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オウランド紀  作者: 花火大会
1章
8/13

オウランド紀13年ー7

調査団に新発見の魔物の調査の声が掛ったのは、兵士の遺体の弔いも終わらない明け方近くだった。

遺体の解剖を終えたシバは、調査団に振り分けられた天幕の中で一晩中書類と標本を纏めていたが、その呼び出しに応えて、前線基地中央に設けられた軍舎へと出頭することになった。遺体から採取された標本を整理する手伝いをしていた団員が、目の下に隈を作っているシバのことを心配気に見てくる。

「私が行きましょうか?」

と尋ねる副団長に頭を振って答える。

「いや、新種の魔物発見なら、団長の仕事だ」

「そうですか」

「行ってくるよ」

シバは前線基地中央に設けられた軍舎に向かう途中、眠気覚ましになる木の実を口に含む。苦みが強く眠気が飛ぶ、強壮作用がある木の実だ。シバは知り様もないことだが、パッチが提供してくれた、オウランド大陸産の酒にも含まれている木の実である。

軍舎の入り口で木の実の種を吐き出し、口を拭って中に入る。天幕だらけの前線基地において、木造とはいえ人工建築物は、軍舎と基地を取り囲む塀と柵、そして二つある門だけである。軍舎の中には多くの兵士が集まり、明け方とは思えない活気に満ちていた。

「シバ団長、待っていたぞ」

軍議が開かれる会議室に入ると、前線基地の責任者である、駐屯地司令が目聡くシバの姿を見つけ、声を掛けてきた。まだ年若く、ふくよかな体型をした駐屯地司令は、シバに負けない濃さの隈を目の下に作り、汗で前髪が額に張り付いている。

「お待たせして申し訳ございません」

「今回の魔物についてだが」

頭を下げるシバに構わず、駐屯地司令は口早く尋ねてきた。

「今までに見つかった魔物で、該当するモノはいるのかね」

「わかりません」

その言葉に、駐屯地司令の表情が一瞬呆けたものになった。

「わからないって」

「新種の魔物の可能性が高いとは思います。しかし、生存者の報告もなく、この目で見たわけでもないので、お答えできません」

シバは慎重に答える。この駐屯地司令は実戦経験も少なく、前線基地から出ることも少ない。直接魔物を見たことも、もしかしたら、ないかもしれない。縁故による出世からの、箔付けとしての駐屯地司令への起用。そう噂されているこの若者に、実は自身と同じものを感じているシバは、

「今回の魔物の調査には、いつ向かいますか?」

と、敢えて提案をすることで道を示した。シバの言葉に息をのんだ駐屯地司令は、汗を拭いながら、

「至急、向かうべきか?」

と訊いてきた。

「朝になったら出発すべきです。東の丘、そこに穴がある。そこに魔物がいる、という話ですので」

会議室に居る前線基地の軍幹部の一人が、シバの言葉に大きく頷く。

「その通りです。新種の魔物によって哨戒部隊が全滅しているこの状況を、放置しておくのは危険です」

「そうか。うん。そうだな」

会議室の机に広げられた前線基地周辺の地図を見ながら、駐屯地司令が唸りだす。

調査団の活躍により、日一日と鮮明になっている周辺地図には、魔物の情報や棲息図などが細かく注釈をつけて書き込まれている。こういった細かい作業は、実はこの年若い駐屯地司令が一人で行っている。周到に情報を集め分析するところが、シバが彼のことを気に行っている理由なのである。

「実は他にも二隊、帰還しない隊があるんだ」

地図を指差しながら、軍幹部がシバに口を開く。前線基地から西には、真っすぐ港方向に向かう道が伸びている。実は前線基地の東側は丘陵地帯であり、大小様々な丘が並んでいる。件の魔物が潜んでいるという丘がどれなのかは、現地に行って捜索するところから始めなければならないだろう。

「その隊はどこを移動する予定だったのですか?」

「この丘陵地帯の哨戒任務に付いていた」

苦々しく答える軍幹部の一人が、地図上に指で円を描く。

「ならば、同じ魔物にやられたかもしれませんね」

「至急対応すべきだな」

「三部隊が全滅している。少数での捜索、調査ではなく大規模なものにすべきだ」

駐屯地司令が、その言葉に大きく頷いた。

「ここ前線基地は、人類がオウランド大陸を取り戻すための足掛かりである。この陣地を失うわけにはいかない。貴重な人材も、徒に失うわけにはいかない。朝日が昇ったら、東の丘陵に軍を進めよう」

駐屯地司令の決定に、軍幹部が頷いて立ち上がる。それぞれが指示を出そうと会議室から出ていこうとする軍幹部に、シバが声を掛けた。

「重武装でお願いします」

「なに?」

「亡くなった兵士は厚い革鎧を着ていましたが、鎧ごと噛み切られて致命傷を受けています。また、槍や剣も歯が欠け、折れ曲がっていました。肉を溶解する毒も見つかっています。重武装で身を守れる方が良いかと」

シバの言葉に、軍幹部たちは了解の声を上げてから、会議室から出ていった。

「それでは、調査団も準備をしてきますので」

駐屯地司令に断りを入れて、シバも会議室を後にした。これからのことを考え、必要になるだろう物資を頭の中で整理する。先程噛んだ木の実のおかげだろうか。それとも新たな魔物の調査への興奮だろうか。その歩みは力に満ちていた。

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