■「新たなる試み4」
「それではまずは実技試験を受けていただきます。試験官と戦っていただき試験官の判定で『良』が出た方は引き続き筆記試験を受けていただきます。
なお判定で『不』が出た方は、日を改めての再試験が可能です。
それに当たり自主練を行うも結構ですし、有料ですがこちらが用意した訓練カリキュラムを受けていただくことも可能です」
ヴァンダムの言葉に周りからは笑い声が上がる。
冒険者になるために集まった彼らは、自分たちの力に自信があるのだろう。一発合格して当たり前と考えているようだ。
「みんなよっぽど自信があるんだろうねぇ。彼らの中ではゴブリンくらい小指で十分って感じなのかな?」
「慢心……驕り。魔物はそんな甘いもんじゃない」
ユズカの言葉にビーチャがポソリと呟く。
ふむ、どうやらビーチャには魔物との戦闘経験がありそうである。
ヴァンダムもその笑い声に気を悪くしたふうでもなく。
「それでは皆様、試験会場に向かいますので付いてきてください。そこで試験官がお待ちです」
と続けるのであった。
――
冒険者ギルド本部から北に五十メートルほどのところに試験会場兼訓練場はある。
今後もこの場所は新米冒険者たちの試験と訓練の場所になる予定だ。
そこにヴァンダムは冒険者候補たちを連れてきて改めて説明を始める
「それでは順番にお呼びしますのでこちらの指輪『女神の加護』を付けて試験を受けていただきます。
こちらは、この訓練場の四隅にあります『女神の槍』の範囲内であれば、武器や魔法による大怪我を防ぐことが可能です。
……もっともある程度痛みは軽減しますが、全てとまではいきませんのでご注意を」
「おいおい、ちゃんと試験官様にはその指輪をつけてるんだろうな。試験官様が倒れたら判定が貰えなくなるから大事だぞ!」
ヴァンダムの説明にどこかからそんな声があがり、それに周りから笑い声が上がる。
「はい、もちろん試験官もつけております。まぁもっとも」
ヴァンダムはそれ以降の言葉を続けない。その言葉の続きが分かるのはこの場では僕とユスティくらいだろう。
そして冒険者候補たちはそれを気にしてもいない。
「それでは試験官に来ていただきましょう」
ヴァンダムはそういうと隣に控えていた男に頷く。それに男も頷き、傍の扉を向かうと開け放つ。
その扉から一人の試験官が訓練場へと入ってくる。
「おいおい」
「まじかよ」
その姿に候補者は口々に呟く。その言葉に含まれている感情は嘲笑だろうか?
その感情が伝搬するに従い、それは実際の嘲笑として現れる。
彼らの目の前に立つ試験官は、二十歳弱と非常に若い女性で候補者たちの方が大半は年上に見える。
その華奢な体つきは、ターバンの様に髪を布で包んでいるとはいえ誰がどう見ても蝶よ花よと育てられた可憐な少女にしか見えない。
それでいて腰には不釣り合いな剣を佩いている。
彼らには冒険小説を読んだ夢見る少女が、感情移入しすぎて父親の剣を腰につけて遊んでいるように見えたのだろう。
その嘲笑をまったく気にした感じもなくその少女はほんのりと微笑みながら
「本日の試験官を務めるレスガイア・ヘンネです。よろしくお願いします」
と言うのであった。
――――
「ねぇ、エル君。レスガイアさん、まさか……」
「素性を隠すために認識齟齬魔法つかってるっぽいね。しかも見た目が若く見えるパターンで」
「やっぱりそうよねぇ」
周りの皆に聞こえないようにユスティが小声で僕に聞いてくる。
普段のレスガイアさんの見た目は二十代後半だから十歳ほど若く見える。
まぁ本当の年齢は……おっと禁則事項だ。
「もしくは見た目で判断する奴は……」
「合格させないってことか。厳しいなぁ」
現に周りの男たちは、既に合格を確信したのか薄ら笑いするものばかり。
中にはこの少女をどうやって泣かせようかなんてゲスイ事を考えてそうな奴までいる。
彼らにとってこの時は、ある意味では幸せだったのかもしれない。
僕の父さんや騎士として『疾風のバインズ』とまで呼ばれるほど有名なバインズ先生の師匠であり、そのバインズ先生の全盛期ですら一度として剣を打ち込むことすら叶わなかった人であることを知らなかったのだから。
僕もそうだけれど得意な弓ですら勝ち目を見出すことが出来なかったユスティにとって、絶望的な状況を呑気に笑っていられる彼らが逆に羨ましかった。
「エル君、なんでレスガイアさんにお願いしたのよ!」
「いや、まさかあんなにあっさりと了承してくれるとは思ってもみなかったんだよ!」
「もう! 馬鹿! 血の雨が降るわよ!」
「いや、流石にレスガイアさんも手加減……してくれるよなぁ」
バルクスに来てから侯爵家の庭で日がな一日、母さんたちとのんびりと過ごしていたレスガイアさんに『お時間に余裕があるようなら冒険者ギルドの試験官になりませんか?』と多少の冗談を含めて言った能天気な僕に小一時間ほど説教をしたい気分だ。
もちろん、試験官や訓練官としてみた場合、これほど優秀な人材はいないが、訓練のくの字も知らないおらが村の力自慢の冒険者候補から見ればレベルが最初からベリーハードモードなのだ。
小声で言いあう僕らを尻目に、他の三人はレスガイアさんをただただじっと見つめる。
「いやはや、世界は広いですなぁ」
「これほどまでに隙が無いですか。同時に三本撃っても……いや無理か」
「一人じゃ無理。完璧に連携して……ようやく光?」
「へぇ……合格」
三人のレスガイアさんへの評価にユスティがぽつりと呟く。
のほほんと突っ立っているように見えるレスガイアさんだがその実、完全に脱力している。
余計な力が全く入っていないのだ。それは相手のいかなる攻撃にも柔軟に対応できるレスガイアさんの我流の型。
言うのは簡単だが、やるとなると一朝一夕の修練では不可能だ。
僕はどうやっても無理なので遠慮したが、バルクスで上位であるアインツやローザもついぞ一撃を与える事すら出来てはいない。
それを正確に三人は見極めたのだ。癖は強いけれどやはり能力は折り紙付きのようだ。
「それでは、これより試験を開始します。試験時間は十分。番号一番の組からのスタートとなります」
ヴァンダムの宣言により、試験は開始されるのであった。
――――
「うーん、最初の勢いは良かったけれど、仲間同士の連携が杜撰すぎるわ。
個々としてはゴブリン四五匹であれば戦えるかもしれないけれど、少なからず損害が出るわね。
ゴブリン十匹とも互角以上に戦えることが私の最低ラインだから不合格~」
試験開始から二時間後、そこはうっすらと予想していた通りに阿鼻叫喚の風景が広がっていた。
これから試験を受ける者たちは顔面を蒼白させ、試験が終了した者たちは合格・不合格を問わずほとんどの者が地に伏していた。
不幸中の幸いなことに、その殆どが当身による失神なので血の雨は回避できていた。
これまで試験を受けたのは十五組。つまり入れ替えを考えると一組当たり六・七分といったところか。
当初、彼らは試験時間が十分を長いと感じたことだろう。確かに十分も必要なかった。
だがそれは彼らの思い描いていた理由とは正反対の事実であったが。
レスガイアさんの試験は、まず最初の五分ほどは候補者たちに好きなように攻撃させる。
それは彼ら個人の力量。仲間間の連携。リーダーの統率力。そういったことを見るためだ。
その見極めが終わった後、僅か二分足らずで候補者たちは地に伏す結果となっていた。
中には自分がなぜ倒れているのかすら分からず気絶したものもいるだろう。
そうして全員が倒れたところで合否判定を行う風景は、おそらく彼らのトラウマとなることだろう。
「ねぇ、エル君。今後、候補者たち集まってくれるかな?」
「あー、うん。そのあたりはヴァンダムがうまくやってくれるさ。彼なら大丈夫」
そう僕はヴァンダムにすべてを丸投げすることを決める。
「……それでは、最後の組ですね。三十二番、試験場にどうぞ」
そんな無慈悲な判断がされていることも知らずにヴァンダムは最終組となる僕たちを試験に呼ぶのであった。