新学期初日 2
この精霊第三高校は、中庭を中心として校舎が建てられており、正門から
入って目の前に見える教職員棟に、中庭を挟む様にして右側が一・二学年棟、
左側が三学年棟及び図書室と資料室、そして教職員棟と対面する様に建つ
二棟の内の右側が講堂兼大体育館で、左側が一階部分にカフェテラス及び
学食と購買で、二階から上が魔法習得室や自身の精霊をチェックする
メディカル室等、魔法関連の部屋がある魔法棟となっている。
そして、この講堂と魔法棟の奥には、競技大会・試験用の円形ドーム体育館が
建ち、その左右には大会時の練習にも使われる様にと補助の小体育館が各二棟の
計四棟あり、学年棟の外側には運動場と、とても“高校”と云う趣ではなく、
“大学”のキャンパスと云った趣である。
以上がこの第三高校の校舎及び施設なのだが、“敷地は?”と云うと
この範囲だけではなく、円形ドーム体育館の奥に広がる広大な森・・・
いや、山一つ分までが第三高校の敷地となっているのだが、この森は
敵との森林戦や長期作戦行動を考慮した実戦訓練等に使われており、
この様な敷地は他の国立精霊高校も所有し、如何に国が精霊士の育成に
力を注いでいるかが窺える。
話は戻って、竜哉達上級生に“救助?”された新入生達は、魔法棟一階にある
カフェテラスに到着していた。
女子上級生の水城麗華と神崎夏美の二人が、自販機型ドリンクサーバーで
新入生達の飲み物を買っている間に、男子上級生の仙藤竜哉と結城伸明に
連れられた新入生八人が、窓際に並ぶ長テーブルの一つで待つ男女五人の
上級生の処へと向かう。
「やっぱり困っていたぜ、こいつ等。」
「そりゃそうでしょ。
初日からあちこち行ける子何て、見た事ないよ。」
「まあ、綾と鈴以外は、臆病な処があるからな。」
「・・・うーん、
・・・臆病って云うよりも、引っ込み思案って云った方が良いかも。」
「でも、周囲の視線は去年の俺達よりマシだったぞ。」
「ちょっと、それ一緒だったら怖いよ。」
そう、伸明の言葉を皮切りに、新入生達の事を上級生達が言いたい放題
言い始め、
「ちょ、ちょっと待って下さいよ。
臆病って云うのはないじゃないですか?」
「・・・引っ込み思案って云うのも、ちょっと・・・」
「それよりも、僕達が困るって事が分かっていたのなら、
事前にカフェテラスの方へ誘導してくれても良かったんじゃないですか?」
「・・・もしかして、わざと暫らく放置したんじゃないですか?」
と、新入生達も反論するが、言われた内容に否定出来ない部分もあり、反論する
声にも何処か力強さがなく、言い終えた後に少し俯き加減になる。
すると、
「はいはい、もうその辺でいじめるのはやめて座らない?」
「折角、先に向かわせたのに追い着いちゃったじゃない。」
そう、飲み物を買いに行っていた麗華と夏美が、いつの間にか来ていて
背後から声を掛けると、新入生達は慌てて空いている席に座り出し、そこへ
麗華と夏美が買って来た飲み物を置いて行くが、そんな光景を見てだろう、
今迄会話に参加していなかった一人の男子上級生がクスクスと声を殺して
笑っており、それを見て竜哉が真顔で首を傾げ、皆も注目するが、
笑っていた男子上級生は手で制しながら、
「悪い、悪い。
余りにも普段と変わらない光景に、ちょっとな。」
と、笑みを見せて応えた男子上級生に、皆もその意とする処を理解してか微笑み
始め、軽く深呼吸して落ち着こうとする中、
「まあ、一緒にいる処では問題ないと思うけど、
他の生徒達との話の中くらいは、“先輩”と付けておいた方が良いと思うわよ。
ね、優磨。」
「・・・まあ、それ位はしておいた方が良いだろうな。」
「やっぱりそうですよね。
以後、気を付けます。」
そう、最後の一人に飲み物を置きながら、新入生達に向かって上下関係を
促す夏美が、笑っていた男子上級生に賛同を求めると、 “優磨”と呼ばれた
男子上級生は苦笑気味に同意し、向かい側に座る男子新入生がそれを聞いて
苦笑顔で軽く会釈しながら応えると、他の新入生達も続く様に会釈する。
そう、この“優磨”と呼ばれた男子上級生こそ、鷹城家当主・鷹城優磨
その人である。
竜哉達上級生全員が高校生らしからぬ大人びた雰囲気を漂わせているが、
その中でもこの鷹城優磨だけは、更に当主としての風格もしくは威厳の様な
別次元の空気を帯びており、初めて会う人だと確実に萎縮してしまう程の
貫禄がある。
おまけに今の状況も、彼等のいるテーブル周辺で座っている者は誰一人として
おらず、皆離れた場所で座っており、目だけがこちらを向いて興味を示している
状態である。
だが、そんな状態を “鷹城”達は何故か故意に作り上げている節があり、
そのお蔭で休憩時間を伸び伸びと寛ぐ事が出来ているのであるが、・・・
「まあ、最初のうちは気になるかもしれんが、
その内慣れるからそれ迄の辛抱だ。」
と、妙に周囲をチラ見する新入生を見て、優磨は微笑みながら促すが、流石に
初日から慣れる等出来る訳がない為に、優磨の双子の妹達以外の新入生は
揃って苦笑顔を見せる。
そして、
「さあ、時間迄の間、校内の裏事情等でも話そうか。」
そう、伸明が切り替える様に話を振ると、新入生達も少し肩の荷が下りた
感じで軽く深呼吸し、“鷹城”達は談笑し始めるのであった。
その優磨達一同が談笑し始めた頃、同じカフェテラスの片隅に座る三人の
女子生徒も開始時間迄の間を寛いでいるのだが、そちらの方にも何人かの
生徒達の目線が飛んでおり、その中の一人、肩下迄伸びる髪の長い女生徒に
目線が集中している。
しかし、この女生徒の目線は一緒にいる二人の女生徒に向いておらず、
他の生徒達と同様で“鷹城”を見つめている。
「・・・ねえ、由香里。」
「・・・由香里ったら‼」
「ん⁉ ・・・えっ、何?」
「ったく、“何?”じゃないわよ! 先からボーっとしちゃって。」
と、向かい側に座る女生徒が声を掛けるも全く返事が返って来ない為に
剥れ顔となり、少し声を荒げて再度呼ぶと、それに“由香里”と呼ばれた
女生徒はようやく気付くが、何食わぬ真顔で返事された為、声を掛けた
女生徒は呆れ顔で文句を言うと、
「麻里、あっち、あっち。」
「ちょっと響‼」
そう、“麻里”と呼ばれた女生徒の隣に座るもう一人の女生徒が、目線で
優磨達の方を見て教えると、由香里は慌ててそれを制するが、それを
確認した麻里は“成程”と納得しながら大きく溜め息を吐き、由香里も
“もう!”と、ふて腐れた顔で溜め息を吐く。
そして、
「ねえ響、鷹城君達といる子達って、もしかして・・・」
「そう、今年の新入生。
で、あの中にいる双子が優磨君の妹達だよ。」
と、優磨達の方を見ながら聞いて来る由香里に、響も見つめながら嬉しそうに
応えると、
「ねえ、響も一応は“鷹城”の一人何でしょ?」
「えっ⁉ ・・・そうだけど。」
「何で、優磨君達と距離を置いているの?」
「えっ⁉ べ、別に距離を置いているつもりはないわよ。」
そう、向き直って問い出す麻里に、響は少し動揺気味で応えるが、由香里も
その問いに興味があり、向き直って “何故?”目で問い掛ける。
この“響”と呼ばれた女生徒は鷹城門下で、入学当初の頃こそ優磨達と一緒に
行動をしていたが、いつの間にか由香里達といる時間が増え、一年の二学期後半
では完全に三人で行動する様になっていた。
そうなった事情を、由香里と麻里は暗黙の上で気にしない素振りをして来た
のだが、とうとう麻里がその事に振れてしまい、由香里も気にはなっていた為に、
便乗する形で聞いていた。
すると、
「・・・まあ、色々と事情があるのよ。」
と、響は目を逸らして物思いに耽る様応え、その応えに麻里は納得する筈もなく
怪訝な顔を見せるが、言葉を返せば “これ以上は詮索するな!”と云う意味にも
取れる為に、二人はそれ以上の追及はしなかったが、切り替える為の違う話題が
思い浮かばず、眉間に皺を寄せながら沈黙していると、
「・・・まあ、これだけ“鷹城”が揃えば、
校内の空気も多少は変わるんじゃない?」
「えっ⁉ 何の空気?」
「・・・それって、山脇?」
そう、二人の雰囲気を察してか含み笑いする響の方が話を切り替えて来て、
全く予測していなかった話に麻里は驚き顔となるが、由香里の方はその話に
直ぐに対応出来て、解っていながら確認すると、響は“流石は由香里”とでも
云う様な笑みを見せて頷く。
「ああ、父親が理事だからって、やりたい放題だったからね。」
「鷹城の力が激減して再構築中の所を衝く様な形だったし、・・・
でも、どちらかって云うと父親の地位って云うよりも、
“草薙門下”って云う肩書きの方が、彼等にとっては大きいんじゃない?
精霊二十四家『地』の序列一位で、何よりも“国防軍副司令様の一門”ですから、
多少の問題は揉み消してくれるって考えでやっているのでしょ?」
と、麻里と由香里は去年の出来事を思い出しながら応えると、
「・・・確かに、去年は優磨君達も病み上がりで相手出来る状態じゃなかったし、
それ以上に、鷹城家の再編やら何やらで、
目を向けている余裕すら無かったからね。
・・・けど、その辺も何とかクリア出来たし、大輔達も入って来たから、
もう、山脇達の好き勝手はさせないわよ。」
そう、響も当時の状況を思い出しながら説明し、そして“今年は大丈夫‼”と、
確信する様に応えると、二人も同じ応えを思っていた為に、響に向かって
微笑みながら頷く。
この先程から出て来る“山脇”と云う名は、この東海地区にある最大都市・
尾張市の隣西を領する草薙家一門の山脇家を指しており、ここの当主である
山脇良隆が、嫡男・清隆の入学に併せる形でこの三校の理事に就任した
のだが、清隆とそれに付随する数名が、その父親の威光を笠に掛けてか、
目に余る横暴な振舞いが日常化しており、校長達が理事会の席で父親で
ある良隆に忠告するも、こちらも草薙門下と云う事を笠に掛けているのか、
うやむやに揉み消すと云った有様で、“なれば”と、教育省の方へ話を
持って行き良隆の理事解任を訴えるも、数日後には解任不可の報告が届く
と云う状況で、裏で草薙家当主であり現国防軍副司令官でもある草薙晃が
関与している可能性が高い為に、自己解決する他手立てが無くなった学校側は
唯一の対抗勢力である鷹城家を頼りたいが、大怪我から復帰した早々と云う事と、
高校生の身で当主となった為に家の再編や継承事など休日もない有様で、とても
山脇の事などに構っておれる状況ではない事は校長達も分かっていた為に手を
拱いていたのだが、響の話からこの状況から脱せれそうな事に、由香里と麻里
の顔から笑みが零れ出し、
「鷹城君達が出てきたら、
流石の“お父上様”でも庇い切れなくなるんじゃない?」
「伸明もそうだけど、優磨君も相当の策士だからね。」
「・・・じゃあ、父親処か草薙当主すらも辞任に追い込む可能性もある訳だ?」
「・・・まあ、可能性としてはあるかもしれないけど、
それよりも草薙当主に何らかの“貸し”を作った方が、
山脇共々良い牽制になるのじゃないかしら?」
「・・・成程ね、流石は頭脳派の“由香里先生”、考える処が違いますな。」
と、三人で憶測を立てながら談笑していると、
「さあ、ちょっと早いけど、そろそろ講堂へ行こうか。」
「えっ⁉ もうそんな時間?」
そう、カフェテラス中央にある柱の掛時計を見て、響が指差しながら二人に
促すと、時計の針が九時十分過ぎを指している事に、時計を見て驚いた二人は、
席を立ちながら飲み終わったカップをトレイに載せ、三人は返却口へと歩き
始める。
一方、窓側の長テーブルにいた“鷹城家御一行”様方も談笑タイムが終了の様で、
「・・・と、以上が学校での注意点だが、
中学の時と大差はないから大丈夫だろう。」
『はい。』
と、当主である優磨からの話も終わり、一同が席を立ち始めた時、
「あっ⁉ 響ちゃんだ。」
そう、優磨の妹・鈴音がカフェテラスから出る間際の響と目が合い手を振ると、
響の方も小さく手を振って返すがそのまま去って行き、
「・・・何か、響さん達仲良さそうですね?」
「まあね。・・・まあ、あの二人も近い内に響から紹介されると思うよ。」
「えっ⁉ 凛姉達とも仲が良いのですか?」
「そりゃあ、クラスメイトだし、席も隣でよく喋っているからね。」
と、響達三人の後ろ姿を見て、何処か寂しい想いで呟いた大輔だが、横に立った
凛から発した意外な応えに、大輔は驚き顔を見せると、
「因みにあの二人、めっちゃ強いぞ。」
「あっ‼ もしかして去年の大会の?」
「ああ、シングル女子新人戦の一位と三位だ。」
「それで、仲が良いんだ。」
そう、後ろから凛のパートナーである片桐零次が、不敵な笑みを見せながら
由香里と麻里の実力を教え、新入生達は響が二位だった事に悔しがる処か二人を
褒めていた事を思い出し、“今の拠り所はあそこなんだ”と、少し寂しさを感じ
ながらも学生生活を堪能している事に何処か嬉しさも感じて、いつの間にか
笑みを漏らしていると、
「おーい、何時までボーっとしているんだ?」
「ハイハイ! 動いた、動いた。」
と、感慨に耽っている新入生達を伸明と麗華が現実に引き戻し、その声に
大輔達は少し顔を赤くさせながら、返却口へと向かっている優磨達を
追い掛けるが、
― んっ? 何で学校に姉さんと同じ『風』が?
そう、響と一緒にいる女生徒の一人からであろう精霊から発せられる僅かな
“霊気”が、第二次防衛戦で亡くなった優磨のパートナーであり、実の姉である瑞季と
同じ事に驚きながらも慰撫傾げる。
この精霊から発せられる“霊気”は、育成して行く過程や使役する者の育った
環境の違いにより、同一の精霊種でも絶対に同じにはならない。
例え、双子で同一の精霊種を同じ環境で育成したとしても、各個人の意思と
考え方の僅かな差が生まれる以上、似た様な“霊気”にはなれるものの、
同一にはなりえない。
しかし、この場に漂っている “霊気”は、間違いなく姉・瑞季の“霊気”と
同一な事に、大輔は戸惑いを隠せず、
― ・・・一体、誰何だ?
と、理解し難い“負のスパイラル”に陥りながらも、講堂へと向かうのであった。