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ツクモムスビ  作者: 塩漬
第一章 平安の残滓
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復讐の男

 

残滓(ココロノコリ)……?」


 今は無人となった工事現場の陰から大通りの様子を伺いながら、死神は言った。

 壊されて廃車となった車が並ぶ道路には、残滓と呼ばれる黒い影が蔓延っている。


「そう。あの黒い影は、死んだ人間の後悔や憎しみ、欲望が形になったものだ」

「ふ〜ん……まあ、いくら頬っぺたつねっても痛いだけだし、夢じゃないんだろうけど。あんなのが現実に存在するなんて、びっくりだよ」


 結衣の頰は真っ赤に腫れ、少し顔の輪郭が歪になっていた。何度も()()()()を試みたのだが、今見ているものが夢であって欲しいという願いは届かなかったようだ。

 神は存在しないのだろうか。それとも、ただ結衣に冷たいだけなのだろうか。真相は、神のみぞ知る。


「悪霊ってやつ?」

「正確には悪霊の成り損ない。魂以上、悪霊未満の存在だな」

「何が違うの?」

「悪霊は怨念が集まって、何らかの原因を挟んで誕生するんだが、残滓はどこまでいっても残留思念に過ぎない。悪霊は物質干渉できるけど、残滓はできない」


 言ってしまえば劣化バージョンだな、と混乱し始めた結衣を見ながら付け加える。

 その言葉で、結衣はなんとか整理がついた。


(なるほど、アークデーモンとレッサーデーモンみたいな関係か)


 夜な夜なプレイしている某ビッグタイトルRPGゲームを思い出しながら、である。

 ゲーム脳を捨てられないのが白結衣という少女だった。


「ぶっちゃけ、悪霊よりタチが悪いけど」

「え? 物に触れないんだったら、戦うのは簡単なんじゃないの?」

「そこだよ。問題はそこなんだ」


 ――ォォォォオ


 死神は徐ろに崩れたコンクリートの欠片を拾い上げ、それを思い切り黒い影に投げつけた。

 理由は、ただ単に最初に目に入ったから。無差別攻撃である。現代では「通り魔」と呼ばれるのだったか。


 ――ッ!?!?!?!?


 人間ならば即死する威力の攻撃を突然受けた可哀想な残滓は、突然自分の頭をすり抜けた物に驚いたように周囲を見回し始めた。


 ――?????


「すり抜けた……あっ」

「そう、物理攻撃が効かないんだよ。ダメージを与えられないんだ」

「じゃあどうするの?」

「そこでだ。こいつの出番なんだよな〜」


 ゴソゴソと自分の服を弄り始めた死神から視線を逸らし、フヨフヨと宙を漂う残滓を眺める。

 この黒い影がどんな悪さをしているのかは知らないが、纏う黒いオーラから見て、相当危険なものだと推測した。


 実体が無い残滓を、一体どうやって倒すのだろうか。


「……んん? ちょっと待って?」


 ここまできてようやく、結衣は気づいた。どうして今まで流されるままになっていたのだろうか。


 残滓の退治方法がどうこう以前の話だろうに。


「ねえ、死神さん。どうして残滓を退治する方向で話が進んでるの?」

「……」

「…………」


 無言の二人の間に、一陣の風が吹き抜けた。

 未だに敵を確認できない残滓は、不安げにその場を後にした。



 ♢♢♢



 赤い空を見上げる京都の街。その上京区の京都御苑にある旧土御門殿の屋根の上で、その男は街を眺めていた。かつての平安京の、変わり果てた姿を。


「どれだけ環境が変わろうと、人というのは、変わらんな。愚かな道へと自ら進んでいくその姿勢が、全く変わっていない」


 晴明と西の国で対決してから、一体どれだけの時を眠っていたのか。

 見知らぬ粘土が積み上げられた街を見て、蘆屋道満(あしやどうまん)は感慨にふけった。

 この時代がどうなっているのか、果たしてあ奴らはまだ生きているのか、それすらも知らない。

 知っているのは、魂に刻まれた怨念だけだ。


 憎き()()()の屋敷の屋根を土足で踏みつけ、少しの愉悦感と共に、湧き出す新たな感情に表情を歪める。

 悪霊へと成り上がり、人の形を取り戻した道満は、その魂を焦がす憎しみのやり場に困っていた。


「チッ……晴明はどこだ? 結界で逃がさないようにしたは良いが、奴の気配が全くしない……いないのか?」


 現代の平安京の背景には、赤紫色の壁が立ち塞がり、街を外から隔離している。


「……まあいい。少なくともあいつがいることはわかってる。どうせ、この辺りで一番高いところで踏ん反り返ってるんだろう。落ちた時の顔が楽しみだ……クククククッ」


 悪霊として成り立つには、越えねばならないいくつかの条件がある。

 一つは、魂の強さ。魂が強くなければ、自我の無い思念だけの残滓(ココロノコリ)へと成り果てる。

 そしてもう一つが、それを人に向けるだけで殺すことができるほどの怨念。これがなければ、そもそもこの世にとどまることはなく自然に消えてゆく。


 道満は、安倍晴明(あべのせいめい)をはじめとした自らを貶めた全ての人間に対する怨念でこの世に留まっていた。


 あの日、この平安京で起こった、彼の人生の分岐点。望まぬ道に落ちたときに、そこに居合わせて醜く嗤っていたからには、あの男も例外ではない。


 全ては復讐のために。

 呪術で結界を張り、京都を隔離したことも、わざわざ播磨から県をまたいではるばるやってきたのも、あの男を苦しませるためだった。


 今やこの街は、平安京は道満のもの。何やら知らぬ黒い影が蔓延っていることを除けば、思い通りだ。

 かつて叶わなかった小さな願望が、時を超えてもうすぐ叶うのだ。

 道満は、復讐心で満たされた魂をしまった胸の奥深くで、昂るものを感じた。


 ふと、彼はある気配を感じた。

 知っている気配。憎き晴明の呪術だ。


「ククククク……そこにいたか。待っていろよ、晴明!」


 何千と時を超えて研ぎ澄まされた復讐の刃が、赤い空を切り裂いた。


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