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精霊士  作者: 円ひかる
第1章 運命
4/13

新学期初日 3

 午前九時三十分より始まった入学式は、諸所の過程を進む内で校長先生の催眠術

でも掛けているかの様な長い話に辿(たど)り着く。

 その話の中で、“天変地異”から現在に至る日本の歴史を語っているので、

解説ついでに触れて置こうと思う。


 西暦二二六五年の“天変地異”、人はこれを『地球崩壊』と呼んでいる。

 前もって予測出来ていた人類はその対策に乗り出し、日本も東京や大阪等の

大都市を中心に、約五千人を収容出来る巨大地下シェルターを無数に建造し、

その中で約半年間滞在(たいざい)出来る食料物資を用意すると、来るべきその日に

備えていた。

 時は近付き、宇宙波が土星の輪を崩壊させた事を観測し速報すると、全世界は

一斉にシェルターへと避難しその二週間後、遂にその時は来た。

 震度計の最大数値など簡単に振り切る強大な揺れと轟音がシェルター内に響き

渡り、それと同時に人々は絶叫を上げて(おび)え始めるが、ヒビすら入らない

シェルターの強度に、次第に感嘆(かんたん)の声が漏れ始める。

 しかし、その安堵は次の瞬間、巨大地震の力にも耐えたシェルター自体が大きく

傾き出し、又、絶叫の渦へと叩き落される事となる。

 考えてみれば至極当然で、二十世紀から地下何百mにも亘って網の目の

様に作られた地下鉄等のトンネルを、土砂で埋めた程度の補強では地盤の

強度など大して上がる筈もなく、そんな中に造られた何百トンもの重量が

あるシェルターが、地球全体を揺るがす巨大地震に水平で保つ事など

不可能である。

 当然中にいる人間や物資が雪崩(なだれ)の如く重力に押し流され、底辺で山積みとなり

圧迫死する者が続出する。

 又、シェルターが(かたむ)かず無事で済んだ所でも、更なる悲劇が待ち構えていた。

 研究者達が出した試算では、この地震の後に来る巨大な津波が湾岸一帯の都市を

飲み込んで、暫らくは水の中での生活を余儀なくされるが、長くても二ケ月程で

引くと判断していたのだが、三ヶ月経っても水位は一向に下がらなかった。

 そう、この巨大地震で日本自体が沈下してしまったのだ。

 脱出しようにも、シェルターの扉を開ければ一気に海水が入り込み、

あっという間にシェルターは満水となってしまう。

 それを何とか押しのけて出たとしても、外へと(つな)ぐ道は崩壊し、その連絡道も

運よく残って行けたとしても連絡道を抜けるのに五分は掛かり、そこから出た

本来の地上部分には巨大建築物の瓦礫(がれき)の山で埋もれている事。

 そして、何よりもそこは何mもの海の中で、諸所の問題を無難に越えられたと

しても、水上迄は軽く見積もっても十分以上は掛かり、そこ迄を疲弊(ひへい)しきった

老若男女約五千人が無事で行ける筈もないし、実際、酸素ボンベを背負って外の

確認に行こうとした者達もいたが、シェルターの目の前から道が無くなっている

現状に、生き埋めとなって“死”を待つだけと云う実情を突き付けられる事となる。

 そう云った中で、この地下シェルターに入る事が出来ず、高地のドーム型

シェルターへと避難して助かった者達が、東京へ救助に駆け付け目にした

光景は、高層ビル数棟の最上階部分が水上から出ている水の底に沈んだ

大都市の姿で、その崩壊した都市の地下にあるシェルターへ行くにも

設備が全くなく、見殺しにする他如何しようなかった。

 この大惨劇による日本の死亡者数は一億人以上とも言われ、国土も五分の二を

失い、助かった人々は怒りの矛先を、甘い予測を立てた研究者やそれを推奨(すいしょう)した

政府へと向けるが、その者達も今や水の下と云う事で、やり切れない気持ちを

抱えたまま悲観(ひかん)する他なく、暫らくの間は呆然自失に(とら)われる日々を送る事

となる。

 そう、生き残った人々が落胆し絶望を訴え始める中、未来に向かって進もうと

する者も現れ、そう云う人物をリーダーとする事で人々は又前へと一歩ずつ

歩み始める。

 その後、シェルターの中で息絶えた人達も、五十年後には全て引き上げられて

別の地で埋葬(まいそう)されると、沈んだ都市の上に巨大な柱を無数に建て、その上に

水上都市 “新東京”を建設すると、国家としての機能を一つずつ構築していき

現在に至るのである。

 人類の底知れぬ強さを感じずにはいられない。


 そして、『地球崩壊』から一六三年後の西暦二四二八年。

“精霊士”の誕生といえるヨーロッパで起こった内紛へと話が進む。

 当時、独裁政権で国民を縛り続けていた東ヨーロッパ帝国のとある小さな街で、

民衆から強制的に徴兵された兵士達の暴動が端を発し、これに民衆も加わっての

内紛に発展すると各地でも同様に暴動が起こり始め、瞬く間に帝国全土へと

広がる。

 それを食い止める為、鎮圧に乗り出した正規軍だが半暴徒化した民衆の勢いを

止める事が出来ず、中には民衆側に寝返る兵士達も出始めた状況に、とうとう

武器を持っての虐殺(ぎゃくさつ)へと動き出してしまった。

 そうなると、当然“目には目を歯には歯を”と、民衆側も武器を取り出して

応戦し、市街地は泥沼の状況へと突入し出すのだが、この時、民衆側の中から

精霊の力を使って、正規軍を駆逐(くちく)する数人の若者達が現れる。

 彼等は正規軍の打ち出す銃弾を精霊の力で()ね除けながら斬り倒していくと、

成す術もない正規軍は一挙に劣勢(れっせい)へと追い込まれて行き、その勢いに乗じて、

各地で苦戦していた民衆側は彼等を中心として組織的に反攻へと転じ、

暴動勃発(ぼっぱつ)から約二ケ月半と云う異例の早さで東ヨーロッパ帝国は

崩壊する事になる。

 そして、翌二四二八年の十一月下旬に“東ヨーロッパ共和国”が誕生する事

となるが、この精霊の力を使った若者達を“英雄”として称えると同時に、

彼等の様な精霊の力を使える者達を中心とした新しい軍隊の設立を公表すると、

国を守る在り方を一変させた“精霊の力を使う者達”の存在自体が、今後国の

防衛力を左右する事を各国家も確信し、全世界は直ぐ様、彼等の様な者達を

かき集め始める。

 そして、西暦二四三〇年。

 国連でこの事による定義を話される際、彼等を『精霊士』と呼んだ事から、

精霊の力を使う者“精霊士”が誕生する事になる。


 そして、現在の形である“主精霊士”“精霊従士”と云うパートナー制に、剣や

槍等の武具を持って戦うスタイルに確立されたのは、『精霊士』と云う名が

誕生してから八十二年後の西暦二五一二年、この日本で起こった戦い

《第一次防衛戦》に端を発する。

 高い軍事力を(もと)に着実に領土を拡大していた旧中国を母体とする大中華連合が、

日本にも魔の手伸ばして来たのである。

 当時の日本国防軍も精霊士を有してはいたが、その数・力量共に大中華連合軍

を押し返すだけの力は無く、時間が経過する程に被害が増えて不利な状況へと

なって行った。

 そして、死傷者も含めて半数近くにまで激減した頃、突如“義勇兵”を名乗る

十数名の男女が参戦して来て、敵を()ぎ倒し始めたのである。

 この“義勇兵”と名乗った者達は、剣術家の奥寺甚八とその妻昌子、そして彼の

道場で学んでいる門下生十四名で、彼等全員が手に刀を持ち、二人一組に分かれて

敵を駆逐していくのだが、時折、手に持つ刀が赤や青等の精霊色に輝き出すと、

そこから見た事もない高威力の精霊魔法を撃ち放ち、敵の部隊ごと消し去って

行くのだ。

 そして、二人一組で組んでいるもう一人も、刀を光らせると同時に広範囲の

精霊障壁(しょうへき)を造り出し、雨の様に来る敵の攻撃を平然と遮断(しゃだん)してしまうのだ。

 この連携(れんけい)して戦う僅か十六名の剣士達が、何十倍もの数で攻めて来た敵を

一週間程で退けてしまい、特に奥寺夫婦に関しては、代わる代わる攻守を交代

する見事な連携で、実に五二〇〇人と云う敵兵を二人で倒してしまったのである。

 当然、この出来事は全世界に知れ渡り衝撃を与えるが、各国家は二人一組で

行動する“パートナー制”に着目し、直ぐ様検証を始めるが、どの国家も導き

出された答えは、やはり二人一組と云う形が一番有効で、そのパートナーも

同性より異性の方が高い数値を示した事を発表する。

 より細かく分析すると、夫婦やカップル等相手との意思疎通が出来ている

者ほど連携が取れ、より強さを発揮する事が解ったのである。

(双子や兄弟・姉妹等の中にも例外があるが、基本的には独身迄で結婚等年齢を

重ねるにつれ数値が下がって行く事がある為に、生涯的には有効となりえない。)

 又、同時に剣等の武器に関する研究も行われており、導き出された答えは、

唯、武器を所持しても精霊との同調効果は見られず、武器を製造する過程の

中に精霊の力|(霊力)を注ぎ込むと、その武器が一種の“増幅器”の様な

役割も兼ね、普通に力を出すよりも(はる)かに高い力を引き出せる事が

分かった。

 そして、その武器は銃等の機械的飛び道具

(正確には火薬等の科学物を使用する兵器)には精霊の力が宿らない事も

実証され、今日に至る迄、刃物等“近接武器”が精霊士の主武装となる訳である。


 そして、最後の話が一年半前に起こった優磨達“鷹城門派”の半数以上を

犠牲とした《第二次防衛戦》へと入って行く。

 西暦二五四五年十一月、

前回の傷も()えて戦力も倍以上に整えた大中華連合は、前回と同じ九州と

中国地方の他に、鷹城の領地で占める北陸地方にも侵攻して来たのである。

 当時の日本国防軍は、九州北部を領有する『風』の風間家に有力な武家数家

を付けて対応し“四天王家”である『水』の諏訪(すわ)家と『地』の草薙家が、

中国地方東西部から侵攻する敵の防衛に当たったのだが、『火』の藤堂(とうどう)家は

第二波の警戒を理由に動こうとせず、北陸地方を攻める敵に対しては、鷹城家と

親交の深い鷲見門下の鳴海(なるみ)家、そして動こうとしない藤堂家を離反する形で

駆け付けた葛城(かつらぎ)家の二家しかなかった。

 中国地方に攻め入った敵は、諏訪・草薙を加えた有力武家連合の攻勢に

よって戦力が半減した所で、撤退と見せかける形で北陸方面へ移動を開始し、

そこへ第二波の増援も加わると、流石の鷹城家でも劣勢に追い込まれ出す。

 本来ならば、ここで中国地方東部を防衛していた諏訪家が横から挟撃(きょうげき)する

筈であったのだが、鷹城の領地手前で敵と退陣する形で止まってしまい、

草薙家も第三波を懸念(けねん)し、沿岸部の防衛に専念。

 そして何よりも、藤堂家が全く動く気配なしと最悪の状況で、鷹城門下は

十倍以上の敵を相手に長時間戦い続けている結果、一人、また一人と

倒されていく。

 そして、“もはやこれまで”と見た優磨の父であり、先代鷹城家当主である

鷹城和幸は、生き残っている者達に撤退する様厳命し、自らの命を代償とした

極大魔法を使って敵を殲滅(せんめつ)させ、その損失で大中華連合は退き、日本は救われた

のである。

 この功績によって、日本国民は下より、世界中から鷹城一門を英雄視する様に

なり、逆に日本国防軍は一連の行動に非難され、それに関して日本政府が弁明

及び避難した事への謝罪を要求した結果、全世界から逆鱗(げきりん)を浴び、それまで

国連で発言力のあった地位から賛否の挙手しか認められない末席へと

一挙に追いやられ、以後(さげす)まれる事となる。

 そして、当の鷹城家だが、門下の半数以上を失った事により、トップに君臨する

精霊二十四家処か領地の維持すらも難しくなり、そこを狙って鷹城家の領地を

奪おうと画策する動きがあったが、良識ある武家や日本国民を敵に回す程の

勇気はなく、又、優磨の年齢を考慮(こうりょ)して“仮”と云う形の当主とした為に、

軍や政府からの呼び出しに対しても強制権がなく拒否出来ると云う

理由から、現状の状態で今日に至るのである。


 この様な話は、毎年どの高校でも語られており、校長も紙を見ながら読み上げて

いる事から、文部省の方からの指示によるものと推測出来るが、文章をそのまま

棒読みしている為、まるで“坊主の御経(おきょう)”を聞いているかの様で、至る所で

“熟睡モード”へと突入している有様となり、そうでない者達でも必死に

眠魔と闘いながら聞いていたのだが、《第二次防衛戦》の話に入った途端、

生き残っていた生徒達の目が一挙に()め、講堂内の空気を張り詰め出す。

 それは当たり前の事で、生徒達全員がリアルで味わった一年半前の出来事を

語り始め、おまけに、その戦いに身を投じた人物達が第三高校(ここ)にいると云う

現実に、生徒達は話を聞きながら、時折、優磨達“鷹城”の者達に目をやり、

戦いの残酷(ざんこく)さを知ると同時に、彼等達のおかけで“今”がある事を再認識

するのであった。


 この長い校長の話もようやく終わり、やっと本来の“入学式”と云う形に

戻るのだが、校長の“催眠術”に(はま)って安らかな眠りに()いている生徒達に

関しては、誰も起こそうとする者もなく式は淡々と進んで行く。

 まずは、本年度の生徒会長である三年A組の三輪歩美・鈴村邦宏が新入生歓迎

の挨拶を述べると、その答辞(とうじ)は総代である一年A組の国枝裕之と清水真衣と云う

二名が務め、最後に新入生一同起立して一礼した所で入学式が終了し、五分程の

休憩タイムとなる。

 そして、校長の“催眠魔法”により十分押しとなった始業式は短略され、

予定時間に終わらせると二・三年生は各自教室へと戻って行き、新入生達は

各担任に引率されて、それぞれの教室へと別れて行くのである。


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