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オウランド紀  作者: 花火大会
1章
4/13

オウランド紀13年ー3

港町は霧に包まれていた。夜に向けて街中の所々で篝火に火が点けられる。霧によって滲んだ灯りとなる篝火は、急ごしらえの街を陰影深く浮かび上がらせていた。

町までの護衛をしてくれた騎馬隊と別れ、シバは港に停泊されている船舶に乗り込んでいた。港に停泊した船舶の中で殊更に巨大なその船体には、希望、と大きく刻印されている。連合軍がオウランド大陸に人員と物資を輸送するために建造された最新の船舶である。海に潜む魔物に対抗するために、多くの乗員が武装した、輸送船というよりも武装船と呼ぶに相応しい船だ。

船長室のそばに設けられた貴賓室が、シバが向かう部屋である。部屋の前にはその部屋の主の私兵団員が立っており、シバを見て扉をノックした。

「なんだい」

のんびりとした声が扉の隙間から流れてきた。

「シバ団長がおいでです」

私兵団員の言葉に、扉が大きく開かれた。

「おおシバ君。遅かったじゃないか」

扉の向こうにいたのは、上等な服に身を包んだ恰幅の良い男だった。書類仕事でもしていたのだろう。貴賓室の広い机の上に書きかけの書類が散らばっている。部屋の隅には調査団が集めたオウランド大陸産の標本が、箱詰めされて並んでいた。

「途中で魔物がいましてね。迂回してきたら時間がかかりまして」

シバは頭を下げて謝罪した。

「いやいや。無事ならばよいのですよ。心配しました」

恰幅の良い男の名はパッチという。見た目の通り商人であり、彼が所属する商人連合は、オウランド大陸に侵攻する連合軍に軍資金を多量に提供している、後援団体である。禿頭に浮かんだ汗をぬぐいながら、パッチは扉から身をよけて貴賓室の奥を手で指した。

「とりあえず、シバ君、中に入り給え。疲れただろう」

貴賓室の中に入ったシバにソファを勧めながら、パッチは備え付けの棚から酒瓶を持ってきた。

「これは新種の酒でね。この前見つかった薬草を漬けたものなんだ」

上等なグラスに注がれた渋色の酒をシバに勧めながら、パッチが歯を見せて笑う。

「なんでも強壮作用があるとかでね。普通の酒に飽きた人間によく売れるよ」

パッチの所属する商人連合は、オウランド大陸で発見される素材の管理、取り扱いを独占している。多量の軍資金提供の見返りとした素材の独占、加工、販売により、多額の儲けを生み出していた。特にオウランド大陸で発見される素材から発見された新たな薬効やその特殊な性質は、既知の技術を排し新たな技術革命を齎す、人類を豊かにする礎になっていた。

「ありがとうございます」

シバは受け取ったグラスに口をつけ、酒を舐めるように味わった。舌先にはとろみが強い甘みが絡み、後から鼻先に抜けるのは苦みを伴う酸味臭。

「独特の味だろう。こういうのが、オウランド大陸産として喜ばれるんだよ」

顔を顰めるシバに揶揄う様に言いつつ、パッチは自身のグラスの中の酒を飲み干し、なみなみと次の酒を注いだ。

「今回の報告書になります」

シバは背嚢から厚い書類が入った紙袋を取り出し、目の前の机に置く。散らばっていた書類を整理していたパッチが、置かれた書類袋を見て目を細める。

「今回は新たな発見はあったかね?」

「棲息図の刷新と、細かな発見ですね」

「素晴らしいじゃないか」

パッチは諸手を挙げたかのような仕草をした後、書類袋から中身を取り出し、目を通し始めた。

魔物棲息図の刷新とは、言い換えれば新たな素材を手に入れるための狩猟計画の為の足掛かりである。パッチ達、オウランド大陸産の素材を求める者たちからすれば、魔物の棲息図は金脈を指し示す宝の地図に他ならない。アルコールが入りぎらついた目つきになったパッチが、シバが描いた棲息図を食い入るように見つめる。

「この、木が鳴いているかもしれない森、というのは?」

「隊員が発見、調査している段階ですが」

シバはグラスに残った酒を舐めながら、パッチに説明する。こうして酒を飲み、調査団が発見した物事について報告することが、調査団長として唯一、気を張らないで出来る業務である。

パッチとの報告会をするようになって長いが、こうして酒を勧めてくれる分、前任の商人連合代表よりもつきあいがしやすいと言えた。

「ほうほうなるほど。それは新たな発見に繋がりそうですなあ」

パッチはいちいち大げさに頷いてシバの言葉に反応する。勿論、こんなのはシバの気を良くする演技であるが、こちらの揚げ足取りに終始して、報告書を鼻で笑われるよりもはるかに良いだろう。

「シバ君の発見した花弁というのは?」

「こちらになります」

シバは背嚢の底にしまっていた小さな袋を取り出した。袋を机に置く。しばらくじっとパッチはその袋を見ていたが、首を傾げて尋ねてくる。

「動かないようだが」

「枯れてしまうとダメなようです」

袋の中から萎びて枯れてしまった花弁を取り出し、シバは答える。

「花から離れると通常の花と同じ様に萎びて枯れていきます。そうすると特性が失われてしまうようです」

「ふうむ」

パッチは椅子に深く座りなおすと、グラス内の酒を一息に飲み干し、口を開いた。

「元々の花に戻ったこの花弁はどうなるんだい?」

「花弁があった場所に戻り、しばらくすると癒着して元に戻ります」

「ほう」

パッチが目を輝かせて身を乗り出してくる。

「それはどういう作用で癒着するのだね」

「花弁の付け根と千切れた個所に粘性の液体が滲み出ているようです。その粘液の作用と思います」

「ほう」

「花弁を切り離すことにより傷が開き、粘液が出るようです。花を抜いて擂り潰して確認したのですが、その花の茎にも同じ粘液が分泌されていました。強力な接着性があるようですが、花一つから採れる量は少なく、実用性があるかは難しいですね」

パッチはシバの報告を聞き、腕を組んで天井を見上げた。

「また、接着作用は粘液が乾いてしまうと途端に弱まります。紙を張り付けるなどで使用しても、乾いてしまえば簡単に剝がせるものになります」

「建築材としては使えないか」

「そうですね。手紙の封印としてならまだ使えるかもしれません」

「糊の代わりということかな」

「はい」

「それは生きているこの花じゃないと実験できないのかな?」

「そうですね。今回は群生している所を棲息図に記載していますので、次回、その場の土ごと採取して持ってこようかと思っています」

「おお。それは楽しみだ」

シバの言葉にパッチはにんまりと笑い、貴賓室の隅に積まれた大量の箱に目を移した。

「今回の荷だけでもかなりの儲けになるだろう。次回も楽しみだよ」

シバはその言葉に頷きながら、黙って酒を啜る。結局のところ、こういう旨味があるから人類はオウランド大陸に躍起になって出兵しているのだ。人類が土地を取り戻す、ということはつまり、その土地に棲息する魔物を狩り尽した、ということに他ならない。調査団は魔物を調査し、倒すための足掛かりを作るだけが業務ではない。人類に繁栄と、何より新たな利益を齎すために働いているのだ。

「次回は三か月後になると思います」

パッチは暫し口を噤んでいたが、シバを見てそう言った。

「他に何かありますか?」

「調査団員の増員をお願いします。調査範囲が広がりまして、人手が足りません」

報告会の締めの言葉はいつも変わらない。シバの言葉にパッチは鷹揚に頷きながら

「善処します」

と返した。

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