖父である栗原玄斎から享受された技である為、既に
その基本体術や技の一部を習得している大輔達は、目の前にいる“本物”の
栗原流伝承者に尊敬の眼差しを送り、その目線を感じ取った麻里は、鼻高々と
“ご満悦モード”に入るのだが、
「けど、このレアな技のお蔭でダメなのよね。
スタイル的には、男子の好物なんだけど・・・」
「・・・ちょいと響くん。
私を “餌”か“生贄”の様な扱いにしていないかい?」
と、溜め息を吐いて残念そうに話す響に、少し不貞腐れた感じで麻里が
突っ込むものの、その内容に周囲の目線は、制服の上からでも良く判る麻里の
豊かな胸を凝視し出すと、麻里は赤面しながら両腕で胸を隠すが、この時には
既に一年生男子達も赤面している為、“もう、響が余計な事言うから!”と、
麻里は赤面したまま剥れ面になって、響に怒りながら皆に背を向ける。
(実はこの麻里の胸を見た瞬間、夏美と麗華、そして綾音と鈴音の四人が、
物凄い顔となって麻里を睨んでいた事等、誰も気付いていなかったのだが、
一体、この四人は如何して睨んでいたのであろう?)