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ツクモムスビ  作者: 塩漬
第一章 平安の残滓
4/5

結ばれる縁

 

『――今日の午前十時頃、京都市全域を謎の光が包み込みました。内部との連絡は一切取れておらず、現在捜索部隊が――』


 訓練された真顔と共に、『亀岡市から中継』と書かれたテロップと、鮮やかな赤紫色の壁を挟んだ京都市の方角の景色がテレビに映し出される。


 好奇心を片手に旧平安京へと迫り来る野次馬たちを押しとどめる警官たちは、法に徹した鉄仮面を顔に貼り付けているが、しかしその心情は穏やかではない。

 京都市内に家族を残している警官もいる。そうでない警官も、この不可解な出来事に頭が混乱していた。


「クソッ……中の様子がわからないのが痛いな」

「はい。如何なる通信技術を駆使しても依然として連絡は取れていません」


 マスコミが特大ネタに必死になって食らいついているその傍、急遽設置された捜索本部で、京都府警察の有田とその部下たちが唸る。

 ありとあらゆる手段で内部との接触を試みたが、全く意味を成さなかった。

 悲鳴の一つも聞こえず、それどころか空気の流れすら赤紫色の壁で遮断されており、まるで京都市そのものが外界から切り離された別世界のようだった。

 こちらから干渉することを許さない謎の壁。


「壁の解析は終わったのか!?」

「そ、それが……何故か解析装置が弾かれるんです!」

「は? 何を言ってる!?」


 有田は、初めはからかっているのだと思った。しかし、すぐにそれが間違いであることに気づかされる。

 解析装置を設置した途端、弾かれたのだ。

 壁が拒絶するように。紫電のスパークとともに。


「一体……どうなってるんだ……ここは」


 自らの理解を超える状況に、有田は頭を抱えた。


(こんなの……割りに合わんぞ!)


 事件発生から既に五時間が経過している。

 まだ人類は、この摩訶不思議な現象を理解するには些か早かったようだ。


 暖かな春の日、西日本のとある街で発生したおかしな事件を、後に一部界隈で『京都隔離事件』や『結界隔離都市K』と呼ばれることになるのだが、それはもう少し先の話である。



 ♢♢♢



 京都の街は、以前とは見違えるほど変わってしまっていた。無論、悪い方に。


 建ち並ぶ積層タイプのビルの壁は、先の大規模な衝撃波によりコンクリートにヒビが入っている。

 道路はアスファルトに亀裂が血管のように走っており、車など到底走ることができないほどにまで砕けてしまっているところもある。


 頭上に太陽の姿は無く、月の姿も無く、代わりに血のように赤い空が京都を照らす。


 そして、街中に蔓延る黒い影。

 今まさに、女性に黒い影が襲いかからんとしていた。


 ――ァァァアアアアッ!


「こ、来ないで……いや、いやあああああっ!!」


 影は止まらない。

 何故かの答えは、簡単なことだ。

 それは、目の前に生き残っている人間がいるから。

 彼らのターゲットが目の前で震えているから。


 ――ガアアアッ!


「あ、あああ、やめて、やめ、やだやだやだやだやだあああああああああああああああっ!!!!」


 黒い影が、女の体に溶け込むように消えた。

 女の目から光が消え、その虚ろな目で虚空を見つめる。


「……」

「う、うわああっ!」


 女の頭がグルリと半回転し、近くで様子を伺っていた中年の男を見つけた。


 途端、人間とは思えない速度で飛びかかり、男の喉笛を引き裂いた。

 男は即死。断末魔を上げる暇さえ与えられなかった。


 人間に憑依して人の肉体を得た影は、生者を見つけては殺し、新たな生者を探して彷徨い始める。

 このような悲劇が、京都市内のあちこちで起こっていた。



「……数が異常に多いな」


 京都市の一角の、街を見下ろすビルの屋上で、黒地白銀のメッシュが入った髪の黒いコートを纏った青年がボソリと呟いた。

 眼下には彷徨い歩く黒い影と憑依された人間、そして今しがた襲われた人間の死体が転がっている。


 彼が立っているこの場所は、元々は屋上遊園地だったのか、アトラクションの名残があちこちにある。


 人々の思い出と共に風化してしまった乗り物アトラクションのレールが、屋上を一周するように敷かれたまま放置されている。

 中央には顔の半分を失ったキャラクターの人形が置かれている。マスコットキャラクターだったのだろう。


 成人男性の平均身長の三倍ほどの高さがある錆びついた鉄格子に軽く手をかけ、ギシギシと揺らす。

 鉄臭い臭いと共に鉄粉が撒き散らされ、青年の手にツンと鼻をつく嫌な臭いがついた。


「うえっ……やだなあもう。粉塵は目に入ると危ないんだぞ」


 彼はぼやいた。自分がやったことなのにまるで鉄格子が悪いんだという、政治家もびっくりの責任転嫁である。


「というか、こんなんで安全を確保していると胸はって言える人間の気がしれんな」


 乗り越えることも、すり抜けることもできるであろうガバガバな設計だ。

 万が一、ビル六階分の高さから落下でもしてしまえば、お好み焼きよろしく地面のシミになってこの世に別れを告げることになる。

 人の命がかかった仕事を、こんな抜け道だらけの鉄柵に、果たして任せてもいいのだろうか。彼には理解できなかった。


 この柵を抜けて落ちるだけで死んじまう人間が脆いのか、建物を上に積み上げた人間が愚かなのか。


「……死ねば消えれるならさっさと消えたいっての」


 そんな消滅願望を含んだ彼の呟きは、血色の空に吸い込まれるように消えた。


 さて、と青年は後ろを振り返った。


「お前、いつまでいるつもりだ?」


 声をかけられた結衣はビクッと体を震わせて、正座のまま縮こまった。

 塗装の剥げたベンチで、わざわざ正座で座っている。


「え、えと……その、さっきはごめんなさい」

「何の話だ?」

「だ、だから、助けてもらったのに急に暴れたりして……」


 結衣はばつが悪そうに頰をかいた。視線があっちへふらふら、こっちへふらふら。

 先刻、絶体絶命のピンチから救ってもらった恩人に、あろうことか「ヘンターイ!」と喚き散らしながら暴れたことを未だに恥じているようだ。


 結衣のせいで事故りかけた当の本人はというと。


「……ジトー」


 ジト目だった。

 せっかく助けてやったのに。変態の汚名を受けて、さらには事故って大事なバイクを傷つけることになりかけたんですけど。


 彼の本音がジト目とともに結衣に突き刺さる。

 結衣は顔を真っ赤にして俯いた。緋色の前髪がおりて顔を隠す。視線に耐えられなかったのである。


「うぅ……死にたい……っ!」


 穴があったら入りたい。その気持ちでいっぱいだった。


「……はあ。もういいよ、それは。で、お前はこれからどうするつもりだ? 正直言って、さっさと去ってもらいたいところなんだけど」


 これからのこと。

 ホラー映画でありそうな展開になったこの街で、今からどうしろというのだろうか。

 結衣は特別運動が得意なわけではない。独りで外にほっぽり出されたところで、逃げきれずに殺されるのがオチだろう。

 ただ少し、目が良いだけなのだから。


 そして、どこまで逃げても付きまとってくるのは孤独だ。孤独による不安は、そんじょそこらのお化け屋敷で受けるのストレスを軽く凌駕する。

 孤独の恐怖。それは、結衣が誰よりも一番理解していることだった。


「わ、私は……」

「……そういえば、そのぶら下げてる物騒なのは何だ? 銃弾か、それ?」


 結衣が答えに詰まって口をモゴモゴさせていると、青年が不意に口を開いた。

 視線の先には結衣が首から下げている首飾りが、鈍く光を反射して揺れている。


「あ、うん……死んだひいおばあちゃんに貰った大切な御守り。これ着けてるとね、私を助けてくれるんだって」

「……そっか」


 変なおまじないを考えるもんだな、と頭を掻いた青年は、結衣の隣を通り過ぎて、そして振り返った。


「いつまで座ってんだ。ほら、さっさと支度しろ」

「えっ……?」

「ついて来るんだろ? それとも、置いて行って欲しいのか?」

「い、行きます!」


 結衣は慌てて立ち上がろうとして、コケた。足が痺れていたのである。長時間の正座の代償だった。


「イタタ……」

「ホント、足手纏いにだけはならないで欲しいな……」


 青年は、今日何度目かわからないため息を吐いた。


「あ、あの……ありがとう。連れて行ってくれて」

「……感謝なら、お前のひいおばあちゃんとやらにしとけ」

「……? わかった」


 追いついた結衣は、自分より少し背が高い青年の顔を見上げて、ふっと微笑んだ。


「私は白結衣。よろしく!」

()()、とでも呼んでくれ」


 こうして、結衣と死神の縁は繋がった。

 目指すは悪夢からの脱出だ。


「死神って……まさか中二病?」

「違うわ! 正真正銘の死神だ!」

「え、えぇ……」


 まだ認識に若干の差があるようである。

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