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精霊士  作者: 円ひかる
第1章 運命
6/13

新学期初日 5

 しかし、そんな楽しい一時も授業後に来た男女数名の三年生により一挙に

不穏な空気へと変えられてしまう。

「お願い鷹城君、一回で良いから九条さんと対戦して!

 このままだとD組全員が・・・」

「 “D組全員”って、一体如何いう事ですか?

 そもそも九条さんはA組でしょ?

 それに、俺よりもまず啓介先輩達に言った方が早くないですか?」

勿論(もちろん)言おうとしたけど、どうも九条さんの策略らしく、

 C組の連中を動かして実技指導に連れて行かれて、その隙に・・・」

「・・・成程ね。」

と、授業が終わったと同時に由香里達に問い詰めが始まり、のらりくらりと

笑いながら楽しんでいた優磨達であったが、数分後、血相を変えて入って来た

三年D組の生徒数人が、優磨に助けを求めて来たのだ。

で、その内容は?と云うと、武家である優磨達“鷹城”の者達と山脇達の他に、

高校生の身で精霊士同士の死闘における殺害を合法的に許可出来る『精霊士』の

資格を持っている唯一の生徒、三年A組の九条真由美とそのパートナーである

安原直継がいるのだが、実はこの二人の資格は実力から取れたものではない。

 この九条真由美は、東海地区や近畿地区を中心に展開している

『九条コンツェルン』と云う大手企業の一人娘で、由香里と同じ

“お嬢様”なのであるが、どうも親のコネを使って『精霊士』の

資格を取ったらしいのだ。

 そう判断出来る理由が、大輔達も含めた鷹城の高校生達が『精霊士』資格を

取得した時の実力は、既に武家のトップクラスと同等のAAA(トリプルエー)ランクで、

誰からも文句のつけ様がない実力を有していたが、この九条真由美とパートナー

である安原直継と共に、二人の実力は高校生と云う立場ではAランクと高い方

だが、『精霊士』と云う“武家社会”の中ではごく普通であり、技や魔法の

応用力に判断力、それに実戦経験等を加えると全く世間で通用しないレベルと

なってしまい、裏に手を回して情報を仕入れた結果、父親が関係者に相当な額の

賄賂(わいろ)を渡して手に入れた事が判ったのである。

 そんな二人が普段から優磨達に、“実剣使用での模擬戦をして!”と執拗(しつよう)

張って来ており、竜哉達や同じ三年A組にいる 鷹城一門の“啓介先輩”こと

『水』の弓原啓介と、そのパートナー・奈良塚詩乃、そして『風』の篠塚美穂と、

そのパートナー・富田俊也の四名には、“当主の許可が出ない限り無理!”と、

断って全く相手にしないでいると、今度は当主である優磨に直接言いに来る様に

なったが、“模擬戦を張れるだけの実力を身につけてから来て下さい”と、優磨の

方でも相手にしなかった為に考え出された結果、レベルの差があり過ぎるD組の

生徒達に、『精霊士』の資格がある九条達が“実技指導”を行うと云う暴挙に出て、

当然、その事で止めに来るであろう啓介達にはC組の生徒達を扇動し、実技指導を

して貰う様四人に頼み込んで消えて貰うと、D組の生徒達は優磨に泣きつくと

判断し、結果、優磨が止めに来た際に交換条件として模擬戦を取り付け様と云う

魂胆(こんたん)なのであるが、

「ちょっと、やり方が汚過ぎない?」

「そうだよ、幾ら毎回断られているからって、

 そんな人質を取る様なやり方・・・」

 そう、少し考えれば誰でも分かる事に、麻里と由香里も悪列なやり方に

嫌悪(けんお)するが、優磨も顔を見られない様下を向いており、見るからに

怒っている事が理解出来る。

 だが、同時に何か考えている事も理解出来た皆は、邪魔をしない様(しば)らく

声を掛けずに待っていると、

「九条先輩は何処でやるって言っていました?」

「えっ⁉ ああ、ドームだよ。」

と、いきなり聞いて来た優磨に男子三年生の一人が驚きつつも応え、

それを聞いた優磨は立ち上がって端末を取り出し、そして誰かに

繋げて話し始めるが、それを見て零次も端末を取り出して誰かと

話し始め、場の空気が一挙に重苦しくなる。

 そして、数分後。

「おいおい、聞いたぜ。

 やってくれたな、九条先輩も。」

「ったく、面倒は山脇だけで十分だって言うのに。」

 そう、零次が話していた相手は竜哉達で、いつもの陽気な明るい声でなく

殺気だった低い声を出して教室に入って来た竜哉に、凛が優磨を指差して

“今、話し中だから”と伝えるが、竜哉の隣にいる夏美はお構いなしに言い、

顔には出さないがイラついている事が判り、麗華や梓達も黙ってはいるが

眼つきは鋭く、教室内にいる生徒達は重苦しい空気と竜哉達の殺気に、

金縛りにでも遭ったかの様に身動きが取れなくなっていた。

 すると、

「おう、お前達。 実刀持って来ているか?」

「ああ、零次に言われてな。」

と、話が終わった優磨が鋭い目付きで竜哉達を見る也確認すると、伸明が腕の

シルバーブレスレットを見せて応え、それを聞いた優磨が“流石は零次だ”と、

自分がやろうとしている事を読み切った零次の肩を叩いて称賛するが、

「ちょ、ちょっと優磨! 本気で九条先輩を(つぶ)す気なの?

 幾ら度が過ぎて・・・」

 そう、響が優磨を止め様と言い掛けた所で肩を叩かれて振り向くと、真剣な顔を

した由香里が“それ以上言ってはダメ”と首を横に振り、響は“何で?”と云う顔で

由香里を睨んだ後に振り返るが、その間に優磨は、三年生達と竜哉達を引き連れて

ドームへと向かい始め、

「私達も行こう。」

と、由香里は響と麻里に促すと、二人共即座に頷いて優磨を追い掛けるのだが、

この時由香里は、響を止めた際に鋭い眼つきの優磨が、一瞬だけ自分を見て

微笑んだ事が気になっており、

― 鷹城君、何で私の顔を見て微笑んだのだろう?

 そう、追い掛けながら考えていると、

「ねえ由香里。 何で先止めたの?

 幾ら度が過ぎているからって、実刀出して本気で挑んじゃったら瞬殺だよ。」

「そうだよ。

 確かに人質を取る何て卑劣(ひれつ)なやり方は叩かれたって仕方がないけど、

 圧倒的な差があり過ぎるのだから、先生に任せれば良いんじゃない?」

と、やはり()に落ちない響が尋ね、同意見である麻里も聞いて来ると、

「そう云う所で怒ってるんじゃないと思うよ、鷹城君は。」

『えっ⁉』

と、由香里が応えると二人は驚き、軽く深呼吸してから“それはね”と話し始める。

 由香里が感じた優磨の怒っている訳とは・・・

 そもそも“模擬戦”に関して、“刃引きされた模擬刀で”と云う事であれば

解るのが、“殺傷力がある実刀で”など、よく解り合った同門同士で誤って

死に至る結果になろうとも(うら)みを残さない事を双方共に承諾(しょうだく)している

状況でない限り、模擬戦で使用する事は無いし、あり得ない事である。

 それ以上に、実刀を出す事自体が相手を“敵”と見なす意思表示であり、

その相手も実刀を出したならば、その時点で双方共に“死闘”を行う意思を

明確にした表れとなる為に、優磨達“武家”は勿論の事、『精霊士』の資格を

持つ者達は、本当の“敵”と相対する時以外で、人様の前で実刀を出す事は

殆どない。

 又、こう云った実刀に関する注意事項は、精霊協会で『精霊士』として

認可される際に説明を受けている筈な為に、

「・・・だから、今回の人質を取る様なやり方に関しては“引き金”であって、

 事あるごとに“実刀で”と軽々しく言っていた『精霊士』としての自覚の無さに、

 鷹城君は怒っていると思うの。」

 そう、由香里が説明し終わる頃には響も麻里も理解した様で、これから実刀を

持とうとする己自身の自覚の薄さに、二人は反省するのであった。


 その頃、ドーム型競技場にいる九条真由美は、三年D組の生徒達と共に

競技場の中心位置で集まっており、

「もうっ! 一体いつになったら来るの?」

「まあまあ。

 一応、鷹城の所へは数人行ったのだから、その内に来るよ。」

 そう、優磨の許へ助けを求めに行ってから、かれこれ二十分近く経つ事に

九条は少し苛立ち始め、それをパートナーである安原直継がフォローしていると、

「ねえ九条さん。

 本当に鷹城君が来たら、実技指導は無しになるのよね?」

「ええ。 鷹城君が来て、私の要求に応じてくれたらね。」

「・・・じゃあ、応じなかった場合は?」

「そうなれば、勿論やるわよ。

 私が納得出来るまでね。」

「・・・」

と、睨みながら確認を取る女子生徒に、九条真由美は不敵な笑みを見せながら

応えると、実技指導とは名ばかりの“単なる()さ晴らし”と云う事が読み取れた

D組の生徒達は、一斉に九条を睨み付けるが、本人はそんな状況にも動じず、

笑みを見せたまま競技場へ入る扉を見つめる。

 すると、

「九条さん、鷹城君を連れて来たわ! 貴女の要求に応えてくれるそうよ!」

「おーい、D組全員! 急いで競技場(ここ)から出ろ!」

 そう、助けを求めに行ったD組の女子生徒が扉を開ける也、声を大にして

九条真由美に伝え、一緒に入って来た男子生徒は、クラスメイトに避難を

伝えると、嫌悪(けんお)していたD組全員の顔が一瞬にして安堵した表情へと

変わり、扉へと一斉に走り出す。

 そして、生徒達全員が出たのと入れ違いに優磨が入って来のだが、

「ふう、やっと来たわ・・・って、・・・何、・・・この空気?」

「・・・何だ、・・・この重苦しいは?」

と、優磨が来た事に笑みを出していた九条と安原だが、優磨が競技場へ入った

瞬間に場の空気が重苦しくなり、何か得体の知れない者に体ごと鷲掴(わしづか)みされて

いる様な感覚に、二人の顔は一瞬にして凍り付き始める。

 そんな様子を二階の観客席で見ていた由香里達三人は、

「・・・凄いね。 一瞬にして空気を変えちゃうなんて。」

「ええ。 九条さん達の周囲だけでなく、

 この中全てを殺気で(おお)い尽くすなんて・・・」

「・・・これが、一年半前の戦いで生き抜いた者の力だよ。」

 そう、ここまで伝わって来る重苦しい優磨の殺気に、麻里と由香里は固唾(かたず)

呑み込みながら呟くと、防衛戦直後の殺気だった優磨達を直に見ている響が

“あの時以来だわ”と、思い出しながら真剣な顔で応えるが、周囲で見ている

二年E組の生徒達や、競技場から上がって来た三年D組の生徒達等は、

初めて見る優磨の本気に少し怯え始め、

「・・・鷹城君、本気で相手するつもりかな?」

「まあ、死闘するのに手加減なんて、普通あり得ないわね。」

「・・・多分、二人が思っている様な結果にはならないと思うよ。」

『えっ⁉』

と、生徒達に一方的な戦いの惨状を見せつけられる事に麻里は悲壮な顔で

確認するも、響は“先輩自身が招いた結果だから仕方がない”と割り切り

始めるが、由香里から出た意外な言葉に二人は驚き、そして優磨を

見ながらその理由を考え始める。

 そんな中を竜哉達八人が、死闘の際に四散する衝撃や魔法を食い止める為、

競技場を取り囲む様に配置に着き、少し遅れて駆け付けた大輔達一年生も、

夏美や高弘達の許へと分かれ、二年生達の後ろに就くと、

「ちょ、・・・ちょっと、大袈裟じゃない?

 たかが模擬戦くらいで“障壁陣”なんて。」

「・・・そ、それとも、何か?

“鷹城”全員が入れ替わりで相手してくれるのか?」

 そう、優磨の殺気と障壁陣に就いた竜哉達の状況に、顔を引き()らせ

ながらも虚勢(きょせい)を張る九条と安原だが、

「いえ、・・・相手をするのは僕一人ですが、

 今から行うのは“模擬戦”ではなく“死闘”です。」

と、殺気立つ鋭い眼つきのまま優磨が応えると、二人は目を見開いて驚き、

「ちょ、ちょっと待って‼ “死闘”って如何いう事?

 私は『模擬戦をして欲しい』としか言っていないわよ!」

「そうだ‼ 俺達が何時“死闘”を申し込んだ? 勝手に話を()り返るなよ!」

 そう、九条と安原が烈火の如く怒り出し、二階にいる生徒達も、それ迄は

九条と安原に対して怒りがあったのが“ちょっと、幾ら何でも横暴じゃない?”と、

(てのひら)を返す様に二人を擁護(ようご)し出すが、

「・・・確かに、先輩の口からは“死闘”何て言葉は一度も出ていません。

 ですが、先輩が要求する“実刀使っての模擬戦”何てものはあり得ない話です。」

『えっ⁉』

「そもそも、模擬戦とは模擬刀を使用しての事で、

 実刀を使用して等、振り(まわ)せば大怪我で済む筈ないじゃないですか?

 それに、『精霊士』の資格を貰う際に

 そう云った処を講義されている筈ですが?」

と、上着を脱ぎながら説明する優磨に、九条と安原は協会で受けた『精霊士』の

資格を貰う際に受けた講義内容を思い出したのか、見る見るうちに顔面が

蒼白(そうはく)していき、

「あ、・・・いや、・・・あれはその・・・」

「ま、間違えただけ!

 貴方に本気で挑んで欲しくて言い間違えただけで、模擬刀でも・・・

 そうよ、まだやっていないのだから、“模擬刀に変更”って事で・・・ね。」

 そう、安原は何も言い返す事が出来なくなるが、九条は“流石、お嬢様”で、

冷や汗を垂らしながらも、咄嗟(とっさ)に思いついた言い訳で弁解&変更を図るも、

「見苦しいですよ、九条先輩。

 散々断って来た“実刀での模擬戦”と云う《果たし状》を受けた時点で、

《死闘》を行うと云う行為は成立しています。

“後は刀を抜いて始めるだけ”と云う土壇場になって《果たし状》の変更等、

《死闘》をしに来た者にとって何の意味もありませんし、あり得ません。

 そもそも、お二人は『精霊士』の資格を持つ事に関して理解出来ていますか?」

と、優磨の脱いだ上着を貰いに来ていた凛が、優磨よりも先に、冷ややかな目線を

送りながら九条の言い訳&変更を論破し、それに対して全く反論出来なくなった

二人は、力が抜け落ちる様にへたり込み、

「お・・・お願い・・・殺さないで。」

「頼む、・・・まだ死にたくない・・・」

 そう、死の恐怖からか涙が止まらず、消え入りそうな震える声で

懇願(こんがん)し始める。

 すると、

「・・・解りました。

 まだ(実刀を)出していませんし、今回だけは取り消しましょう。」

と、目を(つむ)って応えた優磨が大きく溜め息を吐くが、それと同時にドーム内を

覆っていた重苦しい空気が一瞬にして消え失せると、それを感じてか二階で

見ていた生徒達から安堵の溜め息が一斉に聞こえ始める。

 そして、凛から上着を貰って着直した優磨は、九条と安原の前へと

向かって行き、

「先輩達の事で調べて解った事ですが、

 もし、今戦争が起こったとしても、

 先輩達が予備兵力として招集を受ける事はありませんし、

 事件や事故の時でも、現場に介入する事も出来ません。」

『えっ⁉』

 そう、話し出す優磨に、まだ震えが止まらない二人は怪訝(けげん)な顔を見せると、

「例え協会に問い質したとしても、

 “自宅待機”としか言い渡されないって事ですよ。」

と、優磨が軽く笑みを見せて応えると振り返り、竜哉達と共に競技場を出て行く

のだが、九条と安原は動けずに無言で見つめ合って考え始めるも、

二人の出て来た答えは、

― 確かに私達の資格は、協会にも登録されていたから本物だけど、

  実際には、何の機能も持たない唯の“飾り物”だった。

 そう、解釈する他ない為、今迄散々に資格を盾に振舞って来た事に

恥ずかしくなり、二人は俯いて落胆するのであった。

 そんな二人の姿を見ていた由香里達も、教室へと戻ろうと歩き出していたが、

「ねえ、由香里。

 由香里はこうなる事を分かっていたんだよね?」

「あ、そう云えばそうだ! ・・・何で?」

と、 “多分、二人が思っている様な結果にはならないと思うよ。”と、

言った由香里の言葉を思い出した響と麻里が、興味津々で詰め寄ると、

「ん⁉ だって、力の差が歴然としている相手を殺すのに、

 わざわざ殺気を出す必要なんて無いじゃない。」

 そう、すんなり応えた由香里に、二人は目が点になり、

「確かにその通りだわ。

 ・・・そんな所迄頭が回らなかったよ。」

と、麻里は由香里の分析力を評して応え、それに響も頷くが、

― 本当、麻里の言う通りだよ。

  こんな単純な部分すら見抜けなくなるなんて・・・

 そう、自身の分析力の低下に心の中で自責すると、

― よしっ! 今日から心を入れ替えるぞ!

と、両手で自身の(ほお)を叩いて叱咤(しった)し、気持ちを切り替えると、

少し晴れ晴れとした気分で競技場を出て行くのであった。


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