オウランド紀の始まり
オウランド、という国があった。
オウランド。
という国があった。
南には山脈。北には湖。広大な平野の中に設立された、君主国家である。
東の平原に暮らす先住民族である蛮族と争い領土を広げ、西を流れる河の向こう岸にあるセンシュ国とは、交流はあるものの密かに互いの領土線を争っている。北にある湖で獲れる魚は、冷水により脂がのった良魚として有名で、オウランドの民の蛋白源となっていた。南の山脈は未踏の僻地であり、多くの獣が暮らす人外の地だ。平野は農耕地として開拓されている。南に向かうほど牧草が育てられ、牧場地帯が広がっていた。
世界には五つの大陸があり、今や世界は大航海時代に入っていた。大規模な船団が大海原を越え、多くの人と物が港町を介して交流していた。現地では何気ないものが、遠くの地では珍品として高値で取引される。海に面していないオウランドでは、川を下り港町まで荷を運ぶ商船の造船が盛んであったが、川の支配権をセンシュ国と争う関係上、水軍の補強が優先されていた。蛮族対策として平野には騎兵隊が走り、駐屯兵として歩兵隊が各村や町に留まっている。争いがないわけではない。外敵がいないわけではない。緩やかな緊張感を保ったまま、発展を続ける国だった。
そのオウランドが、一夜にして滅びた。
東の平野に暮らす蛮族に攻め込まれたわけではない。焼き尽くされた平野には、多くの死体が転がっていた。
西のセンシュ国に滅ぼされたのではない。センシュ国はその三日後に壊滅されていた。
燃え盛る国を背に、河を下りセンシュ国から逃げてきた難民は、同じ言葉を口にした。
「悪魔が攻めてきた。」
「河は死体で埋まっている。」
「オウランドを燃やし尽くした化物が、私たちの国を食い尽くした。」
多くの人々はそんな言葉を信じなかった。そして多くの人々が、自分たちの嘲笑を後悔することになった。
オウランドの跡地から出現してきた侵略軍によって、自国に戦火が広がったからだ。
世界には五つの大陸があった。
その大陸の一つは、圧倒的な進行速度を保ち、日増しに数を増やす侵略軍によって占拠、支配された。センシュ国から逃げてきた難民たちが言うように、それはまさしく化物の群れだった。鱗に身を覆われた巨大な生物。水底から遠大な舌を伸ばし船を飲み込む影。夜の闇の中で目を赤く輝かせて待ち構えるもの。伝承で伝えられる魔物。伝承では伝えられない化物たち。占拠された大陸は、跋扈する異物によって埋め尽くされていた。
人々は侵略軍に対抗するために団結した。何度か大陸を取り戻そうと連合軍が送り込まれたが、結果は芳しくなかった。魔物が泳ぐ海を越えることすら出来なかった一次隊。滅ぼされた港町に辿り着くことができた二次隊は、上陸後三日も保たずに全滅した。難民が動員された大規模な三次隊は、魔物たちが大陸の上で新たな生態系を作りあげていることを、確認出来たことだけが成果だった。四次隊は陣地を作り上げることには成功したが、三週間後には撤退を強いられることになった。
魔物に占拠された大陸は、いつの間にか魔物たちの発生源とみられる国、オウランドの名で呼ばれるようになった。
人々と魔物が争う時代、オウランド紀の到来である。
オウランド紀0年。人類は敗北することから始まった。
オウランド紀3年。人類はオウランド大陸西部に陣地を築くことに成功した。
オウランド紀6年。人類はオウランド大陸から撤退した。多くの魔物に襲われた結果だった。
オウランド紀12年。人類は力を蓄え、オウランド大陸深部にまで侵攻した。
オウランド紀13年。大陸の陣地から港までの道が整備された。魔物の分布を研究した結果だった。
オウランド紀14年。オウランド大陸に魔物だけではない、人型の生物が確認された。魔人の発見である。
オウランド紀17年。オウランド大陸から人類が撤退した。巨大な魔物によって蹂躙された結果だった。
オウランド紀21年。魔人による国家がオウランド大陸に設立していることが確認された。
オウランド紀24年。人類の大規模侵攻が始まった。
オウランド紀26年。人類によって初めて、巨大な魔物の一体が狩られた。大陸侵攻の妨げになっていた巨獣を狩る手段が確立され始めた。
オウランド紀27年。魔人国家による宣戦布告がなされた。人類は大陸を取り戻すため、魔人国家は国土を守るための戦争が始まった。
オウランド紀29年。人類はすでに一つの共同体、国家として纏まり、今やオウランド大陸から人類の地へと侵攻を始めた魔人国家との、全面戦争に突入していた。
オウランド紀30年。魔人国家の君主、人類が魔王と呼称する存在が、オウランド大陸人類陣地に攻め込んだ。単身現れた魔王は、侵攻軍を蹂躙し、陣地を破壊して去っていった。実に三割の人員を失った侵攻軍は、大陸からの撤退を余儀なくされた。
オウランド紀31年。敗北を続ける人類の中で、単独で魔人の侵攻を退ける者たちが現れる。彼らは古典的表現で、勇者と呼ばれた。
オウランド紀33年。人類は勇者達を旗印に、オウランド大陸へ再度上陸した。魔人は精鋭部隊を持って勇者達と衝突し、人類と魔人との最終戦争が始まった。
オウランド紀33年。秋。一人の勇者が魔王の前に辿り着いた。多くの犠牲の上に立ち、多くの勇者が身を盾にして、彼を魔王の前まで押し上げた結果だった。勇者たちの猛攻に多くの部下を失った魔王は、勇者に向き合いその一騎打ちに応えた。
オウランド紀48年。未だ人類と魔物の争いは終わっていない。
オウランド紀の物語。