●「『蠱毒』動く」
その部屋には十数人の人影があった。
部屋は、普通の家が二軒は入るのではないかと思えるほどの広さを持つ。
それが、この館の持ち主の資金力の高さをまざまざと見せつける。
この場にいるその誰もが他の人間と張り合うかのように華美な服装に身を包む。
だがお互いに理解していた、それがいかに自分たちが無理をした姿であるかを。
そんな中、静かに扉が開かれていく、それに部屋にいた皆の視線が集中する。
そこから現れたのは一人の男。四十代後半の中肉中背の体躯、開いているのか閉じているのかもわからないほどの細目。
魔人にして『蠱毒』の二つ名をもつ、ルーディアス・ベルツである。
彼はそこにいる十数人の――哀れにも彼の毒牙にかかった傀儡達に仰々しく一礼をする。
「これはこれは、皆さまお集まりいただきありがとうございます。
本日は皆さまに僅かばかりですが楽しんでいただけるよう嗜好を凝らした料理をお出しさせていただきます」
その彼の言葉と共に一斉にメイド達によって料理が部屋の中へと運ばれていく。
それら料理に参加者たちは、目を大きく見開き驚く。
「おぉ、あれはクリュップ産の高級牛肉のステーキ、それにあれはボンドー産のワイン、なんと海魚。しかも乾物でないと!」
口々に驚嘆の言葉が漏れ出す。
エスカリア王国は内陸に位置するため海が無い。そんな王国が海魚を得ようとするとルートとしては二つ。
北の帝国か東の連邦からの輸入である。
東の連邦は休戦中とはいえ、ほぼ断交に近い状態であるから帝国と考えるのが妥当であろう。
だが、帝国の漁場から王国の中央までの輸送となると最低でも三か月は必要である。
そうなると大抵の場合は、漁獲後すぐさま乾物にして輸送することになる。
だが、今目の前に広がる料理に出されているのは新鮮そのもの。つまりは魚を生かしたまま輸送したことを意味する。
王国民にとって海魚は憧れとはいえ、所詮は魚。そこまで苦労して輸送してくるコストと見合うことは無い。
そこまでする理由はただ一つ。自らの資金力と権力を誇示するためである。
実際そこにいる人たちがルーディアスに向ける視線は嫉妬と憧れが入り混じったような複雑なもの。
そして彼に取り入ることで少しでもおこぼれを貰わんと欲を抱く視線。
そんな視線を一身に受けながらルーディアスは嬉しそうに笑うのであった。
――――
「さて、ここに集まっていただいたのには訳がございます」
パーティーもある程度進んだ頃、ルーディアスが口を開くのに、雑談をしていた参加者たちは雑談を止め彼へと視線を向ける。
「皆様がいま、生活に困窮しているのは、果たして何が理由なのでありましょうか?」
そのルーディアスの言葉に、皆が静まり返る。
それは参加者――実際に生活に困窮している下級貴族たちの一番触れられたくはない現実。
実際のところ困窮しているのは、自分たちの浪費癖が原因であるにもかかわらず、それを認める事の出来ぬつまらぬプライド。
彼らにとっての散財とは貴族の権威を保つための必要経費という自己弁護。
だが実際にはそれは虚栄であるという事実を突きつけようとしているのかという恐怖。
「皆様方の誇り高き生活が困窮し始めたのはここ二十年ではありませんか?」
しかし、ルーディアスが語る言葉は彼らの考えていた言葉とは違っていた。自分たちを追求する言葉ではなかったのだ。
それに心の隅で安堵した彼らの記憶は、自分たちに都合が良いように徐々に改変されていく。
「……おぉ、たしかにわが一族への収入が減り始めてのはその頃からだったかもしれん」
「家もだ」「我らもだ」
そう次々と同意の言葉があふれていく。それにルーディアスは満足そうに頷く。
「もし、その元凶を私が知っている……そう申し上げたとしたら?」
「なんとっ! ルーディアス殿、誠か!」
そのルーディアスの言葉に参加者たちは色めき立つ。
「元凶が存在するという事は、それを断つことが出来れば、皆さまはまた元のように絢爛豪華な生活を送ることが出来るのです」
「本当に、本当に我が一族もあの頃の栄誉を取り戻すことが出来るというのかっ! ルーディアス!」
「ええ、その通りでございます。フィレンツ・アクス・ベルクフォード様」
旧来の友であるルーディアスの言葉に、フィレンツは喜色満面となる。
いや、彼だけではない、その場にいる皆がみな過去の――ルーディアスの認識操作によって植えつけられた絢爛豪華な生活を思い出し喜悦する。
「そ、それであればその元凶とやらを教えてくれ。いや、くれませんでしょうか。
我が一族の繁栄を取り戻した時、十分なお礼はさせていただく。ですからお願いします!」
次々と参加者たちは、ルーディアスに懇願を始める。
彼らは気づいてはいない、すでに『蠱毒』ルーディアス・ベルツの手駒に成り下がってしまったという事を。
直接、人間を害することが出来ない魔人の間接的な凶器へと成り下がったという事を。
「では、お教えしましょう。元凶の名は……」
そして、彼らの心に十分な毒を盛るのであった。
――――
「お疲れさまでした。ご主人様」
参加者たちがみな帰り、広々とした部屋に据え付けられた豪華な椅子に座るルーディアスに一人の少年が恭しく頭を下げながら告げる。
若い少年の姿ではあるが、実際には年齢は異なる。いや、そもそも年齢という概念が無いのだ。
彼は『蠱毒』ルーディアス・ベルツの使徒。そう、彼もまた魔人なのだ。
「今頃、元凶と思い込んでいる人物をいかにして排除しようかで話しているのでしょうね」
その無様な様を想像したのか、少年は侮蔑のこもった表情を浮かべる。
そんな少年にルーディアスは一瞥もくれない。ルーディアスにとっては、既に先ほどの馬鹿どもに興味は無いのだ。
「つまらないとは思わないか? ヘクター」
「つまらない……ですか?」
ルーディアスは少年――ヘクターに呟くが、ヘクターは主の言葉の意味を理解できない。
「謀略というのはだね。相手が優れているからこそ楽しいのだよ。
なのに、私の言葉に何の疑いも持つこともなく操られる……まったくつまらないね」
「はぁ」
ヘクターは主の言葉に曖昧に返す。そもそもルーディアスがそのような謀略を得意とするからこそ相手はまんまと騙されるのではないかと思ったからだ。
「それに比べて、エルスティア・バルクス・シュタリア……彼は良い。私の謀略を私の想像を上回るやり方でぶち壊してくる。
あぁ、彼と直接やりあえないことが口惜しいほどだ」
そう言いながらもそのエルスティアという人物の事を思い出したのだろうか、ルーディアスが徐々に興奮気味に話す。
「それであれば、そのエルスティアという人間に謀略を仕掛ければよろしいのでは」
「ヘクター、君は何もわかっていないね。私は好きなものは最後まで取っておく主義なのだよ」
「なるほど、そういうものですか」
ルーディアスの返しにヘクターは曖昧に返す。
魔人にとってそういった屈折した嗜好を持つものは珍しくもないからだ。
「さてと……エルスティア・バルクス・シュタリア。君にもこの動きは読めまい。さぁ、どう動くか楽しませてもらうよ」
ルーディアスは目の前にはいない、恰好な娯楽対象へと思いをはせるのであった。
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