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■「婚儀の中で2」

「もうそう長くはない。動くぞ歴史が」


 僕はそのリンクの言葉に何が? とは聞かない。

 アウンスト・エスカリア・バレントン。エスカリア王国第二十四代国王である彼の命の炎が燃え尽きようとしているのだ。


 ――――

 

 王が不予となったのが王国歴三百十四年の二月の事。それから既に二年以上の歳月が経っている。

 だがその間に行われたのは治療というよりも延命措置の意味合いが強かったといえるだろう。


 なにせこの世界の医術レベルでは知る由もなかったが、国王は倒れた時に既に脳死状態であったからだ。

 だがこの世界の闇ともいえるだろう。治癒魔法により生命維持だけを無理やり続けることが可能であったからだ。


 この世界の人間種であれば百五十くらいまで長生き――亜人種に比べれば短いが――することが出来る。

 特に人材や財力に優れた王族・貴族であれば特にその傾向は強くなる。文献の中には百七十六まで生きた貴族がいたという記録まである。


 だがそれは、殆どにおいて治癒魔法により無理やり生命活動を続けた結果ともいえる。

 王もまたこの二年間はベッドから一歩も動くこともできないまま、ただ生かされていただけである。


 安楽死という考えもなく、王の死の責任を取らされる恐怖が治癒魔法士たちにある意味非人道的な行為を続けさせる結果となった。

 だがその無理やりな治療ももはや限界を迎えつつある。二年にわたる治療の間に既に臓腑はその機能の殆どを喪失し、後継者による治癒魔法士たちへの『許す』という言葉がただ待たれるだけであった。


 ――――


「ここにいる呑気な連中は知る由もないさ。公爵家だけのトップシークレットだからね。

 父上もいつ何が起こってもいいように中央を離れるわけにはいかなかったってことさ」


 そうリンクは笑う。いや、笑ってはいるがその瞳の奥にあるのは野心だろうか? その表情に僕は、リンクの本質の欠片を見た気がした。


「事が進めば恐らくウォーレン公爵は第二王子を擁立しようとするだろうね。けれど第二王子は国王代理としての二年間で多くの失態を犯した」

「そうなのですか?」

「そうかさすがにバルクスまでは情報は届かないか。まぁ中央では大小さまざまな事件が起きてそれを第二王子はうまく解決できなかった。

 それによって王国。とくに貴族たちに少なからぬ損害が出ている」

「それもファウント公爵の差し金かい?」


 そう返す僕にリンクはただ笑う。それは肯定を意味していた。

 後継者争いにおいて一番効果的なのが、実際の執務能力を周囲に見せることだ。それは逆の意味でも効果的である。

 そして貴族たちにとっての執務能力とは、国が富むことではない。自分たちに利益があるかどうか? だ。


 ファウント公爵の事だから裏で王国自体の国力への影響は少なく貴族たちへの影響が大きな問題ばかりを起こしたのだろう。

 それを第二王子はうまく処理が出来なかった。いや、たとえ能力があったとしてもファウント公爵によって失敗するようになっていたのだろう。


 自分たちに損が発生し、第二王子に失望した貴族たちをファウント公爵は、言葉巧みに自分たちの陣営へと勧誘していったのだろう。

 話に聞くウォーレン公爵ではこのような芸当は出来はしないだろう。

 ふと頭の中に国王の延命処理がここまで延ばされそして終わりを迎えようとしていること、いやそもそも不予となった事すらファウント公爵の目論見だったのでは? という考えが頭をよぎる。


「いくら父上でも王が倒れたことは想定外だったよ」


 僕の表情に出たのだろうか? リンクは苦笑いとともに言う。それに僕も苦笑いで返す。


「それで勝てる見込みは?」

「どこかの誰かが北西を抑えてくれればより確実に」

「なるほどね」


 王国内で南方に居を構えるファウント公爵にとって一番の対抗馬であるウォーレン公爵領は北方に位置している。

 三正面作戦をなるべく回避したいファウント公爵は東部を中心的に協力者を増やしているとアリスからの報告で聞いている。

 そして西部は一大勢力はここバルクスであろう。そしてバルクスの北部に位置するエウシャント伯領を中心としてファウント公爵派閥と敵対する貴族が多い。

 そこをバルクスが抑えればウォーレン公爵たちだけに集中できるというわけである。


「そこでだ、事が起きた際にすぐにでも連絡が取れるようにしたい。そちらに精神感応者はいるかい?」

「一人だけいるよ」

「へー、それはアリストン女史かな?」

「いや、僕の傍付きメイドさ」

「そうなのかい? 僕はてっきり……」

「……どうかしたかい? リンクロード?」

「いや、それならいい。それじゃぁこちら側にいる術師とバルクス側の誰かと接続しても構わないかな?」

「……一応、みんなと相談するけれど。構わないよ」


「良い返事と期待しているよ。それで今回の対応はエルスティア自身が執るのかい?」

「……いや、引き続き当主代行であるクイに執ってもらう予定さ」

「あぁ、たしか君は病気の静養のためにクイに代行させているんだったか」

「それもあるけれど、クイ自身に何らかの功績を上げさせたいのさ」

「それは、ルーティント伯爵あたりに封じるためかな?」

「……まぁね」


 エスカリア王国において貴族が独自に封じることが出来るのは、男爵・子爵位までである。

 それ以上、つまりは伯爵、侯爵、公爵位に封じることが出来る存在は唯一無二。国王のみである。

 クイにはバルクス家の脆弱である分家になってもらう必要がある。そして侯爵家の分家としてやはり伯爵位が相当といえるだろう。

 領内の伯爵位であるから王国に申請すれば恐らくクイは伯爵位に封じられるだろう。


 だが何の功績もないままにとなると、後々不満を持つものも出てくる恐れがある。

 功績の中で最も高いのはやはり戦争で勝利するということだ。たとえ本人が最奥の天幕の中で震えていたとしても。だ。

 そして次期国王予定のイグルス王子に有利となる戦争で勝利したともなれば最高の功績となる。


 まぁ人間同士の戦争に僕が出るほどのことは無いとクリス達に言われたってのもあるけれどそれは黙っておこう。


「ははは、嫁いで早々伯爵婦人様か。こいつはニアも運がいい」


 そう言いながらリンクは高らかに笑う。確かに公爵家の娘とはいえ末娘が伯爵位の婦人となることは珍しいだろう。


 そんな中、外から『コンコン』と何かを叩く音が聞こえる。

 そちらに振り向くと見えない壁越しに不機嫌そうにおでこをさするニアと少し困ったような笑みを浮かべるクイがいた。

 ニアのおでこが少し赤くなっているのはどうやら僕たちに近づこうとしてエアシールドにぶつけたらしい。


 僕は、リンクに目くばせをして会話が終了したことを確認して魔法を解除する。

 それと同時に今までの静寂が嘘のようにざわめきが戻ってくる。


「もぅ、リンク兄さんもエル義兄様も二人でこそこそと何しているのよ」

「いやぁ、悪いねぇニア。大人の会話さ」

「リンク兄さんは、すぐそうやって人を子ども扱いする」


 そう言って可愛らしく抗議するニアをリンクは嬉しそうに見ている。なるほど。兄妹仲は本当に良いようだ。

 そしてリンクは、クイの右肩に手を置き。


「こんなじゃじゃ馬娘だけど。末永くよろしくね」


 そう笑うのであった。


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