泣き空
塩漬です。よろしくお願いします。
寿命が迫った人工の光が、パチパチと明滅を繰り返している。
太陽が姿を隠した今、コンクリートジャングルと化した現代の日本では一定間隔で整列している街灯が夜道のお供だ。
年中無休で働いた社員は限界だった。皮肉なことに、街の照明担当の部署はとてつもなくブラックなのである。
今宵はなんだか気が重たい。
示し合わせたように一斉に寝床へ潜り始める人々。野生動物たちは山へと帰り、身を潜めた。夜行性の動物でさえも、暗がりから目を光らせるだけで、それ以上街に出てくることはない。
ついに、限界がきた街灯が一つ、その光を消した。過労死である。過度な勤労が身を滅ぼしたのだ。現代の人間社会の闇を如実に表していた。
そして連鎖するように、一つ、また一つと共倒れを始めた。人間の集団心理を表すモデルケース……と言いたいところだが、これは初めに過労死した街灯が影響したわけではない。
彼らは光を嫌う。ただ、それだけの話だ。
辺りに霧が立ち込める。彼らが隠れるために。いや、彼らを隠すために。
人間は眠りについた。頃合いだ。
――さあ、夜の帳が下りた。我の元に集え。今宵は我らの時間である。
始まるのは百鬼夜行。
人ならざる彼らが行列を作って街を一晩中練り歩くお祭りだ。
河童が踊り、隣にいる輪入道と衝突して喧嘩になった。しかし、今夜はお祭り。楽しまなきゃ損であると、無事に仲直りをした。
ぬらりひょんがずっこけた。腰をやってしまったようだ。残念ならが今日のところは退散するようである。周りの妖怪に介護されながら腰を抑えて行列から外れるぬらりひょんの背中は、なんとも物悲しいものだった。
牛鬼が虫のような体をカサカサさせて必死に最後尾について行くが、追いつくたびにまた引き離されるのでちょっとだけ泣きそうになっている。理由については、牛鬼に追われている妖怪たちの表情で推して知るべし。
人の目から隠れたお祭りは夜通し続いた。
そして。
楽しい一時はいつかは終わる。百鬼夜行の夜明けは近い。
――ああ、また。空が泣く。
亡く空に現れる偽りの太陽が、百鬼を焼き払うのだ。
お祭り気分が抜けない妖怪たちは、その太陽を前に血相を変えて散って行く。
『空亡』が放った暗い光が刹那の間日本を覆い、やがて明るくなった。
そのことを人間は知らない。知っているのは人ならざる存在、即ち怪異だけだった。
♢♢♢
憎い。憎い憎い憎い憎い。
彼は呟く。都に根付いた深き憎悪は、意思がなくとも、ただその怨念だけでこの世に留まっていた。
消えろ。消えろ消えろ消えろ消えろ。
恨むは人間。彼を辱め、蔑んだ愚かなニンゲンどもに復讐を。
殺す。殺す殺す殺す殺す。
呪い殺したいのは彼が好敵手。彼から全てを奪った卑怯者に死を。
彼は、空亡から放たれた暗い光を受けながら、その光で怨念を包み込みながら、叫ぶ。たった今できた口で、喉で、体で。有りっ丈の憎しみを込めて。
「セェェェイメェェェイ!!」
京都に根付いていた怨念『陰陽師・蘆屋道満』は、悪霊へと成り上がった。
♢♢♢
朝が来た。
人間たちが布団から起き上がり、またいつも通りの生活を始める。
同じような日々の繰り返しだということに気づかぬまま呑気に外に出た人間は、冷たいものを皮膚を通して感じた。
「天気雨、か」
気持ちのいい朝だというのに、空が泣いていた。