■「楽しい被験者」
「よかったのですか? @:w。k*;#」
「うん? なーにがだい?」
無限の大地が広がっている。そんなこの世の世界とは思えない場所に二人。
一人は好々爺然とした風貌の老人。
そしてもう一人は、何もない空間にゆったりとした椅子にでも座るかのような姿勢を保つ少年。
その二人は祖父と孫ほども年が離れており祖父が孫に諭しているかのようにも見えるが、それはあくまでも人としての主観で見たからでしかない。
実際の力関係は孫のように見える少年の方が圧倒的に上である。
神としての位で五つは離れているのだから。
「奴ら……『雷腕』が人間種に直接害を与えたことです」
「あー、そのこと……別にいいんじゃない?」
「それはどういう?」
「ねぇ、僕たちがこの世界に直接介入する条件ってなんだっけ?」
「条件……ですか。『魔人が人間を直接的に殺害する』ではありませんか?」
「残念! 厳密には『魔人が人間を自分たちの利益のために殺害する』だよ。まぁ利益ってのは殺戮欲とかの欲求も含まれるね」
「はぁ……」
少年が嬉しそうに語るのを聞いた老人は、若干の納得できない雰囲気を漂わせる。
「あー、その顔は何が変わるのか? って顔だね。違うよ違う。全然違うよ。
だって今の『雷腕』は人間の……逃亡兵の『助けて』という要求に応えて人間を殺したんだからさ」
「……それはつまり人間と人間の争いに介入したから問題ないと? ですが当の『雷腕』は……」
「別に救援を聞いたから助けたわけじゃないから無効かい?」
少年の回答におずおずと老人は首肯する。
それに少年は嬉しそうに笑う。それはそれは本当に嬉しそうに。
「そんなことどうだっていいじゃん。このエンターテイ……じゃなかったモニタリングの管理責任者である僕がそう判断した。
そう、これまでネズミの様にちょろちょろと日陰で無様に動いていた魔人たちに表舞台に立てる切っ掛けが出来たってわけさ」
その言葉に老人は理解する。自分の上司もやはり娯楽に飢えていたのだと。
被験者No.000054248の歴史のペースはあまりにも早すぎる。
いや、早すぎるがゆえに娯楽として格別なのだ。だからこそ方針を変えたのだろう。
神の直接的な介入が出来ない以上、歴史のペースを落とすための動きは難しい。ならばその中身をより濃くするのだ。
「君がやったボーデ方面の魔物たちに『蟲毒』が施していた人間界への侵攻禁止の戒の破壊。
それ自体は褒められたことじゃないけどさ……うん、楽しくなった分お咎めなしだね」
老人の心の内を読んだか読んでないかは不明だが、少年は笑う。それに素直に老人は頭を垂れる。
例えそうなることを少年が予期していたとはいえ。だ。
「それにしてもさ。本当に彼は面白いことを始めるよね。次は冒険者ギルドの設立と来た」
「えぇ、これまでにも被験者の中には同じように冒険者ギルド……魔物専門の傭兵団を作り出すという事を試みた者は数多くいましたが、その多くが人材不足でとん挫しておりますからな」
「ほとんどの被験者が『ギフト』を自分の直接的な能力向上に使ってるからね。あーら執政能力がポンコツ連中の出来上がり。
中には途中で気付いて追加の『ギフト』で願ったものもいたけどね……」
「第三者への『ギフト』はその年に産まれる子供に付与される。そこから最低でも十数年は必要となります。
今までで最も早く気付いた者は二十歳になってから。それでもなんとかギリギリセーフといったところですからな」
二十歳の『ギフト』で願ったとしても冒険者ギルドが本格的に動き出すのはそれから二十年は少なくともかかってしまう。
勿論、在野の人材の中には執政能力に優れた者もいるだろうが、新しいことを始めるだけの人を集めるとなると中々に難しい。
優秀な人材は石を投げれば当たるほどに居たりはしないのだから。
中にはそれでも実現させた優秀な被験者もいたが、ほとんどの者がとん挫し……滅亡への道を突き進む結果となった。
「まぁ、魔物専用の傭兵団を作ることが絶対ではないけれどさ。滅亡回避の確率を上げるのは確かだしね。
しかも作ったからと言って軌道に乗せるのが難しいんだけど……まさか……ねぇ」
「自分自身が一冒険者になる……ですか。流石にそこまで突飛なことを行ったものは一握りですなぁ」
そう返す老人の言葉に少年はカラカラと笑う。
「ほんと、これからも楽しませてもらおうよ」
そう少年は返すのだった。