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オウランド紀  作者: 花火大会
1章
3/13

オウランド紀13年ー2

人生でツキに恵まれたことなんて一度もない。巡り巡って逃げ続けて、辿り着いたところは人外の魔物が暮らす地獄だった。

人類の土地を取り戻す使命感や、未開の土地を開拓する好奇心もなく、様々なものから逃げ出してオウランド大陸にしがみついているのは、偶々生き延びた結果に過ぎない。一緒にオウランド大陸に上陸した戦友は、皆とっくに死んでしまった。大陸に向かう船内で、偉そうに発破をかけていた分隊長は、魔物の襲撃に合って無残に目の前で殺された。

昔から目端は利いた。逃げ時は見逃さないように、臆病に生きてきた。街中では人に怯え、町から出れば獣を恐れる。土地を移る時は風土病に罹患しないように注意したし、気候の変化が体調に大きく影響することは、多くの人の中に紛れてよく観察してきた。

運がよかったから生き残れただなんて、誰にも言わせない。俺が生き残れているのは、臆病だったからだ。慎重を通り越して臆病に、常に自分が生き残れるように、周囲の観察を怠っていなかったからだ。

その臆病な態度が気に食わないと、矢鱈と目に付けられて絡まれて、ついにはこんな人外魔境に辿り着いていたのだから、まったく人生は分からないものだ。

そして何より、こんな土地では自分のような人間が団長という地位を与えられ、頼られているというのだから運命なんて数奇なものだと感じてしまう。

ただの臆病者だというのに。


オウランド大陸の深部へ侵攻し、新たな魔物が発見される度に、調査団は最前線へと招集される。新たな魔物の発見は、大陸侵攻を阻む障壁となるが、仮にその遺骸から新たな資源が発見されれば、人類に新たな実りを齎す福音となる。調査団員に必要なことは、オウランド大陸に巣くう魔物の生息範囲やその生態を調査し、情報を持ち帰ることである。オウランド大陸に棲息する魔物たちは、既存の生物とは異なる生態を持つ。人類の力では太刀打ちできないと思われた化物も、調査団による綿密な調査の結果、討伐につながったこともある。

たとえそれが些細な情報であったとしても、その情報の積み重ねが、人類連合軍、ひいては人類の勝利と繁栄を呼ぶ礎になるのだ。

調査団の業務には戦闘行為は含まれない。最低限自衛できる装備を身に纏っているが、調査に必要な物資が荷物の大半を埋めている。一抱えの荷物を運ぶ調査団員は、一見すると物資を運ぶ移送兵に見えるが、その中身は他の兵には活用できない雑多な書類道具ばかりである。

前線基地から出発する騎馬隊に付きしたがい、騎馬に跨った調査団長のシバは、腰に佩いた愛刀の位置を調整しながらゆっくりと馬を歩かせていた。騎馬隊の目的地は、現在の連合軍がオウランド大陸上陸地点としている、大陸西部にある港である。、

魔物が発生してからというもの、オウランド大陸に元々整備されていた交易路は、全て遮断されてしまった。大陸にあった国が滅び、人類が大陸から逃げ出した混乱期に、人類が暮らしていた土地は、今では、ある所は魔物が待ち伏せに潜む場所になり、ある所は魔物の住処に変わり果てていた。

兵站路として新たに敷設された道を進みながら、騎馬隊員の一人が、後方をついてくるシバに振り返り尋ねてくる。

「港に何か用事があるのですか?」

「報告書を持って行かなければいけなくてね」

背嚢を指さしながら答えるシバに、まだ若い隊員が目を丸くして口を開く。

「調査団団長がわざわざ御自分で報告書を運ぶんですか」

「人手がないんだ」

苦笑交じりにシバは答える。実際問題、調査団は常に人材不足だ。連合軍の中に組み込まれてはいるが、新たに人員が配置されることは稀であり、実戦に参加しない外部部隊扱いされているため、連合軍の輸送隊の使用も認められていない。半年に一度の報告書の提出も、調査団長のシバ自らが行わなければならない、という時点で、その扱いの悪さは如実である。

「港までは一日がかりですね」

オウランド大陸侵攻の前線基地の設置場所が、侵攻に伴い大陸深部に進めば進むほど、報告書を運ぶ行程は港から離れ伸びてしまう。調査団長の業務としては、煩雑なうえに時間がとられる、無駄なものではないのか。口にしたことはないが、シバは報告書を運ぶ度にそう思っている。

朝早く出発した騎馬隊は、昼下がりまでは問題なく進行していた。オウランド大陸の海は、所により深い霧が立ち込めている場所がある。陽が射しても晴れない霧は、海に棲む魔物の吐く息ではないか。という報告が挙げられたこともあるが、未だそんな魔物は発見されてはいない。西に向かう騎馬隊へ、風に乗って霧が流れてきていた。

「霧が濃いな」

シバは顔を顰めて呟いた。霧の濃さは日によって変化する。時に広がる霧に紛れて、魔物が跋扈することもある。西にある港に向かうには、この霧の中を進むしかない。昼日中とはいえ、安心することは出来ないだろう。

霧によって陽が陰る。騎馬隊は密集隊形になり、斥候が一人、騎馬隊の前に突出する陣形になった。シバは騎馬隊の中央に守られる形になる。

一団が海岸線に近付いた時、先頭を歩いていた斥候が手を挙げた。

「調査団長」

騎馬隊は進行を止め、シバに振り返って顔色を窺う。シバは斥候の横にまで馬を進め、その視線の先に目を向けた。

「あれは危険か?」

視線の先には、三体の巨躯の魔物がいた。一体の魔物の体躯が目立って大きく、二体の魔物はその半分ほどの大きさしかない。しかしそれでも馬に跨ったシバたちが見上げるほどに巨大なのだが。流線形の体躯から生えた首は長く、海に向けて垂らしている。顔は海水に沈められているが、そのぎょろりとした瞳が波間からも分かる強い輝きを持って、騎馬隊に向けられていた。体躯から伸びた細い脚で海に立ち、その皮膚には長く細い体毛が生えている。騎馬隊に目を向けているが、三体とも微動だにしない。

「危険だが危険じゃない」

シバは武器に手を伸ばした姿勢のまま答えた。

「どういうことだ」

「三体で一番巨躯の魔物が、あの魔物の幼生体だ。他の二体は親かもな。敵対的行動をとらないで離れれば大丈夫だ。巨大な幼生体に手を出せば襲ってくる。死に物狂いでな」

シバは騎馬隊に振り返ると、腕を振って進行方向を変えることを指示した。海岸線から離れ、魔物(フリングスと仮称している)を刺激しないように迂回したため、港に着いた時にはすっかり日が暮れていた。

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